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「遠い選択肢」だった海外へ
Sat 17 Oct 26
Sat 17 Oct 26
世界に踏み出す研究者の卵たち―大学院生等海外派遣助成がひらく、挑戦への扉
海外での経験が、研究の視点と自身の可能性を静かに広げていく
海外に出る — その言葉は、多くの学生にとって魅力的でありながら、どこか現実味のない選択肢にも感じられる。
とりわけ理工系大学院生にとっては、研究や制作に追われる日々のなかで、時間や費用の制約は決して小さくない。それでも、短期間であっても海外に身を置く経験は、研究の視野だけでなく、自身の思考のあり方そのものに変化をもたらす。
本学では、そうした挑戦を後押しする取り組みとして、大学院生等が海外での研究活動に取り組む機会を支援する「大学院生等海外派遣助成制度」を設けている。留学やフィールドワーク、国際会議での発表などを対象に、渡航費や宿泊費の一部を助成し、大学院生が海外での挑戦に踏み出す後押しを行っている。
大学院修士課程で建築学を専攻する菅谷佳子さんにとって、オーストラリア・アデレードでの10日間は、研究の延長線上にある「世界の見方」を更新する時間となった。
留学は「自分とは少し遠いもの」だった
現在は海外での研究活動にも積極的に取り組む菅谷さんだが、大学入学以前、留学は決して身近な選択肢ではなかった。英語への強い自信があったわけでもなく、海外で学ぶという将来像も明確ではない。むしろ、どこか他人事のようなものだったという。
その距離感が少しずつ変わっていったのは、早稲田大学での学びの中に身を置くようになってからだった。小林恵吾研究室には多様なバックグラウンドを持つ留学生が集い、日常的に議論や制作が行われている。また、先輩たちが自然に海外へ出ていく姿もすぐそばにあった。特別なきっかけというよりも、そうした環境の中で、「自分も外に出てみる」という選択肢が、徐々に現実味を持ちはじめた。
スーパーマーケットのカートが歩道を超えて整頓され、歩道がお店の一部になっている様子
研究の原点——「空間は誰のものか」
菅谷さんの関心は、建築そのものの設計にとどまらない。人がどのように空間を使い、関わり、時に自分のものとして取り込んでいくのか——その関係性に強い関心を持っている。
その原点となったのが、学部時代に取り組んだベトナム・ホーチミンでの調査である。
集合住宅の共有空間では、日本では何も置かれないはずの廊下に、生活の延長として家具や道具が持ち出され、時には料理まで営まれていた。建物の「内」と「外」の境界は曖昧に広がり、個人と公共の関係が柔軟に編み直されていた。
「建物の中だけでなく、外の空間をどう豊かにするかが、人のつながりにも影響するんだと感じました」
この経験を契機に、彼女の関心は建築単体から、都市や公共空間へと広がっていく。
都市を「読み解く」フィールドとしての海外
今回参加したアデレードでのワークショップは、こうした研究関心の延長線上にあるものだった。
あらかじめテーマが与えられるのではなく、現地を観察しながら、自ら問いを見出す。菅谷さんは、街路に置かれたベンチや植栽といった「ストリート・ファニチャー」に着目した。商業エリアでは活発に使われる一方、住宅地に入ると極端に存在感が薄れる——その断絶に対し、「空間はなぜ分断されるのか」「どのようにつなげられるのか」といった問いが生まれていく。
「同じ街の中でも、少し移動するだけで全く違う特徴があることが印象的でした」
現地で歩き、観察し、自分の視点で意味づけしていくプロセスは、単なる知識の習得ではなく、研究の問いそのものを鍛えていく営みでもある。
コンバージョン事例、Tonsley Innovation Districtを見学する様子
視野が広がるということは、「問いが増える」ということ
海外での経験は、研究にも内面にも変化をもたらす。菅谷さんは、日本と海外で感じた空気の違いについて次のように語る。
「日本にいると、“みんなと同じように”とか、“こうしなきゃいけない”という空気を感じることが多いと思います。でも海外では、それが当たり前ではないと感じました」
価値観の違いに触れることは、自分の前提を揺さぶる。同時に、その変化は単純に答えを与えるものではない。
「いろんな選択肢があることを知って、逆に迷いが増えました」
それでも、その“迷い”は視野が広がった証でもある。
「いろんな世界を見てきたからこそ、別の考え方や選択肢を持てると思います」
研究においても、人生においても、「問いを持ち続けられること」それ自体が重要な力となる。
それぞれのテーマに基づく発表の様子
「行こう」と思えた、その後押し
こうした経験を実現するうえで、現実的な制約は小さくない。建築を学ぶ学生は制作や課題に多くの時間を割かれ、アルバイトで十分な収入を得ることも容易ではない。
「学生にとって、少しのお金を稼ぐのも大変です」
今回の渡航を後押ししたのが、本学の「大学院生等海外派遣助成制度」である。
「支援があったことで、迷わず行こうと思えました」
この支援は、単に費用を補うだけでなく、「やってみよう」と決断するための心理的なハードルを下げる役割を果たしている。
両サイドのお店、地域住民がみんなで使える中庭空間
短期でも、問いは確かに深まる
留学というと長期・高負担のイメージが先行するが、菅谷さんは短期渡航プログラムの価値を実感している。現地での観察や議論を通じて、自らの問題意識がより具体的になっていく過程を経験したからだ。
「長期でなくても、まずは挑戦してみることが大事だと思います」
さらにその経験は、単なる知識や成果にとどまらず、内面的な変化にもつながっている。
「新しい価値観に触れることで、自分の自信にもつながりました」
短期間であっても、現地に身を置くことで得られる学びの密度は高い。その経験が、次の研究や選択へと確かにつながっていく。
ベンチと花壇が融合したストリートファニチャー
結び:一人の研究者の可能性を広げる支援
菅谷さんの経験は、特別な例ではない。多くの学生が抱える時間・経済・環境といった制約の中で、それでも一歩を踏み出したプロセスである。その一歩は、単なる体験にとどまらない。研究の問いを深め、視野を広げ、将来の選択を柔軟にする——そうした積み重ねが、人材としての価値を形づくっていく。
限られた支援が、一人の研究者の行動を変え、その思考を広げる。そしてその先にある知の創出や社会への還元へとつながっていく。小さな後押しが、次の可能性をひらいていく——
本制度は、その確かな起点となっている。
地元の本屋さんの本や雑貨、ポスターが歩道に溢れ出ている様子
大学院生等海外派遣助成制度
本学の大学院生等が海外の大学・研究機関での研究活動、国際会議等における発表等、実践的な活動に取り組む機会を支援する制度。一定の研究計画を有する学生を対象に、渡航費および宿泊費の一部を助成することで、国際的な学びや研究の機会へのアクセスを広げている。こうした取り組みの積み重ねが、次代の人材育成と社会への価値創出を支える基盤となる。
Profile
菅谷 佳子(すがや かこ)
早稲田大学 大学院創造理工学研究科 建築学専攻 修士課程。小林恵吾研究室所属。
公共空間や都市における人の関わり方に関心を持ち、建築と都市の関係を横断的に捉える研究に取り組む。学部時代にはベトナム・ホーチミンで集合住宅の共有空間に関する調査を実施。これまでにスペイン、オーストラリアなどでの留学・ワークショップ等に参加。