2026年度入学式祝辞 十時 裕樹 様

祝辞 十時 裕樹 様

ソニーグループ株式会社 代表執行役 社長 CEO

新入生の皆さま、早稲田大学へのご入学、おめでとうございます。また、ご家族の皆様にも心からお祝い申し上げます。

ご紹介いただきました、ソニーグループの十時と申します。私も42年前に、早稲田大学商学部に入学しました。皆さんよりだいぶ先輩になります。キャンパスや周辺の様子は随分変わりましたが、入場する際に校歌を久しぶりに聞いて、改めて早稲田の歴史と伝統を感じ、大変懐かしく思いました。皆さんにとってこれから始まる学生生活が楽しく、また充実した時間となることを心から願っております。

卒業生として自分の学生時代の話をするべきかもしれませんが、正直に申し上げると、私は決して模範的な学生だったとは言えません。友人と楽しく過ごし、バイトに打ち込み、どちらかと言えば自由気ままな学生生活を送っていました。

これは、当時の世相と無縁ではなかったかもしれません。当時の世界の構造は、東西の緊張緩和が進んだ1960~70年代の流れを受けて、89年の冷戦の終結に向かう、比較的安定したものでした。社会や世界の大きな変化を、強く意識することなく、学生生活を送ることができた時代でした。

しかし、皆さんがこれから歩んでいく時代は、少し様子が違います。地政学的な変化やAIに代表されるテクノロジーの急速な進化により、世界は不安定で不確実な時代を迎えています。こうした時代に、これから大学で学び、世界へと視野を広げていく皆さんにとって、世界の大きな変化をどのように捉えるかは、とても大切になってくるでしょう。

今年1月、私は世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議に参加しました。本日は、そこで感じたことから2点、皆さんにお話ししたいと思います。

ダボス会議では、世界中から集まった政治、企業、アカデミアのリーダーたちが、世界のあり方について活発な議論を交わしていました。特に、現在の地政学や国家間の競争関係が議論の大きな焦点になっていました。長年にわたり各国や経済が共存してきた世界秩序に断絶が生じつつあるのではないかという点も強調されていました。

これは日本にとって決して他人事ではありません。これまで私たちは、比較的安定した国際環境の下で事業を行ってきました。ソニーを例にとれば、過去の成長は、優れた創業者や多くの技術的革新、そして社員の献身的な努力によりもたらされたことは言うまでもありませんが、その前提として世界は総じて平和であり、その配当の恩恵に大きく預かっていたことは否めないのです。

しかしながら、今日の事業の現場では、紛争や分断がもたらす資源、エネルギー供給やサプライチェーンの混乱が頻発しています。残念ながらこのような分断が解消し、元に戻ることは難しいと感じています。これまで我々を支えてきた前提にとらわれず、柔軟な発想で新たな成長の道筋を模索しなければならない時代なのです。

こうした流動的な状況では、自ら考え、主体的に行動することが重要です。主体的に行動する、ということは言い換えれば「挑戦する」ことでもあります。誰かが正解を示してくれるのを待つのではなく、自分で一歩踏み出すということです。

挑戦には失敗がつきものです。私自身のキャリアを振り返ってみても、財務畑を歩んでいた私が、インターネット専業銀行を立ち上げたり、インターネットサービスプロバイダを上場させたり、エンタテインメント事業を手掛けたりと、さまざまなことに挑戦してきましたが、成功よりも失敗した割合の方がはるかに多かったと思います。

私はこれまでの自分自身の経験として、失敗についてはなぜ失敗したのかを理路整然と説明できることが多く、逆に成功したときはうまく説明がつかない、つまり運のようなものに救われたと感じることが多くあります。それほど失敗からは学べることが実に多いのです。加えて経験を重ねると、「早く、小さく」失敗することに長けてきます。こうした学びを積み重ねることが、将来皆さんにとってかけがえのない大きな財産になり、人生を豊かなものにしてくれるはずです。是非失敗を恐れずに多くの挑戦をして下さい。

さて、地政学に加えてダボス会議でもう一つ中心的なテーマとなったのが、AIでした。AIに関するニュースを見ない日はないほどですが、歴史を振り返れば、新しい技術はこれまでも社会の在り方を大きく変えてきました。いま私たちは、まさにそのような大きな転換点にいるのだと思います。

私自身も、日々AIを活用しています。これまで時間をかけて学んできた知識や、手間をかけて行ってきた調査や分析の多くを、AIは瞬時に行うことができます。

こうした中で、AIが人間の仕事を奪うのではないかという議論もあります。しかし私は、AIは単純に人間の仕事を置き換えるものではなく、より高度なものへと変えていく存在だと考えています。新しい技術はこれまでも新しい職業を生み出し、イノベーションの出発点をより高いところへ引き上げてきました。

映画や音楽、ゲームなどのコンテンツ制作においても、AIは強力なパートナーになり得ます。しかし、最後に何を生み出すのか、その意味や価値を考えるのは、やはり人間です。優れたアーティストやクリエイターが多くの人の心を揺さぶるような作品を創り出す背景には、強烈な個人的体験や極めて繊細な感受性が、独創的な世界観を生み出し、それを人々に伝えずにはいられないといった、極めて人間的な内発的動機があることが多いように思います。

AIの時代に何を学ぶべきか悩むという声もよく聞きます。私はひとつの考え方として、「自分は一体何を成し遂げたいのか」、という発想を大事にしてはどうかと思います。どのように社会に貢献したいのか、または、変えたいのか、或いは何を創り出したいのか、どのような人物になりたいのか、こうした強い主体性が何を問い、何を大切にし、どの道を選び、どの方向へ進むのかを決めることになり、ひいてはどのように学んでいくかを決めてくれるように思えます。

これからは、AIに使われるのではなく、AIを使いこなす力が求められる時代になるはずです。AIを賢く活用しながら、自分なりの問いを持ち、自分なりの答えを探していってください。

最後に、ダボス会議の議論では、これからの世界に向けて、より良い協力の枠組みが必要であるという点が強調されていました。これは、企業にとっても、大学にとっても、私たち一人ひとりにとっても重要なことです。

ソニーグループでは、「Creative Entertainment Vision」という長期ビジョンを掲げ、クリエイティビティとテクノロジーの力を通じて、クリエイター、パートナー、社員と共に、無限の感動を届ける未来の実現をめざしています。その実現のために大切なのは、多様な人や組織をつなぐ存在です。私は社員には、「バウンダリースパナー」という言葉を使って話しています。バウンダリースパナーとは、組織や分野の境界を越えて人と人をつなぎ、知識や活動を共有して、新しい価値を生み出す人を指します。

早稲田大学は、多様なバックグラウンドを持つ学生が集まる場です。皆さんも、この早稲田の地で、多くの人との交流を通じて、多様な意見に触れ、バウンダリースパナーとなる素養を磨いて、ひいては将来、皆さんが世界をつなぎ、分断を乗り越えていく存在になってくださることを心から期待しています。

皆さんのこれからの学生生活が、知的好奇心に満ち、勇気ある挑戦にあふれ、生涯大切な仲間との出会いに恵まれることを願い、私の祝辞に代えさせていただきます。

改めて、本日はご入学、誠におめでとうございます。

(プロフィール)

1987年商学部卒業後、ソニー株式会社入社。2001年にソニー銀行株式会社を共同設立後、2005年に現ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社の取締役 兼 専務に就任。2013年にソニー株式会社に戻り、経営企画、財務、事業戦略担当のSVPに就任。2014年にソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社 社長 兼 CEO、2018年にソニー株式会社専務 CFO、2023年に社長 COO 兼 CFOを歴任。2025年よりソニーグループ株式会社 代表執行役 社長 CEO。

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