祝辞 千林 紀子 様
アサヒバイオサイクル株式会社 代表取締役社長

新入生の皆様、本日は御入学まことにおめでとうございます。
また、ご家族・ご親族の皆様にも心よりお慶びを申し上げます。
皆様の素晴らしい門出に、このような機会を賜りましたこと、大変光栄に感じております。
先程、ご紹介を頂きましたが、弊社「アサヒバイオサイクル」は、アサヒグループ独自のバイオ技術で「社会課題の解決」と「経済的価値」を生み出すことを目的として設立した会社です。リアルに『論語と算盤』を目指しておりまして、現在は収益の80%近くを海外であげております。
私はこの会社の設立から携わり、経営を担って参りました。皆様と同じ大学生の頃は、文学部でしたので、バイオ技術を強みとする会社の社長を務めるという未来予想図は、全く頭の片隅にもありませんでした。
振り返れば、これが人生の面白さだと思います。本日は折角頂いた機会ですので、私がこれまで経験してきた事の中から、少しでも皆さんの今後のお役に立つことをお伝えできたらと思っております。
まず1つ目にお伝えしたいのが、大学生になると「社会との距離感」が劇的に変化するということです。
現在成人年齢は18歳ですので、ここにいらっしゃる皆さんは既に「一定の社会的責任」を担っていると思います。ただ、これまで過ごして来た「学校」という場所に関して言えば、ある意味クローズな空間であったと思います。それが大学に入った途端、「急に社会が開けたような感覚」になり、また、「自ら考え、決めていく」ということが様々な場面で必要になります。
近年、大学と企業のコラボレーションである「産学連携」の取り組みが増加し、「企業人」と「学生」の距離が明らかに近くなっています。
当社もバイオ技術の研究開発において、世界各国の大学と連携しており、大学生もプロジェクトの一翼を担う機会も増えていますし、また、海外からのクロスボーダー型のインターンシップの受け入れなども徐々に進めております。
そして、世の中では「産学連携」などがきっかけでスタートアップやベンチャーなどの起業に挑戦する学生も多くなっています。
私個人の事例ですが、大学時代の4年間、現在の国土交通省の研究機関でアルバイトをしておりましたが、様々な年齢・立場の違う社会人と接し、組織で働く面白さを実感しました。そして、そのように社会との接点が増えたことによって、モノづくりや技術に強みのある企業への就職を考えるようになっていきました。
このように大学生になると社会が身近になることで、皆さん自身の考え方や行動に様々な影響を受けるようになることは間違いありません。
そして、2つ目としては、「経験することに無駄なことはないので、まずは行動することが大切。」ということです。
皆さんはこれから色々経験を重ねる中で、悩みながら「選択」を迫られることも多くなるかと思います。そのような中で、これだけは覚えておいて頂きたいのですが、「どのような経験も無駄に終わることはなく、例え失敗してもその経験はどこかで必ず活きる」ということです。
ですから「選択」を怖がる必要はありません。そして、もし怖いと思ったら、「まず行動してみる」ことで大概の事は解決します。「漠然とした不安」は、行動することで「実態」を掴めば怖くなくなるものです。
学生時代、私は第一外国語として中国語を、専修は中国文学を選択しました。入学後に、面白そうだという軽い気持ちで選択し、あまり優秀な学生ではありませんでした。ところが、早稲田大学でのその学びは、思いの他、社会人になって役にたっております。
入社して数年後、アサヒビールが複数の中国企業を買収し、中国ビジネスに本格参入することになりました。その際、中文出身というだけで、FS(フィージビリティスタディ)という現地市場調査の担当として送り込まれ、その後の中国向けのビールの開発にも携わりました。また、現在弊社で手掛けているビジネスでも中国は重要な市場で、世界各国で活躍する「華僑」と呼ばれる中国出身のお客様は多く、言語のみならず、そのメンタリティや文化的側面への理解が、コミュニケーションの際、大いに役立っております。
今振り返って実感するのは、「人生やキャリアにおいては全てが巧に繋がっている」ということです。まるで「わらしべ長者」の寓話のように、その時は、たいしたことではないと思ったことでも、「物事の価値」というのは、「時」と「場合」と「相互の関係性」などによって変わるものだと思います。ですから、「経験することに無駄はない」ということは、あながち間違いではないと思います。
そして、3つ目に、皆さんが踏み出す一歩の先に、是非「世界」に目を向けてください。
現在、早稲田大学では「世界で輝くWASEDA」を目指されていますが、皆さんがこれから先、どのような道を選択しても「世界」との接点がないということはあり得ません。
ビジネスでは尚更です。アサヒグループでも約3万人の社員の過半数が「日本以外の国籍」の社員となっています。そのような外部環境の中で、できるだけ早いうちから異文化に接し、「多様性に対するインクルーシブな思考」を養うことは、皆さんの今後の人生にとって、とても有益なことであると思います。
そして、4つ目として「人との出会いを大切にして、人生のメンター」を探してください。
メンターは、人生やキャリアを導いてくれる、「最強の伴走者」です。信頼関係を基盤としたアドバイザーや相談相手であり、先生・先輩・友人、どのような関係性でも、何人でも良いのです。皆さんがこれからずっと大切に、そして、追い求めていくべき存在だと思います。
私は本を出版しておりますが、これは、自身のキャリアを通して学んだことを『自分ごと化』というキーワードで体系的に整理して、読者の方が社会人生活を考える際の何かの参考になればとの思いで書いたものです。この出版にあたり、企画編集者として伴走していただいたのは、大学の同級生です。卒業してから仕事で再会し、それから30年以上何かと相談に乗っていただいている頼もしいメンターです。因みに出版元である㈱有隣堂の社長も早稲田の卒業生で、大いに“早稲田魂”で企画が盛り上がり出版に至りました。
もしかしたら、皆さんもこの会場のどこかに、「生涯のメンター」がいらっしゃるかもしれません。
そして最後に、「自分が今あることに感謝」して、「自分ごと化」で取り組むことの大切さをお話させていただきます。
会社経営には「バックキャスティング」と「フォアキャスティング」を組み合わせる手法があります。「未来のありたい姿」と現状のギャップを把握し、「現在やるべきこと」を戦略に落とし込み、実行していく手法です。
早稲田大学の校歌の「現世を忘れぬ 久遠の理想」とまさに共通する考え方だと思います。
簡単に言えば、空の上の北極星を見上げて、足下を見ずに歩くと、穴に落ちるかもしれません。また、足下しか見ていないと、家路を見失うかもしれません。
私はこのことは人生にも置き換えられると考えており、「未来の自分のありたい姿」を描きながらも、同時に日々の現実の学びや仕事に、とにかく「自分ごと」として主体性・自律性をもって、真摯に取り組むことで、道は拓けると思っています。
そして大切なのは、皆さんにとっての「未来のありたい姿」は、将来の「職業」や「地位」なども大切ですが、それ以上に“自分の理想とする心の在り様”や“志”である方が、より建設的ではないかと思います。
これから過ごす学生時代で、将来を考えて迷うこともあるでしょうし、こんなはずではなかったと思うこともあるかもしれません。ですが、人生は「梯子の一本道を上る」のではなく、「ジャングルジムを上る」と考えた方が前向きなのでお薦めします。ジャングルジムというのは、梯子とは違って、上るルートは色々で、また頂上は広く、360度で様々な景色が見えます。
大学や社会は、偏差値や試験の成績などのような画一的な価値観だけで判断される場所ではありません。ですから、ジャングルジムを上るような多様性のある生き方を志向すれば、誰かと自分を比べる必要はないのです。「他人との比較ではなく、自分にとって何が本質的に重要かを見極める」ことが、心の安定と成長につながるのではないかと思います。
いずれにしても、人生の北極星となる“自分の理想とする心の在り様”と“志”だけは、いつも大切に抱き続けていただきたいと思います。その目指す姿を描きながら、日々自分が今ここにあることに感謝して、色々なことに「自分ごと」で挑戦していけば、間違いなく学生生活は有意義で、楽しいものになると思います。
皆さんが早稲田大学で充実した日々を過ごされ、多くの仲間を創り、世界中で光り輝いて御活躍される未来を心からお祈りして、私のお祝いの言葉とさせていただきます。
本日は御入学まことにおめでとうございます。

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(プロフィール)
神奈川県横須賀市出身。1990年早稲田大学第一文学部卒業、アサヒビール㈱入社。スーパードライ ブランドマネージャー、飲料/食品事業会社のマーケティング部長を歴任。アサヒグループホールディングス㈱にてM&A業務を経て、2017年アサヒカルピスウェルネス㈱(現、アサヒバイオサイクル㈱)代表取締役社長に就任。アサヒグループのバイオ技術で、食料・環境問題などの社会課題解決に挑むビジネスを、世界約40か国で展開。ユキグニファクトリー㈱(旧、㈱雪国まいたけ)社外取締役(現任)。著作「仕事の成果が上がる『自分ごと化』の法則」(有隣堂刊)。







