2026年度入学式祝辞 鳥海 智絵 様

祝辞 鳥海 智絵 様

野村證券株式会社 顧問

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
また、本日この日を迎えられたご家族の皆様にも、心よりお祝い申し上げます。

ご紹介いただきました鳥海智絵と申します。1984年に法学部に入学し、1年間のアメリカ留学を経て、1989年に卒業いたしました。

父は文学部、母方の祖父は法学部の出身で、父はかつて早稲田の教壇にも立っていました。幼稚園のころには都の西北をそらで歌える、そんな子供でした。とはいえ、実は早稲田一筋に目指していたわけではなかったのですが、当時の合格発表は、校舎の前に番号を張り出す形式でしたので、掲示板で自分の受験番号をみつけたときの飛び上がるような嬉しさ、その一瞬で入学を決め、こころを躍らせて入学式に臨んだことを覚えています。

入学式で法学部長が仰った言葉が印象に残っています。
「早稲田は、ただ単位が欲しい人には差し上げます。それで卒業していってもらっても構わない」。

受験勉強に疲れていた私は、正直にいえば、ちょっとだけ「やった~」と思いました。「単位はくれるらしい」と安心してしまったのです。そして、その後しばらくは、二つのサークルをかけもちし、連日の食事会に家庭教師のアルバイト という生活を楽しんでいました。しかし、2年生になるころには「このままで良いのか」という気持ちが芽生えました。

創設者の大隈重信候は、「一身一家、一国のためのみならず、進んで世界に貢献する抱負が無ければならぬ」と仰っています。その言葉を知っていたわけではありませんが、「世界を見てみたい」という思いが強まり、英語を学ぶサークルに入り、3年生の秋からアメリカのオレゴン大学に留学しました。

その経験から、私が今日お伝えしたい1つ目のことは、「自分の住んでいる世界から出る」ということです。
私がオレゴンに行った1985年当時はまだJapan as No.1という言葉が日本経済の黄金期を表す言葉として生きていました。日本の製造業は世界を席巻し、日本は世界の成功モデルのように語られていました。ところが、意気揚々と乗り込んだ私に、学生寮のルームメイトのアメリカ人がこう聞きました。「日本って中国?」私は驚きました。日本では、世界が日本をどう見ているか、などあまり考えたことがなかったからです。

世界に出てみると、自分の常識が世界の常識ではないことに気づきます。そして初めて会う人、考え方、技術などに触れることで、自分の立っている場所を俯瞰して見ることができるようになります。

その後、野村證券に就職し、会社の奨学金でスタンフォード大学の経営大学院に入学しました。シリコンバレーでは、若者たちがアイデアを次々と形にし、「会社」を生み出し、世界を変えるサービスが生まれる、そんな現場の空気を感じました。

皆さんは、子供のころからパソコンやスマホ、インターネットが当たり前に存在していたと思います。しかし、私が留学したころは、情報のほとんどは紙で得るものでした。図書館に行き、分厚い本や新聞をめくりながら調べるのが普通でした。
そんな時代に初めてインターネットに触れ、世界中の情報に瞬時にアクセスできることに私は衝撃を受けました。そのとき私は、情報の非対称性、つまり「自分のほうがよく知っている情報」を差別化のポイントにするビジネスは難しくなる、金融機関は新しい付加価値を提供しないと生き残れない、などと考えました。

今ではインターネットを通じて多くのことを知ったり見たり、感じたりすることが簡単にできるようになりました。しかし、実際に世界に出て、人に会い、体験したときの「驚き」は、ネットやSNSなどで得られるものではありません。短い期間でも構いません。ぜひ在学中に世界に出て、自分の目で見て、自分の頭で感じてください。

二つ目にお伝えしたいことは、「ものごとには常に正解があるわけではない」ということです。

皆さんの多くは、答えのある問題を解くことに成功してここにいらっしゃるのだと思います。しかし、社会に出ると、正しい答えがわからない、或いはそもそも答えが存在しないことの方が多くなります。
私自身、金融の世界で長く仕事をしてきましたが、本当に難しかったのは、知識が足りない場面ではありませんでした。正解が分からないまま、それでも判断しなければならない瞬間であったと思います。

世界を見渡すと、法律、政治経済、教育といった社会を支えてきた仕組みの前提が変化しているようにも思えます。そうした時代に皆さんは大学生活を始めます。
本日ここにいらっしゃる皆さんは、それぞれ異なる分野を専攻されますが、共通点があります。それは、社会の仕組みに関わる学問だ ということです。政治学や経済学を学ぶ皆さんは、社会の意思決定や資源配分といった仕組みを考えることになります。経済は数字で表現されますが、数字の後ろには必ず人の行動があります。政治はまさに人の意思決定から成り立つものであり、そこには価値判断が伴います。
法学を専攻する皆さんは、社会のルールや、価値の衝突を調整することなどを学びます。人と人の価値観の違いを理解し、仕組みと人の関係に想像力を巡らせることが重要になります。教育学を追求される皆さんは、人を育てることを学ばれます。教育とは知識を伝えるだけではなく、社会が何を大切にするのか、何を当然と考えるのかを、次の世代へ手渡す仕事です。

最近、AIという言葉を聞かない日はありません。AIは文章を書き、法律を調べ、経済を分析し、教材まで作るようになりました。
しかし、AIは過去の情報から最も「それらしい」答えを導くことは得意でも、「どんな社会が望ましいのか」という問いに答えることはできません。その問いを引き受けるのは人間です。

皆さんはこれから社会の仕組みに関わる学問を学びますが、過去に正解とされたことを覚える、受験勉強のようなことをするのではなく、仕組みを踏まえて、未来を考えていただきたいと思います。そのためには仕組みを動かす「ヒト」を知ることが非常に重要ですし、このことは一つ目にお伝えした、「世界を見て、体験する」ことの大切さともつながってきます。

早稲田大学は、とても面白い大学です。

整った答えを持つ人よりも、「本当にそうだろうか」と立ち止まる人を社会へ送り出してきました。既存の制度や常識に違和感を抱き、新しい視点を持ち込む人たちです。それは必ずしも生きやすい姿勢ではないかもしれません。しかし社会が前に進むとき、その出発点には「ホント?」と疑問をもった人の存在があります。

大学生活では、世の中に対する疑問がたくさんわいてくると思います。異なる考え方に出会って、自分の常識が揺らいで、迷うこともあるかもしれません。しかし、それこそが大学で学ぶ意味なのだと思います。

最後に、金融経済教育に関わってきた立場から、三つ目のお話をしたいと思います。

皆さんは「投資」という言葉を聞くと、株式や投資信託のことを思い浮かべるかもしれません。しかし、私が皆さんにお伝えしたいのは、「投資」とは金融商品を買うことだけではない、ということです。

将来、お金を持つも持たないも自由です。しかし、その選択肢を持つための基礎となる勉強をしてください。
そして、若いうちは、まず自分に投資してください。できるだけ長く自分でお金を稼げるように、まず自分の価値をあげることが大事です。金融商品への投資、つまり自分ではなくお金に稼いでもらうのは、もっとあとで構いません。

早稲田大学での学びの日々が、多くの出会いと驚きに満ちて、皆さん自身の視野を広げる、実り多い「投資」の時間となることを心より願っています。そして、その「投資」が、皆さん自身だけでなく社会にも価値を生み出すことを期待しています。
この場所を巣立つとき、皆さんがどんな世界を見て、どんな問いを持っているのか、楽しみにしています。

ご入学、誠におめでとうございます。

(プロフィール)

1989年、早稲田大学法学部卒業後、女性総合職2期生として野村證券に入社。1996年にスタンフォード大学MBAを取得。投資銀行業務、金融商品開発、経営企画部長などを経て、2012年から執行役員として経営企画やアジア戦略を担当し、2014年に野村信託銀行社長に就任。2018年野村證券専務執行役員、2023年に代表取締役副社長に就任。2025年8月より日本証券アナリスト協会会長(現任)、2026年4月に野村證券顧問に就任。

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