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空襲の犠牲者300余名を追悼 喜久井町観音慰霊祭
- Posted
- Fri, 29 May 2026
2026年5月25日(月)に早稲田大学喜久井町キャンパスにて、早稲田大学理工学研究所と喜久井町町内会との共催による喜久井町観音慰霊祭が行われました。同慰霊祭は、1945(昭和20)年5月25日の東京大空襲により喜久井町キャンパス付近の防空壕で亡くなった300余名を慰霊するために毎年行われており、今年は近隣住民の方々や教職員ら約50人が出席し、観音像に手を合わせました。
戦火の記憶を伝える喜久井町キャンパスの観音像
太平洋戦争中の喜久井町キャンパスには、早稲田大学理工学研究所(以下、理工学研究所)があり、多くの研究員や学生が実験などを行っていました。キャンパス内には、1944(昭和19)年から本格化したB29による東京への空襲に備え、早稲田通りに面した小さな土手を利用した防空壕が設けられ、学生や近隣住民の避難場所になっていました。
1945(昭和20)年5月25日、米軍の戦闘機が東京西部に飛来。喜久井町キャンパスでは、理工学研究所が建物のほとんどを焼失しました。学生数名と近隣住民300余名が防空壕に避難しましたが、焼夷弾による火災から発生した煙に包まれ、多くの方が亡くなりました。
この悲劇から10年を経た1955(昭和30)年、犠牲者を慰霊し永遠の平和を祈願するため、喜久井町キャンパスに戦災者供養観音像が建立されました。
また、1983年(昭和58年)に理工学研究所により、観音像制作者の永野隆業氏のメッセージを刻んだ碑文も設置され、毎年5月25日に理工学研究所と喜久井町町内会との共催で観音慰霊祭が行われてきました。
同観音像は、2013年に新宿区の地域文化財(平和分野)※に認定されています。
※新宿区地域文化財:新宿区により、地域で継承される身近な「もの」や「場所」を次の世代に伝えるために「都市・産業」「文化・芸術」「歴史」「生活」「平和」「自然」の6分野で認定されています。
>>新宿区地域文化財一覧(令和7年8月15日現在)
戦後80年を経て、思いを一つに手を合わせる
2026年5月25日(月)に行われた慰霊祭では、はじめに早稲田大学理工学術院総合研究所の高橋大輔所長の主催挨拶、来賓の榎町特別出張所の古沢芳彦所長、喜久井町町会の山本智章会長らによる挨拶がありました。
続いて感通寺の新間正興住職による読経に合わせて焼香が行われ、一人ひとりが観音像に手を合わせました。同住職による法話では、世代を超えたつながりが薄れる中で、地域住民と大学関係者が平和への願いを一つに慰霊祭に集まる意義が語られ、時にうなずきながら静かに聞き入る参列者の姿が見られました。
歴史館で戦災を乗り越えた早稲田の歩みを知る
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1945年5月25日の空襲では、政府機関や金融・商業の中枢機関が集中する都心地域と、都心から杉並区にかけての西部住宅地が標的とされ、早稲田大学でも大隈会館や恩賜記念館などが全焼したほか、演劇博物館が半焼するなど、甚大な被害が生じました。 在りし日のキャンパスの様子や、戦災を経て再建されてきた大学の施設の記録写真などを、早稲田キャンパスの早稲田大学歴史館で見ることができます。本記事と併せて、ぜひ来館の上、ご覧ください。 |
>>早稲田大学歴史館





