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先端科学技術と法コースにより実現した学生調査プロジェクト:遠隔医療と法的課題について

法学部では2022年度から、「先端科学技術と法コース」がスタートしました。科学技術の発展に伴う社会の変化を受けてあるべき法の姿を模索することを目的としたコースで、導入科目から演習科目への履修を通じて、法学と教養の両側面から段階的に学びを深める設計となっています。このコースの設置科目の一つに「健康増進・医療介護と法」を副題とする「先端科学技術と法演習 3」(担当:法学部 肥塚 肇雄 教授)があります。この科目の履修学生有志が、早稲田大学法学会による「とびだせ!都の西北」助成プログラムに応募・採択され、講義や研究で培った知識を机上の学問として完結させずに、夏季休業期間を利用して調査プロジェクトを行ないました。フィールドは香川県、テーマは遠隔医療の現状と課題・展望について。「先端科学技術と法コース」の講義で培った知識をもとに、学生がどのように学び今後に生かそうとしているのか、参加者のコメントを交えて紹介します。

大畠 秀一さん(法学部・4年)、辻合 遼太郎さん(法学部・3年)、塚原 綾那さん(法学部・4年)、吉田 萌夏さん(法学部・4年)―メロディ・インターナショナル株式会社(高松市)でのヒアリングの様子より

「先端科学技術と法演習 3」はこんな科目(シラバスより)

SDGsの視点からは、本格的な「超」高齢社会の到来を迎えすべての人々が住み慣れた地域で自分らしい人生を最期まで続けることの重要性が認識されています。長寿社会では、すべての人々が住み慣れた地域で健康を増進するために、また、医療介護サービスの提供を受けられるようにするため、先端科学技術の利活用が注目されています。たとえば、コロナ禍で注目されたオンライン診療ドローンによる医療サービスの提供やゲノム編集による若返り等はその典型です。本演習では、健康増進と医療介護に係る先端科学技術の利活用に伴うさまざまな法的課題を考察します。(科目シラバスより)

授業の各回で、長寿社会とデジタルヘルス、個人の医療データや医療AIの利活用、遠隔胎児モニター(iCTG)と胎児外科手術(Femtech)、医療配送ドローン、Metaverseを用いた医療の最前線と遠隔手術の法的可能性、ゲノム医療、ロボットと介護福祉などについて扱われています。

遠隔医療における法的課題とは?

大畠さん:たとえば、交通の利便性が欠ける地域にドローンで医療品を配送することが技術的には可能になっても、航空法や電波法など規制への対応、運航頻度や運搬可能な積載量の精査、墜落時のリスク対応の整備のほか、配送経路にあたる地域住民の理解を得ることが必要です。また、遠隔医療では、医療にかかわる機微な個人情報の適切な取り扱い、情報セキュリティ対応が求められます。さらに、遠隔地での医師の負担軽減と医療水準の維持をいかに両立させるかという点では、地域のニーズと医療の実態に照らして、医師法、看護師法、薬剤師法の範囲内で看護師を活用する制度を運用できないか、など様々な課題が存在することを授業をきっかけに学びました。

プロジェクトの発端は?

塚原さん:このプロジェクトは「先端科学技術と法演習」を受講した有志の学生で構成されています。授業では、医療、介護、AI、モビリティなどの社会と結びつきが強い先端技術とそれに関連する法課題を扱い、個人またはグループで報告発表をしていました。そうした中で、本授業の担当教員である肥塚先生が以前に香川大学で教鞭を取られていたことから、香川県が地域医療ネットワークなど医療分野に関する先進的な取り組みを実施していることを知りました。人口減少や高齢化問題が社会問題として顕在化しているいま、それらの課題に現在進行形で直面している島嶼部医療の実態を知ることで、未来社会を構想し法と政策を検討する上での糸口になるのではないかと考え、医療(特に遠隔医療)を課題に選びました。

吉田さん:近年の人口構造の転換や、コロナ禍で、遠隔医療の重要性が高いはずなのに中々進んでいない現状を知り、実際に医療資源が少ない僻地へ行き、遠隔医療の課題や障壁となっている法律、現場の声を知るためにフィールドワークを企画しました。

大畠さん:(私は)そもそも法律についてその機能性を疑っていることから、先端科学技術と法演習を履修したという背景があります。法律というものがどれだけ実際の生活に影響を与えているのか、普段自分たちが議論していることは実社会のニーズからズレているのではないかといった課題意識がありました。
そういった課題意識を背景に講義の中で特に気になったのが遠隔医療でした。そのほかのトピックは法律的な議論が行き詰まり、政治的判断を待つような状態であったのに対し、遠隔医療はそのメリットや必要性が顕著でありながら、中々活用と普及が進んでいないように感じました。
そのため、実際の現場を見て何が障壁になっていて、法律には何が出来るのかを見たいと思い今回のフィールドワークの企画につながりました。

辻合さん:演習を通して、先端科学技術が技術的な進化を遂げていく反面、過去の法律との衝突により普及に歯止めがかかっているという実態を学びました。しかし、コロナウイルスが蔓延したここ数年で遠隔医療が類を見ない速度で発展してきました。ここに、あらゆる先端科学技術が広く社会に受け入れられるようになるヒントがあるのではないかと考えました。遠隔医療の実態を知り、そして、実態に即した効果的な法律とは如何なるものかという視点を持ち、フィールドワークに臨みました。

フィールドに出るまでの準備

香川県では瀬戸内海に離島が点在していて、島嶼部の過疎化や高齢化による医療・介護・社会保障などの様々な課題がある。島嶼部における医療アクセスを容易にし、健康維持と持続可能な医療を実現するために、香川県では全国に先駆けて医療の中にITを活用する仕組みづくりに取り組んでおり、1990年代から医療情報ネットワークの取り組みが具体的にはじまったとのこと。香川県をフィールドにするにあたり、事前準備をどのように進めたのでしょうか。

香川県庁からの眺め

吉田さん:対象地域の情報を整理するため、まず、肥塚先生の講義で学んだ香川県自体の特徴や、香川での遠隔医療に関係する企業や病院などについて調べました。

大畠さん・辻合さん:基本的には講義の延長線上にあるような形で、現地香川の風土や特徴、遠隔医療の具体例な取組であるK-MIXやiCTG(注1)、香川県で民間企業が提供している遠隔医療機器などについて調べていました。

(注1)
K-MIX:2003年に運用を開始した「かがわ遠隔医療ネットワーク」。香川県医師会が運営し、遠隔読影や地域連携クリティカルパスの機能を提供している。2014年には香川県が「かがわ医療情報ネットワーク」(K-MIX+)の運用を開始し、診療情報連携の機能を提供。2021年から、K-MIXとK-MIX+は、香川県と香川県医師会が共同で発足させたかがわ医療情報ネットワーク協議会の運営のもと、K-MIX R(かがわ医療情報ネットワーク)として進化。
出典:かがわ医療情報ネットワークウェブサイト(https://kmix-r.jp/about/

iCTG:周産期医療をオンラインでも可能にする遠隔胎児モニター(分娩監視装置)

塚原さん:先端科学技術と法の授業が5限にあったので、授業が終わった後にフィールドワークに行くメンバーが残って準備を進めていました。夏季休暇に入ってからは、週1回オンラインミーティングの時間を設けていました。調べてきたことをお互いに発表し、訪問時に聞きたいことや気になったことなどについて意見交換し、計画を練っていきました。

大畠さん:計画にあたり、「法が果たせる役割」という視点からリサーチ・クエスチョン(仮説)を立てました。授業でも取り上げられた、医療にデジタル技術が導入されることで既存の法律にどう抵触してくるか、ということを出発点にし、事前リサーチを経て、「技術進歩によって遠隔地医療におけるコメディカル(注2)の在り方や活躍範囲が広がる可能性があるのに、医事法などの法律が障壁になって先に進めない状況が生まれているのではないか、どのような解決方法があり得るのか」ということをリサーチ・クエスチョンとしました。

(注2)コメディカル:医師以外の医療従事者

調査概要

調査は2022年8月28日~31日にかけて実施されました。

1日目

東京から高松へ

2日目

  • 三豊市粟島の診療所を見学。医師とコメディカルへのヒアリングの他、遠隔診療で実際にタブレット端末がどのように活用されているかを見学。
  • 観音寺市の総合病院の模擬オンライン診療を見学(写真なし)。総合病院では、医療用のオンライン会議システムを使い、医師と患者がリアルタイムでコミュニケーションを取りながら、患者がタブレット端末から情報を病院に送信する様子を見学(写真なし)。

 

  • 地域医療や地域振興について四国新聞観音寺支局(観音寺市)へヒアリング。谷本 昌憲 支局長から、粟島をはじめとする香川県島嶼部の人口や歴史と地域医療の現状について伺う。

3日目

  • 香川大学イノベーションデザイン研究所(高松市)にて、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社高松支店から香川大学に出向され同研究所客員研究員の吉田 恵美子 特命准教授(地域・産官学連携戦略室)より遠隔医療を行なう際の保険リスクについてレクチャーを受ける。便益をもたらす科学技術とその利用によって発生しうる損害を補填するために産官学連携で保険商品を作る過程について学ぶ。
  • 周産期医療における母子の健康管理プラットフォームを構築しているメロディ・インターナショナル株式会社(高松市)を訪問。尾形 優子 Founder & CEO、二ノ宮 敬治 取締役CIOより直々に、iCTGの活用と周産期医療が抱えている課題についてレクチャーをしていただく。
  • K-MIXやiCTGの生みの親である原 量宏 香川大学名誉教授より助言をいただく。原 名誉教授は、現在、香川大学医学部 医療情報学客員研究員、 日本遠隔医療学会 名誉会長及び NPO法人 e-HCIK 理事長として精力的に活動されている。
  • 医療法人社団そごうクリニック(高松市)にて、香川県医師会でK-MIXをご担当されている常任理事の濱本 勲 医師から、K-MIX、K-MIX+、K-MIX Rの成り立ちや医療現場での活用について話を伺うとともに、K-MIX Rの医師側の画面を実際に見学させていただく。
  • 香川県庁(高松市)にて、K-MIXについての担当部署である香川県健康福祉部医務国保課の藪根 正浩 課長補佐から、県のK-MIXや健康福祉についての取り組みについて伺う。
  • 医療機器メーカーのニプロ株式会社国内事業部メディカル営業本部四国支店(高松市)にて、森口 潤 様から、遠隔診療で利用されている医療機器などを見せていただき、活用などについて意見交換を行なう。

4日目

高松から東京へ

調査を終えて:仮説の進化と最終報告に向けて

年度末に向けて、これから最終報告を仕上げていく段階とのこと。調査を終えての所感と今後の展望についてお聞かせください。

塚原さん:関係者の生の声を聞き机上の学習では到達できない学びを得て、考え方をアップデートできたことが良かった点です。今回のフィールドワークに行くまで、遠隔医療の実効性については懐疑的な立場でした。また、島嶼部に住んでいる高齢者の方は、DXや先端技術に対して抵抗感を持っていたり、あまりポジティブな感情を抱いていないのではないか、とも思っていました。しかし、実際に訪れてみると、島に住む90歳の方がタブレットを使ってバイタルデータを送信していたり、使用上で分からないことがあったら直ぐスタッフに確認していたり、遠隔医療に対して前のめりだったことが衝撃でした。ステレオタイプな価値観から解放されないと分からない視点もありますし、フィールドワークは、デスクリサーチの情報をもとに想像で立てた仮説と実態を照らし合わせることができて、とても貴重な経験だったと切に感じています。
今後は、まずは、活動報告というアウトプットを通して今一度課題を整理し、本質的な医療提供とは何か、遠隔医療の展開と法制度について再考したいと思います。将来医療分野に進むわけではないので、直接遠隔診療の普及に携わることはできませんが、今回のフィールドワークで得た気づきを自身の財産と捉え、間接的に社会に還元していく方法を模索していければと思います。

吉田さん:現地に行くことで島民の声や現地での交流がとれ、新たな発見や意見を得ることができたことがよかったです。今後、遠隔医療を普及させるために何が必要か、障壁を改めて検討しながら活動報告をまとめていきたいです。

辻合さん:香川県内のあらゆる遠隔医療関係者にお話を聞きましたが、利害調整等、解決し難い問題の整理に苦労しました。これは机上の学習では分からなかった問題なので、実際に現地に行って知ることができたのが何より良かったです。
今後、プロジェクトをまとめる過程で、様々な利害が絡む中、法はどうあるべきかを深く議論し合い、最適な医療の提供に向けて考えていきたいと思います。

大畠さん:まずやはり、現地で実際の診療や遠隔医療の様子を見ることが出来たのは貴重な経験でした。また、多方面の関係者が遠隔医療の推進について共通して肯定的な意見を持っていることを知れたことも大きな収穫でした。
他方、なぜ遠隔医療が進まないかについては現段階では明確な回答を得られていないことが悔やまれるところではあります。
今回のプロジェクトでは、「法が果たせる役割」という切り口で考えて仮説を立てたのですが、見学や関係者へのヒアリングを経て改めてこの切り口で考えると、焦点が変わってくると思いました。医師に集中する責任・権限と負担を、地域医療の在り方に応じていかに分散させていくか、つまり、「医療における役割分担」というところまで抽象化すると、当初の仮説から変化はありません。一方で、とりわけ(都市部ではない)遠隔地におけるオンライン診療では、医師とコメディカルの間の役割分担よりは、診療所と総合病院で連携して患者を診るときの医師間の役割分担、つまり医療連携や医療水準設定において、「法が果たせる役割」があるのではないかと考えるようになりました。例えば、香川県のK-MIXという医療連携基盤では、旗振りは医療従事者でも、医療機器やプラットフォームを提供する民間企業、行政、地域住民と関わる主体が様々ですし、県内でも都市部と遠隔地では医療ニーズが異なります。技術と法のみならず、行政の制度や地域住民のニーズも考えていく必要があることがわかってきました。
調査を終えて、遠隔医療がより進展し、普及するには、これらの課題をとらえつつ、法律は何が出来るかを活動報告としてまとめることが直近の目的です。

讃岐うどん店にて

高松港にて

演習担当教員からのコメント

「先端科学技術と法コース」の中心メンバーであり、「先端科学技術と法演習 3」の担当教員である肥塚 肇雄 教授にコメントをいただきました。

肥塚教授は2022年に本学法学部へ着任されました。まず、着任後の法学部についての感想についてお聞かせください。

法学部については、昔は、どの大学の法学部に対しても「六法」とにらめっこしている学生が多く、法学部に対してもやや暗くて固いイメージを抱くのが一般的であったように思います。いまでも、法学部生は、法学の基礎学習に打ち込むため、地域や企業等との連携した体験学習をする機会が十分に提供されていないことから、そのような機会がある他の文系学部生と比べて、華やかさがなくやや消極的な感じがあるという受けとめ方が一般的かもしれません。しかし、そのような受け止め方は間違っていると思います。特に、早稲田大学法学部はそのようなイメージと大きく異なり、明るい雰囲気があります。授業では、受講の姿勢が熱心で居眠りする学生を見たことがありません。学生ひとり一人もしっかりしており、新しいことを吸収しようという強い意欲が感じられ、積極的でかつ能動的であり、大学教師として授業はたいへんやりがいを感じております。

早稲田大学法学部に「先端科学技術と法コース」が開設されたことについて

「先端科学技術と法」コースは2022年度から開講した新しいコースです。早稲田大学法学部の学生にも様々なタイプの学生がいます。授業で、受講生に、この問題についてどのように考えますか?と意見を尋ねると、自分の意見を堂々と恥ずかしがらずに発表する者が多いです。この積極性・能動性には感心しています。もちろん、自分の意見を発表することが苦手でも、文章表現として理論的に自分の意見を展開することができる受講生もいます。それぞれのタイプがいますが、どの学生も、現在の社会課題を解決するために、先端科学技術を活用するときに生じ得る新しい課題に対し真摯に向き合い、自分自身の頭で考えていることがうかがえます。
早稲田大学には三大教旨があります。「学問の独立」、「学問の活用」、「模範国民の造就」です。これらのうち、本コースは特に「学問の活用」に係わるように思われます。安易な実用主義に陥ることなく、先端科学技術が社会に実装化されるに必要な「あるべき法」の姿を追究し「自ら進んで困難な課題に取り組む」ことが求められます。「先端科学技術と法」コースで授業に参加する学生は、授業における「問い」に対し、一生懸命考えて自分の意見を発表したり質問したりしています。「進取の精神」の下、授業に参加しているわけです。この意味においては、「先端科学技術と法」コースは早稲田大学に相応しい教育カリキュラムであると思います。

今回のプロジェクト実施後の所感と、学生へ期待すること

座学での学習に関心を深め、さらに島嶼部における医療の実態を知ろうと思ってフィールド調査を実施して、地方の実情、とりわけ有人離島の実際を肌で感じときの情報の量と質は言葉で表せないものになります。SDGsでは、「誰一人取りの取り残さない」で持続性ある17の開発目標を達成しましょうと言っています。このSDGsの観点からは、有人離島における医療も本島と同じ程度に充実してほしいと思うのが島の人たちです。有人離島では高齢者の人口比率が著しく高いのです。しかし、島には医師は常駐していないのです。
島の診療所に医師が週2回通うだけでは、慢性疾患を抱える島の高齢者の不安や急患になったときの不安は相当高いのですが、オンライン診療やオンライン服薬指導に希望を見いだす島民が多いことがわかったと思います。このような課題に、行政、医師会及び民間企業が取り組んでいることも理解できたでしょう。
まさに、産官学民の連携により課題解決への取り組みがなされ、行政も徐々に規制緩和がなされていますが、医療分野における規制がまだまだあります。
医療分野だけでなく、他の分野も有人離島の課題と同じような課題が山積しています。今般のフィールド調査を通して学んだことを、今後の学習や卒業後の職場での課題解決に活かしていただくと、ありがたく思います。

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塚原さん、大畠さん、吉田さん、辻合さん、そして肥塚先生、ありがとうございました!
法学部では今後も先端科学技術と法コースをはじめとする様々なカリキュラムと学生の取り組みについて発信していきます。

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