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奨学金が拓いた研究者への道―刑法と世界をつなぐ挑戦
Fri 15 May 26
Fri 15 May 26
「法学部教育奨学金」は2006年度から給付が開始された、法学部独自の奨学金(返還不要)です。校友や、法学学術院専任教員および退職教員など300名以上の方々の寄付等に支えられ、支給実績は延べ120名以上。
1年次に奨学課の奨学金登録を行った法学部正規生(自宅外通学者のみ対象)から、学業成績と人物の評価等により受給者が決定されます。年額40万円が3年間継続して給付される、入学後に申請する学内奨学金の中では最も条件の良い奨学金の一つと言えます。
校友・教員の熱い思いをつなぐ法学部教育奨学金について、受給者の声をお届けします。
中田 己悠さん
北海道出身。2021年3月に早稲田大学法学部卒業。同年4月に同大大学院法学研究科へ進学し、2023年3月に修士課程、2026年3月に博士後期課程を修了。
2026年4月より早稲田大学法学学術院講師として着任。
奨学金を申請したきっかけや理由を教えてください。
もともとは高校の国語科教員を目指し、教員養成系の国公立大学への進学を考えていましたが、ご縁があって指定校推薦により早稲田大学法学部に入学しました。親元を離れ、東京の私立大学に進学させてもらった以上、まずは4年間でしっかり卒業しようという思いで学生生活を送っていました。
奨学金を申請した直接のきっかけは、学部2年生の5月に法学部事務所から「学内奨学金への推薦について」という通知をいただいたことです。北海道から上京し、生活面でも決して余裕がある状況ではなかったため、年額40万円を3年間継続して支給いただける制度は、これ以上ないほどありがたいものでした。迷うことなく申請したことを覚えています。
おそらく、学部1年次の成績を評価して推薦していただいたのだと思いますが、その機会をいただけたことが、その後の学びを大きく支えてくれました。
奨学金に申請したきっかけ・使い道
研究室にある書籍(一部)。
法学部教育奨学金は、主に刑法に関する書籍やドイツ語に関する書籍の購入に充てていました。
ちょうど学部1年生の秋学期に「刑法Ⅰ(刑法総論)C」を履修しており、その際に松澤先生から研究者への道を勧めていただいたこともあって、学部2年生の頃には研究者になることを意識し始めていました。そうした時期に、多くの書籍に出会い、じっくりと向き合うことができたことで、一気に研究者の道へと舵を切ることができたように思います。財布を気にせずに必要な本を購入できたことは、当時の学びを支える大きな助けとなりました。
また、私は第二外国語としてスペイン語を選択していたため、ドイツ語は独学で修得する必要がありました。その点でも、ドイツ語に関する書籍を購入できたことは非常に有意義でした。
実際には3年で卒業したため、継続支給を受けたのは2年間でしたが、奨学金によって手にした書籍は、今でも研究室の本棚に並び、研究生活を支え続けています。
法学部での学びが進路選択や成長に寄与したこと
2026年3月の学位授与式にて。
進路選択に関しては、早稲田大学法学部で学ぶ機会に恵まれなければ、今こうして法学の研究者としての道を歩むことはなかったと思います。
その理由の一つは、早稲田大学法学学術院が研究者養成の環境を十分に備えていたことです。これは一見すると形式的な理由のようにも思えますが、実際には非常に大きな意味を持っていました。学部の段階から研究に触れ、大学院進学やその先のキャリアを現実的な選択肢として捉えられる環境があったことは、私にとって決定的でした。
また、学部時代にともに過ごした同級生たちの存在も大きかったと感じています。彼らの多くは、それぞれに「こうなりたい」という明確な将来像を持ち、その実現に向けて着実に努力していました。その姿に日常的に触れる中で、自分自身もまた、自分の進むべき道を真剣に考えるようになりました。
研究者という道は、必ずしも一般的な進路ではありませんが、そうした仲間たちに刺激を受けながら、自分もまたその道を選んでよいのかもしれないと思うようになりました。早稲田大学法学部での学びは、知識を得る場であると同時に、自分の将来を考え、覚悟を固める場でもあったように思います。
研究者を目指したきっかけと研究者としてのキャリアを積むために大学院時代に心がけたこと
松澤 伸教授との記念写真。
学部1年生の秋学期に、(後に指導教員となり、現在までお世話になっている)松澤先生ご担当の「刑法Ⅰ(刑法総論)C」を履修しており、その際に「中田君は研究者に向いている」とおっしゃっていただいたことが、研究者を志す直接のきっかけでした。
当時の私にとって、研究者という職業は、非常に優秀で選ばれた人だけがなれる特別な存在という印象が強く、「自分にはとても縁のない世界だ」と感じていました。そう率直にお伝えしたところ、先生から「わからないことはわかったふりをせず、わからないことを整理して、調べて、考えて、明らかにすることです。それができれば、心配になる必要はありません。」と言っていただき、研究者に対する見方が大きく変わりました。研究とは、特別な才能ではなく、問いに向き合い続ける姿勢によって支えられるものなのだと実感したことをよく覚えています。
大学院時代に意識していたのは、まず基礎を徹底的に固めることでした。私は学部を3年で卒業していたため、修士課程では、実質的に学部4年生にあたる部分を補う必要がありました。そのため、英語・ドイツ語といった外国語の読解力や、刑法の基本的な理論の理解に重点を置いて学びました。すでに大学教員として活躍されている先輩方には懇切丁寧にご指導いただき、大変多くを学びました。
また、日本学術振興会特別研究員(DC1)にも応募し、採択をいただきました。申請にあたっては、DC1採択経験者であり兄弟子にあたる十河隼人先生(広島修道大学法学部准教授)をはじめ、多くの先生方に何度も申請書を添削していただきました。
さらに、博士2年次には、日本学術振興会の海外挑戦プログラムに採択され、コペンハーゲン大学(デンマーク)にて在外研究を行いました。滞在中には、オーストリア法務省図書館(オーストリア・ウィーン)で貴重な資料を調査し、早稲田大学法学学術院とも関係性の深いマックス・プランク犯罪・安全・法研究所(ドイツ・フライブルク)で開催された国際会議や、フンボルト大学ベルリン(ドイツ)でのLuís Greco先生のセミナーにも参加する機会を得ました。こうした経験を通じて、海外の第一線で活躍する研究者と接し、自身の研究を国際的な場で発信していく必要性を強く意識するようになりました。
日本学術振興会特別研究員(DC1)や海外挑戦プログラムに挑戦した経緯
大学院時代には、日本学術振興会特別研究員(DC1)や海外挑戦プログラムに挑戦しました。その背景には、指導教員である松澤先生がかつて日本学術振興会特別研究員(PD)として研究活動をされていたことや、海外の研究者との交流を積極的に行われていたこと、さらに、先輩方が実際に日本学術振興会特別研究員や在外研究に挑戦していたという環境の影響が大きかったように思います。早稲田大学法学学術院には比較法研究所も置かれており、海外の研究者と交流する機会にも恵まれていました。中でも、Luís Greco教授(ベルリンフンボルト大学)と実際にお会いし、第一線で活躍する研究者から直接刺激を受けた経験は非常に大きかったように思います。そうした環境の中で、「海外で研究すること」を自然な選択肢として考えられたことは、私にとって大きな意味を持っていました。
また、比較法研究に取り組む中で、外国の法制度を本当に理解するためには、条文や文献だけではなく、その法制度を支える社会の価値観や文化、人々の感覚そのものに触れる必要があると感じるようになりました。実際にデンマークで研究生活を送る中で、法制度はその国の社会や文化と切り離して理解できるものではないことを強く実感しました。さらに、日本の研究を単に海外へ紹介するだけではなく、より普遍的な問題について世界の研究者と議論できる研究者にならなければならないという意識を強く持つようになりました。
後輩へのメッセージ
知らないうちに、自分が置かれている環境や価値観を「当たり前」のものとして受け止めてしまうことは少なくないように思います。私自身も、大学に入った当初は海外で研究することなど想像していませんでした。しかし、北海道から上京し、早稲田大学で学ぶ中で、世の中には多様な価値観や考え方があること、そして、自分が慣れ親しんだ環境の外に出てみることには大きな意味があると感じるようになりました。
実際にデンマークで研究生活を送る中でも、異なる社会や価値観、人々の考え方に触れ、自分自身の問題意識や研究の前提を見つめ直す経験をしました。もちろん、日本には優れた研究や制度、文化がありますし、海外の価値観をそのまま受け入れればよいというものでもありません。しかし、新しい環境に身を置くことで、自分がどのような前提のもとで物事を考えていたのかを改めて意識できる瞬間があります。ときには、自分が「当然」だと思っていたものが揺さぶられ、居心地の悪さを感じることもあります。しかし、そのような経験こそが、自分自身の視野や考え方を広げてくれるのではないかと思います。
こうした新しい環境へ自ら飛び込む経験は、研究者を目指す人だけではなく、これから社会に出ていくすべての人にとって意味のあるものだと思います。チャンスは突然訪れるものですが、そこで一歩踏み出せるかどうかは、才能というよりも、むしろ挑戦してみようとする覚悟の問題なのかもしれません。一見すると自分には縁のないように思える機会であっても、自ら可能性を限定せず、ぜひ積極的に挑戦してみてほしいと思います。
今後の展望
まずは、博士論文をもとに、これまでの研究成果を書籍という形でまとめることを目標としています。博士課程までは博士号の取得を一つの大きな目標として研究を進めてきましたが、今後はそれを出発点として、より広い視野で多様な領域に関心を広げながら研究に取り組んでいきたいと考えています。
また、研究活動の場を日本国内に限定するのではなく、研究成果を国際的に発信し、海外の研究者とも積極的に議論を重ねていきたいと思っています。広い視野の中で、多様な問題意識や方法論に触れながら、刑法学の研究をさらに深めていくことが今後の展望です。
(2026年5月)