今日的な環境問題を法的に考える意味とは
法学研究科修士課程 社会人研究課題「環境問題と法」
早稲田大学大学院法学研究科では、専門性を高めたいという社会人のニーズに応え高度専門職業人を養成するため、社会人を対象にした修士課程プログラムを用意しています。現在、5つの社会人研究課題を設け、それぞれの研究を通じて、社会と法の変化を踏まえた法理論と法実務の理解と修得に取り組んでいます。
ここでは社会人研究課題の1つ、「環境問題と法」の教員と学生にお話を伺いました。
大塚 直 <写真中央>
早稲田大学法学学術院 教授
法学研究科修士課程『環境問題と法』では、「環境法研究I,II」、「比較環境法研究(1)」の講義を担当。
森本 英香 <写真左側>
早稲田大学法学学術院 教授
法学研究科修士課程『環境問題と法』では、「環境法研究I,II」、「自然保護法研究」、「環境政策研究(2)」の講義を担当。環境行政の実務経験者。元環境事務次官。
渡辺 竜五
佐渡市長
佐渡市職員を経て令和2年4月18日佐渡市長に就任。島全体が「トキと共生する佐渡の里山」として世界農業遺産に認定されているなど、自然保護、環境保全を軸とした地域づくりを進めている。
(今回は座談会にはご都合によりご参加いただけませんでしたが、他参加者の意見をふまえた上でインタラクティブなご意見をいただきました。)
古賀 祐二郎 <写真右側>
受講生
早稲田大学法学部卒業。現在は総合商社の法務部に勤務。
2021年度に「比較環境法研究(1)」、「環境政策研究(2)」、「国際環境法研究」を受講。
重要性が飛躍的に増した「環境問題と法」の研究
社会人入学制度の開始
社会人学生の受け入れには20年以上の歴史が
大塚:社会人入学制度が始まったのは1994年で、「環境問題と法」では1995年から社会人学生を受け入れており、20年以上の歴史があります。社会と法の変化をいかに理論的に認識するか、また、法実務をいかに方向づけるかといった観点から、社会人を対象にした修士課程を設置したわけです。当初から多くの社会人の皆さんが、実務の中で求められる法的根拠や法理論の理解を深めるために学んできました。最近、気候変動が重要な問題になったことから、さらに学ぶ人が増えているように思います。
環境法や環境政策を学ぶ今日的な意義
環境配慮に関しての法的な知見、予防原則を学ぶことが重要
大塚:大きく分けてふたつの意義があると考えています。日本には、これまでの公害体験や自然環境保全の体験から、環境配慮に関しての国内外の法的な知見が蓄積されています。そうしたものを学ぶことは、企業活動の現場にいる人はもちろん、国、自治体の環境行政や、環境NGOなどに携わる人、さらに法曹関係者や市民にとっても重要になってきます。もうひとつは、予防原則や予防的アプローチ、あるいは汚染者負担原則のような環境の基本原則に関連する新しい課題が次々に出てきていて、しかも、そうした課題は迅速な対処が要請されるので、的確にキャッチアップし、学んでいく必要があります。また、地球温暖化やサーキュラーエコノミーの状況、ESGのような環境に配慮した金融関係の取り組みなどを把握することも必須になってきています。
社会や経済で求められる環境問題への法的対応
激しく動くビジネスの最前線で活躍しながら早稲田大学で学ぶ
サステナビリティを経営や企業統治に織り込むためには、本質を見極める力が必要
古賀:大塚先生がおっしゃったように、環境分野の各国の法律や規制、また、社会の動きは非常に速いので、それをしっかりフォローアップしながら、ビジネスを進めていく必要があります。たとえば、国内外でプロジェクトの開発に携わる場合、関連する多くの法令を遵守する必要があるのは言うまでもありませんが、それに加えて、地域社会に真に貢献する事業を目指す観点から、広く意見を求めるためにステークホルダーに対応することもあります。そこでは、当事者の意見や主張の背景や本質といったものを見極めながら進めなければなりませんが、環境法や環境政策を学ぶことによって、その本質を見極める力もつくのではないかと思います。また、今企業では、サステナビリティをどのように経営や企業統治に織り込んでいくかを議論することが多く、その前提としても、環境や人権に関する深い理解が求められます。環境法を学ぶことで、このガバナンスの側面にも自ずと繋がっていくように思われます。
森本:私自身は1981年から、環境庁・環境省で、法律をつくり、運用するという仕事に従事してきました。1970年の「公害国会」時代の環境行政の分野は、公害規制と自然保護―具体的には国立公園の管理と希少種の保護―にとどまっていました。それが現在では、化学物質による環境リスク対策、廃棄物・資源循環分野、生物多様性の保全、地球環境の問題へと広がり、原子力規制まで担当するようになっています。また、地球温暖化問題のように、環境の問題が社会や経済のあり方と密接に関係するようになり、環境政策は、新しい社会づくりを提案する役割を担っています。
―渡辺市長は、佐渡市を運営される立場から環境政策の意義をどのようにお考えでしょうか。
渡辺:私は元々佐渡市の職員で、その時代に環境省と一緒に取り組んでいたのがトキの再生でした。一旦絶滅したトキですが、現在では400羽を超え、佐渡の里地・里山で暮らすようになっています。トキが自然の中で生きていくには、農薬を使わない農業が欠かせません。地域の皆さんの理解と協力を得て、人の生活とトキの共生を実現しました。今では「トキと共生する社会」が佐渡のブランドになり、高い価格で販売されている「朱鷺と暮らす郷づくり認証米」なども生まれています。経済と環境保全が一緒に回っている感じですね。今後は、環境省が提唱している地域の「自律」と「連携」を軸とする「地域循環共生圏」の観点から地域づくりを進めたいと考えていて、その点で環境法や環境政策がより必要になります。
早稲田大学大学院法学研究科で学ぶ魅力
早稲田大学で社会人が環境法や環境政策を学ぶ魅力とは
最先端の知識・研究、海外との比較研究、他分野との融合
大塚:3点あります。ひとつ目は、環境省の事務次官を務められた森本先生のように、最先端の環境法制に精通している教員がいるということです。ふたつ目には、海外の環境汚染に関しても最先端が学べるということがあげられます。最後にあげたいのは、早稲田大学では、環境政策と他の政策との融合や統合を学んだり、議論したりする中で、自らの考えをより精緻なものにすることができるということです。さらに、環境問題の背景にある社会や経済のあり方や、今後の国内外の環境政策のあり方などを検討することができるのは、他の大学にはなかなか見られない特色だと思います。また、憲法や民法、行政法、訴訟法にも著名な教員がいることや、図書館が充実していることも、早稲田で学ぶ魅力といえます。
学生の多様性・社会人学生の受講しやすさ
森本:早稲田大学の大学院の特徴は学生の多様性です。学部から上がってきた学生もいれば、自治体・企業で働きながら学ぶ人もいる。さらに各国からの留学生もたくさんいます。学内では、常時さまざまなセミナー・シンポジウムが開催されていて、そうしたものを通じて、世界や日本の動きなどを学ぶことができるのも魅力です。さらに、ビジネスや法曹、政治の世界に多くのOBがいて、大学と頻繁に交流している点も大きな特色になっています。
古賀:大塚先生の環境法、森本先生の環境政策、そして、国際環境法の3科目をひとつの大学で集中的に学べ、かつ社会人も受講しやすいプログラムとなっているのは、他の大学では見当たらない特色なのではないかと思います。それから、留学生から国際的な視点や他国の実情といった情報が得られるのも、早稲田で学んでよかったと実感できる点ですね。
実際の授業について
常に最先端の議論を
大塚:環境問題や環境政策は動きが非常に激しいもので、常に最先端のものを扱うように心がけています。あわせて、ゼミなどを通じて、学生が自分で考え、発言する力を養えるようにするということにも力を入れています。古賀さんから、留学生からも学べるという話がありましたが、私自身も思いがけない刺激を受けた経験があり、留学生と一緒に学ぶことも大切にしています。
森本:私が担当している環境法の場合、法律をつくるために、何を、どのような手順で考え、整えていく必要があるかという立法プロセスを伝えることに力を入れています。それが環境省で実務を行ってきた私の義務だと思っています。もうひとつ大切にしているのは、ゼミでの共同作業です。ひとつのテーマについて、学生が分担をして調べ、それを発表し合って、最終的に共同の作品ができ、各人が自由に活用できるという授業の進め方を心がけています。ゼミ生には、企業・自治体の社会人のほか中国や台湾、韓国の出身者もいるので、一緒に議論することによって、考え方の違いを知るとともに、相互に刺激も受けることができると考えています。
渡辺:地域づくりには、環境問題に関心のある人たちの協力や連携が重要ということを肌身で感じています。地域循環共生圏の考えに基づいた地域づくりには、自然保護、環境リスク、廃棄物の問題、地球環境問題などを統合して考えるとともに「環境・経済・社会問題の同時解決」というSDGsの考え方を実践する必要があり、それには早稲田大学が進めている最先端の研究が重要な役割を果たすと期待しています。
古賀:私は、早稲田大学で学ぶ中で、企業が気候変動をはじめとする環境問題にどのように対応していくべきかということを、知識と思考の両面でより深く追究していけるようになったのではないかと思います。学んだ成果を実際に会社での業務に生かせる場面もあったので、早稲田大学での研究はとてもタイムリーで充実したものとなり、結果として、当初の期待以上のものを得ることができました。
社会人学生と研究者志望の学生が学ぶ相乗効果
森本:古賀さんのように実務に役に立てるために学んでいる学生もいれば、研究者を目指している学生もいます。テーマを深く掘り下げる研究志向の学生と、実務にいかに役立てるかを考える学生がいることで、多様な角度からテーマを検討することになり、大きなシナジー効果が生まれると思います。
大塚:お互いにプラスになっていると感じています。大学院はどうしても研究の比重が重くなり、社会人のコースでは実務的なテーマを中心に扱います。両者が一緒に学ぶ中で、いい刺激と影響を与え合うと考えています。環境問題を研究する人が、社会状況をわからないまま、自分の頭だけで考えても、残念ながらあまり役に立つ議論は生まれません。一方、実務的なことから学ぶ人も、理論的な問題を認識することは大切です。シナジー効果は、そのように働き合うのではないかなと思っています。
充実した研究生活を送るために必要なこと
受講前の知識や準備よりも受講期間中の学びが大切
古賀:法律の基礎的な素養は必要だとは思いますが、ハードルのようなものを感じることはありませんでした。いま、環境に関連する分野はすごく激しく動いています。気候変動もリサイクルの分野も変化が激しく、経済や社会全体も大きく揺れ動いている時代ですから、以前の知識がそのまま役に立つわけではありません。また、受講期間中に新しい話題や問題が出てくることもあり、そのような最新の状況を捉えながら、環境に関する法と政策を同時並行で学ぶことになります。結局、受講する前の知識や準備よりも、受講期間中にいかに学ぶかが重要になってくるといえます。
大塚:中国からの留学生で、最初はほとんど日本法を勉強していない人がいました。最初のころは授業についていけるのか危惧していましたが、問題意識をしっかりと持っていたので、十分にやっていけたのです。問題意識の大切さを改めて実感しました。したがって、法学部出身でなければ、関連する行政法や不法行為法、また、環境問題に関係する科目を受けたほうがいいと思いますが、事前の修得が絶対に必要というわけではないと思います。
森本:問題意識を持ち、やる気がある人には門戸が広く開いています。一方で、どの授業も非常に濃密で、集中して学ぶことが求められます。
仕事と学業の両立:予習や復習
古賀:自分が報告を担当する回では、事前に資料や論文を読んだり、考えをまとめたりと、相応の準備が必要となりますが、あまりに過大な負担となることはなく、会社での業務と十分に両立することができました。基本的には、法律そのものを予習、復習するよりも、新聞やニュースなどを一生懸命チェックして、時流をとらえるほうが大切かもしれません。
これまでの修了生の進路
大塚:企業に戻って活躍している人、自治体で環境政策に取り組んでいる人のほかに、環境NGOを立ち上げた人、市議になった人や、環境政策を教える側になった人もいます。
森本:そういう皆さんに改めて、早稲田大学の法学学術院の社会人コースで学ぶ魅力を聞いてみたいですね。
大塚先生、森本先生、渡辺市長、古賀様、ありがとうございました。
2022年4月 法学研究科