School of Humanities and Social Sciences早稲田大学 文学部

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【書籍紹介】『古代中国の24時間――秦漢時代の衣食住から性愛まで――』(文学学術院教授 柿沼陽平)

古代中国の「無名の民」とその日常生活とは?

中央公論新社 初版 刊行日2021/11/18 判型 新書判 ページ数 336ページ 定価 1056円(10%税込) ISBNコードISBN978-4-12-102669-9

 紀元前200年頃~後200年頃の中国大陸には、秦漢帝国がありました。ほぼ同時代に、西洋ではローマ帝国が成立し、両帝国はちょうど洋の東西を分けあうように並存していました。

 秦漢帝国は人口約6000万人を統べ、数々の英雄を生み出したことで知られています。高校世界史の教科書をひもとくだけでも、秦の始皇帝・項羽と劉邦・漢の武帝・後漢の光武帝などの名前をあげることができます。また『三国志』の英雄も、その多くは実は後漢末に活躍した人物です(董卓・袁紹・曹操など)。

 このように秦漢時代は、まさに「時代が英雄をつくり、英雄もまた時代をつくる」という格言どおりの時代でした。しかし、時代は必ずしも英雄だけを生み出すわけではなく、英雄だけが時代を形づくるわけでもありません。英雄の活躍の背後にはつねに「無名の民」の支えがありました。では、かれらは具体的にどのような日常生活を送っていたのでしょうか。

 このようにして中国古代の英雄や無名の民の、朝から晩までの日常生活に焦点を当てた書籍は、ほとんど刊行されたことがありませんでした。もし読者が秦漢時代にタイムスリップし、まる一日生活せねばならないとすれば、その眼前にはいったいどのような世界がひろがっていたのでしょうか。本書はそこに焦点をあてたものです。

学際的なアプローチ

鼓をうつ人物俑 (四川博物院)

 こうした日常史を解明するには、たんに古文献を読み解くだけでは十分ではありません。中国古代の歴史書の多くは人物伝の形式をとっており、はじめから政治や英雄に焦点をあてるものが多く、無名の民や、かれらの日常的な生活に関しては、断片的記録しか残されていません。そこで本書では、古文献から日常史の断片的記録を集めるほかに、現在中国で次々に出土している簡牘(木簡や竹簡など)や、墓から出土している土器・陶器等々をも積極的に活用しました。いわば学際的な手法をとっているのです。

 このように本書では、数々の出土遺物を活用しており、その図版を豊富に掲載しています。その多くは、日本では従来ほとんど知られていないものであり、このたびはことごとく版権を確保して掲載いたしました。昨今、コロナ禍でなかなか国外旅行がかなわぬなかで、できるだけ多くの方に、「まるで旅行をしているかのように古代の世界を味わってもらいたい」と考えています。

『古代中国の24時間――秦漢時代の衣食住から性愛まで――』(中央公論新社、2021年)

〈研究の紹介〉

中国古代の日常風景と経済生活にせまる

  私はもともと中国の歴史、とりわけ『三国志』が好きで、大学院に進学しました。それ以降、中国古代の貨幣や経済の実態解明にとりくんできました。その成果として、拙著『中国古代貨幣経済史研究』(汲古書院、2011年)、『中国古代の貨幣:お金をめぐる人びとと暮らし』(吉川弘文館、2015年)、『中国古代貨幣経済の持続と転換』(汲古書院、2018年)、『劉備と諸葛亮:カネ勘定の『三国志』』(文藝春秋社、2018年)などを出版してきました。

漢代の接吻(文物出版社提供)

 それによって明らかになってきたのは、中国古代では、戦国時代から貨幣経済が展開していったこと、当時の主な貨幣として銭・黄金・布帛があり、それらは必ずしも固定的な比価をもっていたわけではなく、競合的な貨幣であったことなどです。また銭・黄金・布帛は、冠婚葬祭や国家的儀礼、さらには民間の習俗のなかで、贈与物としてもひんぱんに用いられ、どのような場合にどの貨幣を贈与すべきかが、法的あるいは慣習的に決まっていたこともわかってきました。

 また貨幣経済が展開すると、それ以前の人間関係は変質してゆくものです。従来はお金のことなど考えない人間同士(たとえば親族、ご近所、友人など)でも、ひとたびお金の貸し借りがかかわると、ギクシャクしてきます。皆さんもそうした体験をしたことがあるのではないでしょうか。このように貨幣経済は、それ以前の人間関係を変質させ、しばしば共同体に破壊的作用をもたらすのです。

 しかしそれと同時に、じつは貨幣は、人と人をむすびつけることもあります。それは、ビジネスパートナーの登場を意味します。またそれだけでなく、中国古代では、銭・黄金・布帛が贈与物としても用いられることがあり、それらの貨幣はいわば非貨幣的機能(つまり贈与的機能)を通じて、人と人を結びつけることもありました。貨幣は、あるときには賄賂、あるときには贈与として用いられ、それを一定の礼儀作法にもとづいて贈ることで、人と人は関係を新たにするのです。このように、貨幣が古代の人びとに与えた作用・反作用のダイナミズムが、その後の経済史、ひいては中国史全体を形づくってゆきます。私はいま、そのダイナミズムを通時的に解明すべく、日々研究をつづけています。

 

早稲田大学文学学術院教授・長江流域文化研究所所長
柿沼 陽平(かきぬま・ようへい)

1980年東京生まれ。現在、中国秦漢史学会理事・中国出土資料学会理事・中国中古史青年学者聯誼会理事・三国志学会評議員・日本ASEAN産業経済交流協会理事・早稲田田大学東洋史懇話会理事を兼任。小野梓記念学術賞・櫻井徳太郎賞大賞・冲永荘一学術文化奨励賞受賞。単著に『中国古代貨幣経済史研究』(汲古書院、2011年1月)、『中国古代の貨幣: お金をめぐる人びとと暮らし』(吉川弘文館、2015年1月)、『中国古代貨幣経済の持続と転換』(汲古書院、2018年2月)、『劉備と諸葛亮 カネ勘定の『三国志』』(文藝春秋、2018年5月)、『古代中国の24時間:秦漢時代の衣食住から性愛まで』(中央公論新社、2021年11月)、訳書に袁行霈・厳文明・張伝璽・楼宇烈主編(稲畑耕一郎監修監訳・柿沼陽平訳)『北京大学版 中国の文明3 文明の確立と変容〈上〉』(潮出版社、2015年)、王震中(柿沼陽平訳)『中国古代国家の起源と王権の形成』(汲古書院、2018年)、共著にシブサワコウ監修『三国志Ⅹ武将データファイル』(光栄、2004年)、本田毅彦編著・木村茂光著・柿沼陽平著・山本英貴著『つながりの歴史学』(北樹出版、2015年9月)、三国志学会監修『曹操:奸雄に秘められた「時代の変革者」の実像』(山川出版社、2019年7月)、編著に『キッズペディア 世界の国ぐに』(小学館、2017年)。ほか学術論文多数。

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