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「映画とは、過去から手渡された世界の記録」文学部 常石史子准教授(新任教員紹介)

「映画とは、過去から手渡された世界の記録」文学部 常石史子准教授(新任教員紹介)
Posted
Thu, 28 May 2026

自己紹介

大学院では表象文化論という枠組みのなかで日本映画史を研究しながら、各種の商業媒体に映画批評を執筆する活動に打ち込んでいました。博士課程を中退して東京国立近代美術館フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)に研究員として就職してからは、映画のモノとしての側面に目を開かされ、その面白さにどんどん引き込まれていきました。日本映画を中心とする映画フィルムを収集し、保存し、元のフィルムの状態が悪ければ修復して公開するという仕事に夢中になって取り組むなかで、2002年、自身にとって大きな転機となる出来事がありました。失われた名作として名高い時代劇映画『斬人斬馬剣』(伊藤大輔監督、1929年)の、フィルムの「発見」に立ち会う幸運に恵まれたのです。とはいえ、発見されたそのフィルムは9.5mmという玩具映画の規格でかつて市販されていたもので、全体の3割にも満たないダイジェスト版、状態はきわめて悪く、蛇の抜け殻のように変形していました。当時実績のあった修復方法では鑑賞に耐える成果を得ることができず、デジタル技術を用いた修復に初めて乗り出しました。満身創痍の、しかしこの上なく貴重なこのフィルムを手にしたことで、一本の映画が現代まで生き延びるかどうかは本当に紙一重であることを深く実感するとともに、その奇跡的な場に立ち会うことを許された者が果たすべき役割について真剣に考えるようになりました。

9.5mmフィルムの修復

 

私の専門分野、ここが面白い!

無声映画は音声をもつ映画に比べて劣ったもの、未完成なメディアであるかのように後世の者は理解してしまいがちです。ですが、音声をもたないからこそ発展した豊かな表現があり、その撮影、ポストプロダクション、配給・公開のプロセスも、その後の映画において常識となった形態とはさまざまに異なります。一例として、映画はその誕生の直後から、手彩色、ステンシルカラー、染色、調色など種々の技法を用いた鮮やかな色彩を持っており、1920年代半ばまでは場面ごとに色が変わる演出もごく一般的でした。古い映画は白黒であるというイメージは、実はその後の映画保存の不備や技術的限界によってもたらされたものにすぎません。

無声映画の色彩のデジタル処理(Filmarchiv Austria)

また、映画は美学的な表現メディアであると同時に記録メディアでもあります。19世紀末の誕生以来、テレビ、そしてビデオにその座を奪われるまで、映画は何十年もの間、世界を「動く映像」として記録しうる唯一のメディアでした。それはいわゆる記録映像の領域のみに当てはまることではなく、虚構の世界を描いた劇映画であっても、すべてが人工的なセットで撮影されているような場合においてさえ、それは過去に生きていた人々の創造的な活動のかけがえのない記録なのです。

映画のこうした面に魅了されるあまり、私は2006年、無声映画のオリジナル素材のコレクションに強みをもち、デジタル修復をすべて自前で完結させようとしていたオーストリアのフィルムアーカイヴ(Filmarchiv Austria)に移籍しました。作品の内容面の調査に加えて、ワークフローの構築から実際の修復作業、デジタルデータの保存やデジタルアーカイヴの構築に至るまで、技術面全体を統括しました。今では映画のデジタル修復は成熟した技術となっていますが、黎明期からその分野が発展する過程を当事者の一人として経験できたことは、私にとってかけがえのない財産となっています。

映画フィルムのデジタル化(Filmarchiv Austria)

オーストリアでの活動は、生き延びたフィルムを最大限に活かすためには何をなすべきなのかという、『斬人斬馬剣』以来抱きつづけてきた私自身の問いと向き合うことでもありました。それはまた、私たちに手渡された過去の歴史の記録を、いかにして確実に未来に継承するかという問いにも必然的に繋がってゆき、オリジナルのフィルムの保存だけでなく、デジタルデータの恒久保存という難しい課題にも取り組むこととなりました。昨今では、生成AIが知的活動のあらゆる場面に入り込み、歴史的な記録映像に対しても画質や色彩の操作(エンハンスメント)がさかんに行われていますが、こうした操作は映画のデジタル修復において慎重に用いられてきた技術と大いに関連しています。2000年代以来、映画の保存修復にデジタル技術を導入するという大きな技術的転換の只中を歩んできた立場から、激烈な勢いで進展するAIを介した画像処理の技術的・倫理的な問題点を整理することも、自身の重要な仕事と考えています。

 

プロフィール

つねいし ふみこ。1973年広島生まれ。東京大学法学部法律学科卒業。同大学大学院総合文化研究科修士課程修了、同研究科博士課程中途退学。東京国立近代美術館フィルムセンター(現・国立映画アーカイブ)研究員、フィルムアルヒーフ・オーストリア(Filmarchiv Austria)アーキヴィスト、同技術部長、獨協大学外国語学部ドイツ語学科准教授を経て、2026年4月より現職。同月、無声映画の保存修復に関する博士論文により東京大学で博士(学術)の学位を取得。専門は映画・メディア史、表象文化論。著書(分担執筆)に『映像アーカイブ・スタディーズ』(ミツヨ・ワダ・マルシアーノ編、法政大学出版局、2025年)、『成瀬巳喜男の世界へ』(蓮實重彦・山根貞男編、筑摩書房、2005年)、『表象のディスクール4 イメージ 不可視なるものの強度』(小林康夫・松浦寿輝編、東京大学出版会、2000年)ほか。日本映像学会理事、表象文化論学会理事・学会誌『表象』編集委員長。

(2026年5月作成)