School of Culture, Media and Society早稲田大学 文化構想学部

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「自己の暗黙の前提を切り崩す文化人類学」文化構想学部 箕曲在弘 准教授 (新任教員紹介)

自己紹介

私がはじめて海外に出たのは1998年9月、忘れもしない20歳の夏のことでした。行先はヨーロッパ。バックパックを背負ってギリシャからロンドンまで自由に電車を乗り継ぎながら、ひたすら西に向かうひとり旅でした。見るものすべてが新鮮に映るたいへん刺激的な時間を過ごしました。とはいえ、もっとも心を動かされた場所は、飛行機の乗換のために数時間だけ寄ったタイのバンコクでした。

当時、国際便の発着は現在のスワンナプーム空港ではなく、ドンムアン空港でした。降り立ったときの妙な匂いと薄暗い感じにとても興味をそそられ、空港の外に出てみました。そこで感じた生暖かい空気と埃っぽさが今でも忘れられません。まだヨーロッパへの旅が始まってもいないのに、「つぎはタイを旅しよう!」と決めていました。その後、私は学生時代に、東南アジア各国だけでなく、北アフリカや中東の国々まで旅をしました。

旅をする中で、私が関心をもったのは、きれいな海や山、あるいは古代の遺跡ではなく、人々の生活の場でした。予定していなかった偶然の出会いに導かれて、観光客が通常訪れることのない場所に迷い込むことこそ、旅の醍醐味でした。しかし、ひとつ不満だったのは、旅は通り過ぎるだけで、旅の途中で出会った人たちの生活のなかにどっぷり身を浸すことができないことでした。そう感じていたときに出会ったのが、文化人類学という学問でした。

学生時代の旅の一場面。モロッコにて。(撮影・額賀古太郎)

私の専門分野、ここが面白い!

私が専門とする文化人類学にとっての要は、長期的なフィールドワークです。私の場合、紆余曲折あって30~32歳の時に、東南アジアの内陸国であるラオス人民民主共和国に住むコーヒー農家のもとで生活しました。当時、発展途上国の農産物生産者などの貧困削減を目的としたフェアトレードと呼ばれる取り組みが日本でも取り沙汰されるようになり、私は本当にこの試みはうまくいくのか不思議に思っていました。というのも、文化人類学では、ごく簡単に言えば、狩猟採集や牧畜、農耕といった生業と、その生業を営む人々の社会関係は密接に結びついていると習います。しかし、フェアトレード認証制度では取引の透明性や説明責任といった考え方が重視されるため、生産者は民主的な組織づくりが求められるなど、在来の社会関係をフェアトレードの制度に合った形で改変していかねばならないのです。私は、一見、生産者のために作られているフェアトレードの制度が、逆に生産者の生活を苦しめることになっていないかと思ったのです。

フィールドワーク中の滞在先からの眺め。滞在先であった高原は、比較的涼しく過ごしやすい。

フィールドワークの成果についてここで詳らかにすることはできませんが、私がとくに関心を持ったのは、農家がなぜ一見、条件が悪いようにみえる仲買人にコーヒーを売り続けるのかという問題でした。そこで、よく調べてみると仲買人は農家の抱える様々なリスクに対して柔軟に対応する取引をしていることが分かりました。人類学のフィールドワークにおいてカギとなるのは、「なぜこの人たちは、私たちにとって価値のないようなものを大事にしているのだろう」「なぜこの人たちは、効率の悪いようにみえるやり方で日常生活を送っているのだろう」といった異和感です。フィールドワークを通して相手の側のものの見方を身につけ、自分の暗黙の前提を切り崩していく作業が、人類学者になるための「通過儀礼」になります。

私たちは、日常生活において、よくわからないものや変なもの、奇妙なものから目をそらし、知らないふりをして生きていこうとします。場合によっては、よく知りもしない相手のことをすぐに批判したり、排除したりすることもあるでしょう。しかし、今日こうした不寛容な世界が、さまざまな分断を生み出し、とても生きづらい状況が生まれています。ラオスでの経験から私は人類学的なフィールドワークが、21世紀の未来を切り開く新たな「知の技法」となりうるのではないかと考えるようになりました。なぜなら、それは「今ある世界は、必ずしもこうでなくてもよい」という感覚を生じさせるからです。

もちろん人類学を構成するものはフィールドワークだけではありません。しかし、他者の世界に飛び込んでいくフィールドワークこそが、人類学の最も面白い部分なのだと思っています。

コーヒー農協の幹部との話し合い。ラオスのフィールドにて。

プロフィール

1977年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、早稲田大学大学院文学研究科修士・博士後期課程修了。2013年に博士(文学)学位取得。2012年に明治学院大学社会学部付属研究所研究調査員、2013年に東洋大学社会学部助教、2015年に同専任講師、2017年に同准教授を歴任し、2021年4月より早稲田大学文学学術院准教授。2013年にアジア太平洋研究賞、2015年に第42回澁澤賞、国際開発学会賞(正賞)、地域研究コンソーシアム賞(登竜賞)を受賞。2016年よりNPO法人APLA理事。

主な著書は、単著、『フェアトレードの人類学––ラオス南部ボーラヴェーン高原におけるコーヒー栽培農民の生活と協同組合』(めこん、2014年)、共編著『人類学者たちのフィールド教育––自己変容に向けた学びのデザイン』(ナカニシヤ出版、2021年)。

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