自己紹介
小学校に入った頃、戦争など大きな力にひれ伏せられそうになる個人がいかに尊厳を持って生きられるのかといったテーマの絵本を読んでいたことを憶えています。少女漫画やファンタジー小説もたくさん読みました。中学2年生で大江健三郎さんの小説と出会ったことも転機です。テレビドラマに興味があったので、大学を卒業したら、テレビ局のプロデューサーになりたいとも思っていました。しかし、性別によってわけられた就職活動のスーツの壁にぶちあたり、あきらめることに。性別をめぐる社会的な規範や制度は強固で、ジェンダー・マイノリティにとって、それは壁のようにそびえています。だからこそ、私のような経験をする人が少なくなるように、文学研究や批評によって、社会を変えてゆきたいと思っています。
男性たちが中心で、家族についての話が多かった日本近代文学には疎外感がありました。しかし、フェミニズム批評やクィア批評と出会って、別の読み方の可能性があることに気がつき、そのおもしろさを知って研究者を目指すようになりました。今、研究している多和田葉子さんの文学との出会いも人生を大きく変えてくれました。言葉によって規定されている「わたし」というものを、言葉によって解きほぐしてゆくような文学との出会いでした。ほかにも、たくさんの現代作家たちの言語表現にはげまされています。自分を省みることを忘れず、社会が公平なものになるように、言語と社会との関係について研究してゆきたいと思います。そして、言葉遊びもいっぱいして生きようと思っています。
私の専門分野、ここが面白い!
私は、日本語で書かれた現代文学を対象として、フェミニズム、クィア批評の観点から、トラウマをめぐる問題について研究しています。トラウマというのは、あまりにも衝撃的すぎて、言語化することもできないような心的外傷、また、外傷となった出来事や記憶のことを指します。私自身、性別をめぐる制度や規範に苦しみ、寝たきりになった経験もあります。そのとき、私には圧倒的に言葉が足りませんでした。だから、性、身体、欲望をめぐる規範的なあり方を問うフェミニズムやクィア批評といった学問領域に惹かれていったのかもしれません。大学院生の頃は、いろいろな授業を聴講させてもらい、よく読み、よく調べました。難しくて研究を放り出してしまいそうになったこともありましたが、研究仲間が支えてくれました。先生たちにも恵まれました。文学や文化の研究は図書館や本の中に潜り込むようなおもしろさがあります。そして、本から顔をあげて、この社会のあり方を問うてゆくことができます。読むことと社会を変えてゆく運動が互いに活性化する交差点が、フェミニズム、クィア批評には見出せ、それが私の専門分野の醍醐味だと思います。
プロフィール
1980年、兵庫県明石市生まれ。東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程単位取得退学。博士(学術)。法政大学国際文化学部専任講師、同准教授を経て、2021年4月より本学文学学術院准教授。専門は、現代日本文学、フェミニズム、クィア批評、トラウマ研究。主な論文に、「「バラカ」から「薔薇香」へ―忘却に抗う虚構の強度をめぐって」(『思想』1159号、2020年11月)、「多和田葉子の「星座小説」―『星に仄めかされて』をめぐって」(『群像』2020年6月号)など。小説に、七時のニュース」、「オー・ハニー、モータル・エネミー」小林康夫(編著)『午前四時のブルーⅡ 夜、その明るさ』(水声社、2019年)、「Llittle Trans women」(『Apiedアピエ』vol.37)など。
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