宇宙線物理学研究者
鳥居 祥二(とりいしょうじ)/理工学術院 総合研究所・先進理工学部物理学科教授、宇宙科学観測研究所 所長、CALETプロジェクト代表
宇宙線の正体を探れ
2015年8月、宇宙ステーション補給機「こうのとり」5号機が種子島宇宙センターより打ち上げられました。「こうのとり」は、水、食料、衣服など、宇宙飛行士に必要な生活物資からさまざまな機器や装置を国際宇宙ステーション(ISS)に届けるためのものですが、その中に、今回世界的に注目されている実験装置も含まれています。それが「高エネルギー電子、ガンマ線観測装置(CALET、キャレット)」です。CALETが無事に宇宙にたどり着き、間もなく実験が始まろうとしている今、CALETについて、そしてその大きな可能性について、早稲田大学理工学術院 総合研究所・先進理工学部物理学科の鳥居祥二教授にお話を伺いました。
(取材日:2015年9月10日)
打ち上げ成功! いよいよ観測に向けて宇宙での準備開始
こんにちは。早稲田大学の鳥居祥二です。先日宇宙へ飛び立った「高エネルギー電子、ガンマ線観測装置(CALET)」のプロジェクトの代表をしています。
CALETを載せた「こうのとり」が打ち上げられたのは8月19日の夜でした。今日(9月10日)で打ち上げから3週間ほどになりました。私は打ち上げを現場まで見に行きましたが、あんなにすごいものだとは思いませんでした。夜だったのでエンジンが点火されるとパッと明るくなって、飛び立つ瞬間は本当に感激しました。
しかしロケットが無事に飛んでくれてもまだ「打ち上げ成功」とは言えません。打ち上げ後、まず左右に補助的についているブースターロケットが切り離され、それからメインのロケットの第一段、第二段が離れたあと、フェアリングと呼ばれる覆いが外されて、「こうのとり」が放出されます。そこまでが第一段階。それから2日ぐらいかけて、「こうのとり」はISSに近づいていき、ロボットアームで捉えられてドッキングします。そこまでが終わってようやく打ち上げ成功と言えるのです。
予定通りドッキングしたあと、中の荷物が取り出され、CALETは、「きぼう」日本実験棟の船外実験プラットフォームのNo.9ポートに取り付けられました。その取り付けが無事に完了したのが打ち上げから5日経った8月24日のことでした。
今は装置が正常に動くかを検査しているところです。チェックアウトと言いますが、すべて地上からのリモートコントロールによって行っています。いまのところ大きな問題はなく順調に進んでいます。 現在ISSに滞在中の油井亀美也宇宙飛行士が、向こうでしかできない作業をやってくださっているのですが、彼が窓のところにいて、外にCALETが写っている写真を見たときはとてもうれしかったです。
宇宙線の正体がわかれば、宇宙がわかる
さて、CALETとは何かを知ってもらうために、まずは「宇宙線」の説明から始めましょう。
宇宙線は約100年前に発見されて以来、常に物理学の最先端テーマでした。宇宙線の研究から、陽電子や中間子の発見など、人類の知識を大きく広げる成果が挙がりました。しかし、宇宙線がどこで生成しどのように加速されているのか、その最高エネルギーはいくらなのかといった、基本的な性質がいまだにわかっていません。
宇宙空間は、何もないように見えますが、じつはとてもたくさんの粒子が飛んでいます。それらは原子よりもさらに小さい陽子や電子などの粒子で、どれもとても小さいのですが、宇宙空間で手をかざしたら一秒間に100個以上が手にあたるほどたくさん飛んでいます。そのような粒子を宇宙線と言います。
宇宙線は、太陽や天の川銀河(地球がある銀河系)など宇宙の様々な場所から飛んできます。特に高いエネルギーをもったものは、私たちが暮らす太陽系の外からはるばるやってきています。しかし、それが実際にどこからきて、どうしてそのような高いエネルギーを持つようになったかは、まだ充分にわかったとはいえず、宇宙に残された未解明な問題のひとつとされています。そうした高エネルギーの宇宙線を観測するための装置がCALETです。高エネルギーの宇宙線の正体が新たに解明されれば、その起源や伝播のメカニズムだけでなく、宇宙の成り立ちを理解する上でも重大なヒントが得られると考えられています。
私たちは1990年代から宇宙線の観測を行ってきましたが、そのころは、気球を上げて高度35㎞くらいの大気中で観測をしていました。しかし、いくら高度を上げても大気圏内では、飛んでくる宇宙線は空気の影響を受けていますし、大型の装置を使うこともできません。そのため、より精密で大規模な宇宙線観測を行うためには宇宙空間でやるしかなく、10年ほど前から、今回のCALETの開発に取り組んできました。
CALETは、宇宙空間で宇宙線を観測する本格的な装置としては日本で初めてのものです。特に重要な宇宙線の一つである電子の観測は、世界でも2、3チームしかやっていません。しかもCALETは、これまで他国の装置では難しかったとてもエネルギーが高い領域の観測ができる性能を持っているため、世界中の研究者からその成果が期待されているのです。
(取材日:2015年9月10日)
次回は、高エネルギー電子、ガンマ線観測装置(CALET)について詳しく伺います。
プロフィール
1972年京都大学理学部卒業、1977年京都大学大学院理学研究科博士課程単位取得満期退学、1978年京都大学理学博士。1977年日本学術振興会奨励研究員(東京大学宇宙線研究所)、1979年東京大学宇宙線研究所研究員、1982年米国ユタ州立大学物理学科Research Associate、1983年神奈川大学工学部助手、講師、助教授、教授を経て、2004年より早稲田大学理工学部教授。現在、理工学術院 総合研究所教授、宇宙科学観測研究所 所長、CALETプロジェクト代表、専門は宇宙線物理学
日本物理学会(Japan Physical Society)理事(61、62期)
WEB・動画サイト
- 早稲田大学理工学術院 理工学研究所 鳥居研究室 WEBサイト
- CALET – CALorimetric Electron Telescope(カロリメータ型宇宙電子線望遠鏡)WEBサイト
- Space Navi@Kibo 宇宙線を観測する実験装置「CALET」の魅力に迫る!(動画)
最近のニュース
- 未知の暗黒物質に迫る 理工学術院鳥居祥二教授ら、国際宇宙ステーション「きぼう」で間もなく観測開始
- 国際宇宙ステーションにおける日本の宇宙研究開発
最近の研究業績
- 「宇宙線を直接捉える」日本物理学会誌(特集 宇宙線100周年)第67巻 pp.821-826 (2012)
- 「高エネルギー宇宙を解明するCALETミッション」IEEJ Transactions on Fundamentals and Materials Vol.132 pp.603-608. (2012)
- 「宇宙線陽電子・電子の過剰で暗黒物質が見えた?」日本物理学会誌 第64巻 pp.239-240 (2009)
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