メンタルヘルスの増進を街づくりから

メンタルヘルスの増進を「街づくり」から実現

うつ予防に向けた都市環境デザインへの示唆

ポイント

自宅近隣の犯罪や交通に関した安全性に対する認知や、交通機関へのアクセスや近隣の歩きやすさに対する認知を高めることが、日本人中年者のうつ症状の発症リスクの低下に影響を与えることを明らかにした。
自宅近隣の建造環境に対する認知を改善させることで、うつ症状の予防につながる可能性がある。

北陸先端科学技術大学院大学(学長・寺野稔、石川県能美市)創造社会デザイン研究領域のクサリ モハマドジャバッド(KOOHSARI MohammadJavad)准教授並びに早稲田大学(総長・田中愛治、東京都新宿区)スポーツ科学学術院の岡浩一朗教授石井香織教授らの研究グループは、自宅近隣の犯罪や交通に関した安全性に対する認知、そして交通機関へのアクセスや近隣の歩きやすさに対する認知等を用いて調査を行い、これらへの認知を向上させることが、日本人中年者のうつ症状の発症リスクの低下に影響を与えることを明らかにした。

<研究の内容と背景>

うつ病患者は、全世界で約3億人と推定されている。うつ病は身体的健康や生活の質(QOL:Quality of Life)にも悪影響を及ぼす精神疾患であり、日本だけではなく、世界規模でその予防対策が喫緊の課題となっている。

その課題に対し、「建造環境」が、うつ症状を含めたメンタルヘルスの増進に持続的に貢献できる可能性があることが以前から研究されてきた。建造環境とは、人々の日常生活、仕事、余暇を支える人工的に作り出された都市空間(環境)であり、その内容は、道路などのインフラ、市街地の広がり方、施設へのアクセス、土地利用の構成など多様である。この建造環境はまた、施設配置や土地利用、交通に関する都市計画や街路空間のデザインを通して変化させることができる。これまでも、建造環境が人々の健康に与える影響について研究されてきたが、日本人中年者を対象としたうつ症状の予防に貢献する建造環境の在り方を検討した研究の例は少ない。

今回、北陸先端科学技術大学院大学のクサリ モハマドジャバッド准教授(早稲田大学兼任研究員)は、早稲田大学の岡浩一朗教授石井香織教授、東北大学の中谷友樹教授、埴淵知哉准教授、筑波大学の柴田愛准教授、文化学園大学の安永明智教授、カルガリー大学(カナダ)のGavin R. McCormack准教授、北陸先端科学技術大学院大学の永井由佳里教授と共同で、これまであまり対象とされていなかった日本人中年者に焦点をあて、主観的・客観的指標を用いて、自宅近隣の建造環境が日本人中年者に与えるうつ症状への影響について検討を行った。

本研究は、日本の2つの都市(東京都江東区、愛媛県松山市)それぞれに在住する40~64歳の成人日本人のうち、同意を得た人を対象に実施し、対象者の抑うつ症状を調査票(Centre for Epidemiological Studies Depression(CES-D)questionnaire) を用いて評価した。また、建造環境は、客観的指標(人口密度、道路交差点の数、銀行、スーパーマーケット・コンビニエンスストア、レストランなどの生活関連施設の数)と、調査票によって回答を得られた主観的指標(自宅近隣の公共交通機関へのアクセス、犯罪に対する安全性、景観、歩きやすさなどに対する認知)によって、それぞれ評価した。

その結果、自宅近隣の歩きやすさなどの主観的な建造環境への高い認知は、うつ症状の発症リスクの低下と関連することが示された。さらに、建造環境の認知とうつ症状の関連は、女性と男性で異なることが明らかとなった。女性では、公共交通機関へのアクセスや交通に関した安全性に対する高い認知が、うつ症状の発症リスクを低下させる要因であったのに対し、男性では、犯罪に対する安全性の認知の高さが、うつ症状の発症リスクの低下と関連していた。一方、客観的に評価された建造環境指標とうつ症状の関連は認められなかった。

これらの調査結果は、自宅近隣の建造環境デザインは、複数の行動的・社会的経路を通じて、うつ症状に影響を与える可能性があることを示唆しており、自宅近隣の歩きやすさなどの認知を改善すること、そして、公共交通機関へのアクセスや犯罪、交通に関した安全性の認知を向上させるなど、主観的な建築環境への認知を高めることが、日本人中年者のうつ症状の改善に重要であると考えられる。

本研究成果は、2022年12月1日、エルゼビア社が発行する学術誌「Landscape and Urban Planning」のオンライン版で発表された。

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費基盤研究A(17H00947)、国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(A))(18KK0371)、基盤研究A(20H00040)、基盤研究B(20H04113)、Canadian Institutes of Health Research Foundations Scheme Grant (FDN-154331)の支援を受け行った。

<今後の展開>

本研究の成果は、メンタルヘルスの増進に向けた建造環境を明らかにしていくための今後の研究に対する多くの示唆を含んでおり、世界中の多くの人々がうつ病を含めた精神疾患に苦しんでいる昨今、メンタルヘルスの増進に寄与する「街づくり」デザインの解明が期待される。

<論文情報>

雑誌名:Landscape and Urban Planning
題目:Depression among middle-aged adults in Japan: The role of the built environment design
著者:Mohammad Javad Koohsari, Akitomo Yasunaga, Gavin R. McCormack, Ai Shibata, Kaori Ishii, Tomoki Nakaya, Tomoya Hanibuchi, Yukari Nagai, Koichiro Oka
掲載日:2022年12月1日
DOI:10.1016/j.landurbplan.2022.104651

図1. 全世界のあらゆる年齢層で約3億人がうつ病を患っている(イメージ画像:Vecteezyより)

図2. うつ病は慢性的な精神疾患のひとつである(イメージ画像:Vecteezyより)

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/top/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる