未知なる染色体運搬因子を発見

細胞分裂において染色体を分配する綱引き因子を発見

~定説を覆す発見により人工的に染色体を分配する装置の開発も視野に〜

発表のポイント

  • 細胞分裂における染色体の分裂異常は、細胞死やがん化、不妊やダウン症先天性染色体異常の原因となるため、染色体を正確に分配するメカニズムを明らかにすることは、医学的観点からも重要な課題である。
  • 本研究では、細胞内のどの因子がどのように働くことで染色体を引っ張り、運んでいくのか、染色体の綱引きをおこなう因子とその仕組みを発見した。
  • 従来の定説では微小管を伸長させる因子だと想定されてきた分裂酵母Dis1が、翻って微小管を短縮させる因子であることを実証し、それを基に人工的な染色体運搬装置を作製した。
  • これまで分裂酵母において不明であった「微小管を短縮して染色体を運搬する実行因子」を発見したことにより、細胞分裂の仕組みの捉え方が変わる可能性がある。

早稲田大学大学院先進理工学研究科 生命医科学専攻の博士課程3年 村瀬 裕一(むらせ ゆういち)および佐藤 政充(さとう まさみつ)教授、東京大学大学院総合文化研究科の矢島 潤一郎(やじま じゅんいちろう)准教授、岡山理科大学生命科学部の濱田 隆宏 (はまだ たかひろ)准教授らの共同研究グループは、微小管結合タンパク質の1つであるDis1タンパク質が、微小管の短縮の引き金を引くことで染色体を運搬する仕組みを明らかにしました。

本研究成果は、Nature Portfolio journals発行の『Communications Biology』(論文名:Fission yeast Dis1 is an unconventional TOG/XMAP215 that induces microtubule catastrophe to drive chromosome pulling)にて、2022年11月26日(土)にオンラインで掲載されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと

私たちの体では、2種類の細胞分裂がおこなわれています。私たちの誕生のルーツである1つの受精卵が体細胞分裂(※1)を繰り返すことによって約30兆個まで増殖し、生き物の形がつくられます。また、精子と卵子を生み出す際には、体細胞分裂とは異なる減数分裂(※2)が行われます。体細胞分裂において染色体の分配異常が起きると細胞死やがん化の原因となると考えられており、また減数分裂における染色体分配の異常は、不妊やダウン症などの先天性染色体異常の原因となります。したがって、染色体を正確に分配するメカニズムを明らかにすることは、これらの疾患や症状を治療したり予防したりする医学的観点からも重要な課題です。

体細胞分裂・減数分裂いずれの細胞分裂においても、染色体を新しい細胞(娘細胞)へと分配する際には、微小管(※3)と動原体(※4)の存在が必要不可欠です。まず、2つの極から伸長した微小管は、染色体の動原体を両側から捉えて結合します(図1の左)。その後、微小管が染色体を引っ張り、2個の娘細胞に運ぶことで染色体分配が完了します。ここで、動原体に結合した部分で微小管が短縮することによって染色体を運ぶ動力が生まれます。微小管は「チューブリン」というタンパク質が直線状に連結してできた管状の構造物で、末端のチューブリンが解離し続けることで、その長さが短くなります(図1の右)。

ここで重要になるのは、いったい「誰が」微小管を短縮させるのかという問題です。一般的には、微小管の短縮をおこなうのは特定のモータータンパク質(※5)である「キネシン-13」だと言われています。

しかし、この定説に従わない生物がいます。たとえば分裂酵母(※6)は、その「キネシン-13」を持っていません。そのかわりの役割を担うと言われている別のモータータンパク質を細胞から除去(ノックアウト)してもなお、微小管は短縮して染色体の運搬をおこなうことができます。このことは、分裂酵母ではモータータンパク質以外のタンパク質が微小管の短縮を引き起こすことを意味します。しかしながら、その因子は見つかっておらず、「誰が分裂酵母の微小管を短縮させるのか」つまり「誰が染色体を運搬する原動力を作り出しているのか」はこれまでまったくの謎に包まれていました(図1の右)。

図1:微小管は染色体の動原体部位を捕まえた後、短縮化することで染色体を分配する

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究グループは、微小管結合タンパク質の1つであるDis1タンパク質が、微小管の短縮の引き金を引くことで染色体を運搬する仕組みを明らかにしました(図1の右)。

Dis1タンパク質は、酵母からヒトまですべての真核生物で保存されているTOGファミリー(※7)に属するタンパク質です。私たちの研究室では過去の実験結果から、TOGファミリーに属するDis1タンパク質が微小管を短縮させる候補因子として見いだしていました。Dis1を人為的に欠失させた変異細胞では、減数分裂において微小管の短縮がほとんど起きなくなっていたからです。

しかしながら、私たちのDis1が微小管を短縮するという説は、逆風の中にありました。まず、Dis1のようなモータータンパク質ではない因子が微小管を短縮するという前例はありません。さらに風向きが悪いことに、多くの生物種において、TOGファミリーに属するタンパク質(つまり他生物におけるDis1の類似因子)は、短縮どころかまったく逆の機能を担うことが多くの研究者によって実証されていたからです。

つまり、Dis1は他のTOGファミリーの因子と同様に、微小管の末端にチューブリンを付加することで微小管の伸長を促進する因子だと考えられていました。私たちの過去の研究で得られたデータはこの定説と合致しません。そこで本研究では、試験管内での再構築実験(※8)と生細胞観察を用いて、Dis1タンパク質の生化学的な性質を調べることで、Dis1が微小管を短縮するという私たちの仮説の立証に取り組みました。

細胞から精製したチューブリンタンパク質を用いて試験管内で微小管を形成させて、そこに同じく精製したDis1タンパク質を添加した際に起きる微小管の長さの変化を顕微鏡下で観察しました(図2)。すると、Dis1の存在下では微小管のダイナミクスが激しくなること、特に微小管の短縮を促進する効果が見られました。この試験管内での検証実験により、私たちの仮説が正しいことが示されました。

図2 :試験管内でDis1の活性を調べたところ、Dis1は微小管を短縮化しうることが分かった

他方で、この検証結果は新たな疑問も生み出しました。もし仮に、Dis1が常に微小管を短縮させる機能を発揮すると仮定すると、微小管は伸長しづらくなり、そもそも染色体を結合することさえ不可能になるはずです。ということは、Dis1は機能を発揮するときと、しないときがあるのでしょうか?

そこで次に生細胞観察をおこないました。その結果、微小管が染色体の動原体を結合できたときのみ、Dis1が安定的に微小管に存在できることが分かりました。動原体を結合する前の微小管では、Dis1の局在が微小管の末端から消失しやすく、結果として微小管が伸長しやすいといえます(図3の左)。これに対して、動原体を結合した後の微小管末端においては、Dis1の局在が長い時間維持されていました(図3の右)。すなわち、微小管が動原体を結合した後のみ、Dis1がそこで微小管を短縮化できることを意味しています。このように、微小管が動原体を結合する前はDis1の機能はオフであり、結合後にオンになるといえます。

図3:微小管が動原体と結合することによってDis1が機能を発揮しやすくなる

だからこそ、最初は微小管がじゅうぶん伸長でき、動原体を結合した後は一転してDis1が微小管を短縮することで染色体を運搬できるといえます。

これらの実験結果から、Dis1は微小管を短縮化することで染色体を運搬することが見えてきました。では、細胞内に多種多様な因子がある中でも、Dis1さえあればじゅうぶんに染色体を運搬できるのでしょうか。私たちはこれを検証するために、細胞内に人工的な「バーチャル動原体」を作製して実験しました。この「バーチャル動原体」は、本来の動原体とは異なる場所(染色体腕部のクロマチン領域)に、Dis1タンパク質だけを人工的に集積させて作りあげたものです(図4)。染色体の1カ所にDis1を集積させただけの集合体であり、Dis1以外の動原体の因子は「バーチャル動原体」には存在しません。

減数分裂をおこなう分裂酵母細胞内にこれを導入したところ、微小管は、Dis1集合体である「バーチャル動原体」を結合したまま短縮を開始して、見事に染色体を運搬することができました。これらの検証結果から、微小管が染色体を運搬するためにはDis1さえあれば目的を達成できることが実証されました。いわば、「人工的な染色体分配システム」の基盤ができあがったと捉えており、今後さらなる応用を視野に入れています。

図4:発見をもとに、人工的に染色体を運搬するシステムを構築した —Dis1さえあれば運搬できる?

(3)研究の波及効果や社会的影響

従来は、Dis1をはじめとするすべてのTOGファミリーのタンパク質は微小管を伸長する因子であると考えられてきましたが、今回の私たちの研究結果は、Dis1が微小管を短縮化する意外な事実を示しています。本研究によって、これまでモータータンパク質だけが染色体を運ぶ原動力だと思われてきた常識が覆り、Dis1という非モータータンパク質による新しいメカニズムが発見できました。この発見は生物学的に細胞分裂研究の新しい1ページとなることでしょう。本研究内で開発したDis1によるバーチャル動原体の考え方をさらに応用すれば、人工的な染色体分配システムの作製が可能になり、合成生物学的な、あるいは医学的な応用ができるかもしれません。さらに、TOGファミリーがヒトでも酵母と同じように減数分裂においてこの機能を発揮しているとすれば、その異常が、ヒトの不妊やダウン症などの先天性染色体異常の原因となる可能性が高いため、生殖補助医療への応用が期待されます。

(4)今後の課題

TOGファミリータンパク質は微小管を伸長する因子として知られてきました。分裂酵母には今回のDis1の他にもう一つ別のTOGタンパク質であるAlp14が存在しますが、Alp14は微小管を伸長する因子です。つまり、同一生物種のなかに2つのTOGタンパク質があって、それらの機能は互いに正反対だと言えます。ではなぜDis1は、Alp14や他生物のTOGタンパク質とは真逆の「微小管を短縮化する」機能を発揮できるのでしょうか。今後はDis1と、Alp14や他のTOGタンパク質との配列や構造の違いに着目することで、なぜDis1が他と異なるTOGタンパク質として「進化した」のかを調べていくことが第一だと考えています。

(5)研究者からのコメント

Dis1が微小管の短縮に関わるという私たちの過去の観察結果は、この分野の定説に反することでした。しかし自分たちのデータを信じて、自分たちの仮説を検証しようと考え、試験管内における再構築実験と生細胞の観察を遂行しました。その結果、「未知なる染色体運搬因子の発見」と「常識やぶりといえるDis1の微小管の短縮化機能の実証」をともに達成できたと考えています。

(6)用語解説

※1 体細胞分裂
通常の細胞が増殖するためにおこなう細胞分裂の様式。体細胞分裂では、複製されて数が2倍になった染色体を2つの娘細胞へと均等に分配する。結果として、元々の細胞と同じ染色体を同じ数だけ持つクローン細胞が生み出されることとなる。体細胞分裂において染色体分配に異常が起きると、細胞死や、がん化の原因となるといわれる。

※2 減数分裂
通常の細胞が増殖するためにおこなう細胞分裂の様式。体細胞分裂では、複製されて数が2倍になった染色体を2つの娘細胞へと均等に分配する。結果として、元々の細胞と同じ染色体を同じ数だけ持つクローン細胞が生み出されることとなる。体細胞分裂において染色体分配に異常が起きると、細胞死や、がん化の原因となるといわれる。

※3 微小管
細胞骨格といわれる繊維状の細胞内構造体のひとつで、チューブリンと呼ばれるタンパク質が直線状に連結して作られた重合体。チューブリンが末端に付加されることで微小管は伸長し、染色体を捕まえることができる。逆に、チューブリンが末端から解離することで微小管は短縮し、既に捕まえた染色体を引っ張り、分配することができる。

※4 動原体
1本の染色体あたり1カ所、セントロメアと呼ばれるDNA配列の部分に約100種類程度のタンパク質が順次結合するかたちで形成される、巨大なタンパク質複合体。動原体の主たる役割は、分裂期に紡錘体の微小管が結合する場所としての働きであり、正しい染色体分配に不可欠なものである。微小管は動原体を結合したまま、チューブリンを解離して短縮することができる。

※5 モータータンパク質
キネシンなどのエネルギーを用いて運動するタンパク質の総称。そのなかでは、細胞骨格をレールとしてその上を「歩行運動」することで、物質輸送における乗り物として働くものが多い。本文にて述べたキネシン-13タンパク質はそれらとは異なり、微小管の末端に結合したままエネルギーを消費することで、チューブリンを微小管末端から解離する(微小管を短縮化する)働きを持つことが知られる。

※6 分裂酵母
単細胞の真核生物。染色体分配における基本原理などはヒトなどの高等生物と共通したシステムを持つとされ、古くから細胞現象を研究するためのモデル生物として用いられてきた。1回の細胞分裂が3時間と短いことから、体細胞分裂の研究に優れている。また、細胞の生育環境を変えることで容易に減数分裂の開始を誘導できることから、減数分裂の研究でもひろく用いられている。

※7 TOGファミリー
酵母からヒトまですべての生物で保存され、微小管末端へチューブリンを連結させる働きを共通して持つとされてきたタンパク質。こうした定説と異なり、分裂酵母のDis1が微小管を短縮させる因子であることを実証するためには、生化学的な性質の解明が必要であった。

※8 試験管内の再構築実験
細胞内のある分子メカニズムについて、関与が考えられている分子をそれぞれ精製し、細胞外の環境においてモデルを再現する実験のこと。試験管内という、細胞内の複雑な相互作用を排除した環境を用意し、分子の生化学的な性質を解明できる。

(7)論文情報

雑誌名:Communications Biology
論文名:Fission yeast Dis1 is an unconventional TOG/XMAP215 that induces microtubule catastrophe to drive chromosome pulling
執筆者名(所属機関名):村瀬裕一1,  山岸雅彦2,  岡田直幸1,3,  戸谷美夏1,4,5,  矢島潤一郎2,6,7, 濱田隆宏8、佐藤政充1,5,9
1: 早稲田大学・大学院先進理工学研究科(生命医科学専攻)、
2: 東京大学・大学院総合文化研究科(生命環境科学系)、
3: ポルト大学(ポルトガル)、4: 早稲田大学・国際理工学センター、
5: 早稲田大学・先進生命動態研究所、6: 東京大学・先進科学研究機構、
7: 東京大学・複雑系生命システム研究センター、
8: 岡山理科大学・生命科学部・生物科学科、
9: 早稲田大学・構造生物・創薬研究所
掲載日:2022年11月26日(土)
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s42003-022-04271-2
DOI:https://doi.org/10.1038/s42003-022-04271-2

(8)研究助成

研究費名:科研費 基盤研究(B)
研究課題名:微小管の形成メカニズムと細胞内新機能の発見
研究代表者名(所属機関名):佐藤 政充(早稲田大学)

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