ファンデルワールス力による“つよく”・“しなやか”な新しい結合
-強磁性トンネル接合素子の構成材料としてグラフェン二次元物質/規則合金の異種結晶界面に期待-
発表のポイント
- ファンデルワールス力により、異種結晶界面が“つよく”・“しなやか”に結合することを発見
- グラフェンとL10規則合金の界面に垂直磁気異方性が誘起されることを発見
- 六方晶グラフェンと正方晶L10規則合金の異種結晶界面の原子位置を理論と実験の両方により正確に決定
- X nm世代のMRAMに向けたグラフェン/L10規則合金記録層に期待
概要
情報機器でのエネルギー消費増大問題を解決するために、計算機用の高性能な不揮発性磁気メモリ(MRAM)*1の開発が求められています。東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター、東北大学電気通信研究所、早稲田大学(理工学術院 平田秋彦教授)、高エネルギー加速器研究機構、神戸大学、東京工業大学、パリ南大学、フランス国立研究センターの国内6機関・国外2機関と協力して、それぞれが得意とする専門分野を学際的に協働することにより、六方晶系の二次元物質*2(グラフェン)と正方晶系のL10規則合金(L10-FePd)の異種結晶界面をファンデルワールス力*3により”しなやか”に結合させ、かつ界面電子密度の増加により”つよい”混成軌道を誘起し、界面垂直磁気異方性を出現させることに成功しました。六方晶のグラフェンと正方晶のL10-FePdは結晶系が異なる異種結晶界面のため、どのような界面の原子位置関係になるか想像ができません。そこで、直接観察実験と理論計算を比較することにより、グラフェン/L10-FePdの原子位置を正確に決定することに成功しました。本研究により、界面磁気異方性とL10-FePdのもつ高い結晶磁気異方性の両方を利用する道筋が示され、X nm世代*4のMRAM用の微小な強磁性トンネル接合(MTJ)素子*5への利用が期待されます。
本研究成果は、米国化学学会発行の科学誌 ACS Nanoの2022 年 2月28日(米国東部標準時EST)にOnline掲載されました。
背景
年々増大する情報機器でのエネルギー問題を解決するためには、計算機に用いられている揮発性メモリを不揮発性磁気メモリ(MRAM)に代替していくことが重要となります。現在のMRAMに用いられている強磁性トンネル接合(MTJ)素子は、CoFeB/MgOの界面垂直磁気異方を利用しており、四重界面とすることにより1 X nm世代に適合したMRAMの研究開発に成功しています。X nm世代のMRAM用のMTJ素子の実現を目指して、形状磁気異方性の利用、多重界面などが検討されています。そのような状況のなか、X nm世代に向けた新たな材料の選択肢として高結晶磁気異方性を有するL10規則合金も注目されています。しかし、FePt, FePd, CoPt, MnGaなどのL10規則合金とMgOトンネル障壁には約10%もの大きな格子ミスフィット率があるため、界面構造が乱れて高品質なMTJ素子を作製することができません。この問題を解決する方法として、本研究グループは二次元物質の間に生じるファンデルワールス力に着目しました。二次元物質はファンデルワールス力により金属と緩やかに結合するため、格子ミスフィットの影響を回避して、平滑な界面を形成する可能性が期待できます。また、二次元物質であるグラフェン、h-BNなどはスピン依存トンネル伝導により1000%近いトンネル磁気抵抗(TMR)変化率*6が理論的に予測されています。また、MgOトンネル障壁に比べて接合抵抗を低く抑えることができることも報告されています。これらの二次元物質の特徴はX nm世代のMTJ素子に求められる要求の多くを満たしています。そこで本研究グループは、代表的な二次元物質であるグラフェンをトンネル障壁材料とし、L10-FePd規則合金を記録層とする新しいMTJ素子の研究に着手しました。量産化プロセスを念頭にL10-FePd規則合金層を物理蒸着法であるスパッタ法により、グラフェンを化学蒸着法により製膜し、一貫した真空プロセスを選択しました。以上の背景を踏まえ、グラフェン/L10-FePdのMRAMへの有用性を明らかにするために、本研究では、以下の3つの項目について調べました。
(1)ファンデルワールス力で結合したグラフェンと規則合金界面は平滑であるか
(2)界面垂直磁気異方性は誘起されるか
(3)結晶系の異なる界面(異種結晶界面)の原子位置はどのようになっているのか
また、その原子位置関係はエネルギー的に安定しているのか
全てを理解するためには界面に特化した専門的な評価が必要になるため、本研究グループの研究者各々の得意とする専門性を集約して、課題に取り組みました。
研究内容
L10-FePdエピタキシャル膜をマグネトロンスパッタ法によりSrTiO3単結晶基板上に製膜し、その後、化学気相体積(CVD)法によりグラフェンを成長させることにより、グラフェン/L10-FePdを作製しました。グラフェンはハニカム構造の六方晶、L10-FePdは正方晶の結晶系であり、グラフェン/L10-FePdは異なる種類の結晶系により界面が形成されています(ここでは、異種結晶界面と呼びます)。この異種結晶界面の界面構造を調べるために、原子間力顕微鏡、X線反射率、走査型透過電子顕微鏡を用いました。界面磁性を調べるために深さ分解X-ray Magnetic Circular Dichroism(XMCD)*7を用いました。さらに、異種結晶界面の原子位置は第一原理計算をもとに走査型透過電子顕微鏡像のシミュレーションを行い、実験で得られた像と比較することにより決定しました。
1)ファンデルワールス力で結合したグラフェンと規則合金界面は平滑であるか
原子間力顕微鏡観察によりL10-FePd表面は平坦となっていることが確認され、その後に製膜されたグラフェンとL10-FePdとの界面はX線反射率により平坦な界面であることが明らかとなりました。また、走査型透過電子顕微鏡による直接観察法によりL10-FePdとグラフェンの界面が平坦になっていることが確認されました。以上の結果から、異種結晶界面のように大きな格子ミスフィットが存在しているにもかかわらずファンデルワールス力による結合は界面構造を乱さないことがわかりました。

図1 (a)グラフェン/FePdの3種類の走査型透過電子顕微鏡像(BF、ABFおよびHAADF-STEM像)を撮影し、軽元素であるカーボンと重元素であるFeとPdを同時に観察した。(b)第一原理計算から最もエネルギー的に安定な原子位置を基にしてSTEM像のシミュレーションを行った。(c) 第一原理計算から算出されたFePdとグラフェンのカーボンとの原子位置関係の概念図。
2)界面垂直磁気異方性は誘起されるか
図2(a)に示すように、偏光した軟X線を用いて深さ分解XMCDにより表面からおよそ2.5 nmまでの深さを分割して、磁気特性の深さ方向の変化を調べました。磁場は垂直方向および面内方向から30°傾けることにより垂直方向への磁気異方性について評価しました。深さ分解XMCDは高エネルギー加速器研究機構 Photon Factory BL-16のビームラインを利用しました。図2(b)に深さ方向に分解されたXMCDスペクトルを示します。図2(c)に界面付近、図2(d)に内部層の偏光X線による吸収(XAS)スペクトルおよびその差分であるXMCDスペクトルを示します。界面と内部層の垂直入射(θi = 90º)XMCDスペクトル[図2(c)および2(d)]、および30°に傾けたXMCDスペクトル[論文を参照のこと]をそれぞれSUMルールにより解析すると、界面付近の軌道磁気モーメントが垂直方向に異方性を有していました。この結果から、界面垂直磁気異方性が異方的な軌道磁気モーメントにより誘起されていることがわかりました。従って、異種結晶界面には界面垂直磁気異方性が存在していることが明らかとなりました。以上のことから、グラフェン/FePdはFePdの高い垂直結晶磁気異方性に加えて、界面垂直磁気異方性も付与されており、記録情報の高い安定性が期待できることがわかりました。

図2 (a)偏光した軟X線を用いた深さ分解XMCDの測定セットアップの模式図, (b)界面から2.5 nm厚さまでのXMCDスペクトル, (c)界面, (d) 内部層の右回りと左回りの円偏光によるXASスペクトルと、その差分であるXMCDスペクトル
3)結晶系の異なる界面(異種結晶界面)の原子位置はどのようになっているのか
また、その原子位置関係はエネルギー的に安定しているのか
グラフェンは六方晶系、L10-FePdは正方晶系であるためグラフェン/L10-FePdは異種結晶界面です。異種結晶界面による大きな格子ミスフィットのある界面原子位置を調べるためには、まずはじめに、第一原理計算を用いてファンデルワールス力による界面が最もエネルギー的に安定になる方位を調べる必要があります。図1(c)に示すように、グラフェンのアームチェアがFePdの面内格子の辺と平行になる原子位置関係が最もエネルギー的に安定であることがわかりました。また、そのときのグラフェンのハニカム構造は維持されていますが、僅かではあるものの正方晶のFePdの原子位置の影響を受けて歪んでいることがわかりました。実際に作製したグラフェン/L10-FePdの相対的な配置がどうなっているかを調べるために、第一原理計算から得られた原子位置をもとにSTEM像のシミュレーションを行いました。図1(b)に計算したSTEMシミュレーション像を示します。グラフェンの面内方向に沿ったコントラストの明暗についてラインプロファイルを調べたところ、STEM実験像と計算したSTEMシミュレーション像が良い一致を示していることがわかりました。このことは、第一原理計算により予測した界面の原子位置関係が実際の界面において実現していることを意味します。つまり、L10-FePd上のグラフェンはファンデルワールス力のエネルギーが最も安定化する原子位置関係になることが明らかとなりました。グラフェンは僅かに歪みながらもファンデルワールス力により”しなやか”に結合していることがわかりました。
グラフェンとL10-FePdの層間距離を調べたところ、第一原理計算およびSTEM像観察の両方でおよそ0.2 nmとなっていることがわかりました。また、STEM実験像ではグラフェンの第一層と第二層の層間距離は0.38 nmであり、グラファイトの層間距離とほぼ一致していました。グラフェンとL10-FePdの層間距離が短くなっていることはファンデルワールス力のなかでも”つよい”結合となるChemisorptionタイプであることがわかりました。X線反射率においても界面での電子密度が高くなっていることが判明しており、界面垂直磁気異方性の起源は層間距離の短縮により電子密度の増大および混成軌道が強化されたためと考えられます。以上のような微視的な構造解析を多岐の方法により解析し、界面磁性を説明する試みは少なく、学術的な価値の高い成果となります。
最後に、MRAMへの応用の可能性を検討するために、マイクロマグネティクスシミュレーションを行いました。String法によるマイクロマグネティクスシミュレーションによりグラフェン/L10-FePdの記録情報の熱安定性を調べたところX nm世代においても10年間、記録情報を保持できるほどの十分な垂直磁気異方性であることがわかりました。これは、グラフェン/L10-FePdの界面磁気異方性とL10-FePdの高い結晶磁気異方性の相乗効果による成果です。グラフェン/FePdの異種結晶界面を利用した微小ドットはX nm世代をターゲットとしたMTJ素子の記録層の1つの候補として有望であることが示唆されました。
将来の展望
本研究により、二次元物質である六方晶系グラフェンと正方晶系規則合金を組み合わせたハイブリッドMTJ素子がX nm世代において有望であることがわかりました。本研究は二層構造ですが、参照層を加えたMTJ素子としたときの特性を調べていく必要があります。現在、日仏共同研究を主軸に国内とも綿密に連携を取りながら、MTJ素子の研究を遂行しています。また、グラフェンのファンデルワールス力の”しなやか”でありながら”つよい”結合は広く二次元物質に展開することができるため、h-BN、WS2などの二次元物質の多彩な物性と正方晶晶系の高機能金属、高機能酸化物などとの異種結晶界面をファンデルワールス力により繋ぐことにより、新しい電子デバイスへの発展が期待されます。
研究経緯
本研究は、東北大学、早稲田大学、神戸大学、東京工業大学、高エネルギー加速器研究機構、パリ南大学、フランス国立科学研究センターとの共同研究の成果です。また、本研究は日本学術振興会研究拠点形成事業(Core-to-Core Program, 課題番号JPJSCCA20160005)の支援を受け、日英仏の3国間の共同研究のもと二次元材料のトンネル障壁への応用について検討してきました。また、本研究は指定国立大学東北大学のクロスアポイントメント制度による東北大学とパリ南大学(Pierre Seneor教授)、フランス国立科学研究センター(Bruno Dlubak研究員)の共同研究成果でもあります。東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センターおよび東北大学先端スピントロニクス研究開発センターの支援を受けています。このような支援により、試料作製は東北大学とパリ南大学、フランス国立科学研究センターの協働により遂行しました。また、界面磁性を高エネルギー加速器研究機構のS型課題(課題番号 2019S2-003)によりフォトンファクトリー、BL-16ビームラインを用いて評価しました。界面構造をナノテクプラットフォームの支援(課題番号A-20-TU-0063)により走査型透過電子顕微鏡を用いて東北大学内において評価しました。界面の平均的な構造を共同利用研究(課題番号73)によりX線反射率法を用いて東京工業大学で測定・評価し、その解析をブルカージャパンの支援により行われました。界面の理論計算は早稲田大学、神戸大学、東北大学電気通信研究所の協働により行われました。このように、本研究は多数の機関の共同研究の結果を集約した成果です。
論文題目
題目: Unveiling a Chemisorbed Crystallographically Heterogeneous Graphene/L10-FePd Interface with a Robust and Perpendicular Orbital Moment
著者: Hiroshi Naganuma(責任著者), Masahiko Nishijima, Hayato Adachi, Mitsuharu Uemoto, Hikari Shinya, Shintaro Yasui, Hitoshi Morioka, Akihiko Hirata(平田秋彦、早稲田大学理工学術院教授), Florian Godel, Marie-Blandine Martin, Bruno Dlubak, Pierre Seneor, Kenta Amemiya
掲載誌: ACS Nano
DOI: 10.1021/acsnano.1c09843
用語説明
*1 不揮発性磁気メモリ(MRAM)
データの保存に不揮発性である磁化状態を利用しており、DRAMおよびSRAMなどの揮発性メモリの代替により消費電力を低減することができることから次世代メモリとして注目されています。揮発性メモリはメモリセル(データ読み/書きの最小単位)に電荷を蓄積することでデータを記録しており、MRAMとは記録原理が異なります。MRAMはメモリセルに、2つの磁性体層の間に絶縁体層を挟み込んだ*4で説明する強磁性磁気トンネル接合(MTJ)という構造をもつ素子を用います。磁性体の磁化方向(N極とS極)が2層ともそろっている状態が「0」、不ぞろいな状態が「1」をあらわします。
*2 二次元材料(物質)
二次元の面内方向の結合は強く、面直方向にはファンデルワールス力による弱い結合により貼り合わされている物質のことです。二次元材料としてはグラファイトの1層だけ剥がしたグラフェンに関わる研究が多く行われてきていますが、近年、h-BN, WS2など多くの二次元物質の研究が展開されています。
*3 ファンデルワールス力
原子間に働く分子間力であり、原子位置関係、結晶対称性などにより物理吸着と化学吸着の2種類が二次元物質と金属材料の間では生じるとされています。物理吸着のときの原子間力は化学吸着のときの原子間力に比べて弱く、原子間距離が長くなることが報告されています。
*4 強磁性トンネル接合(MTJ)素子
強磁性/極薄絶縁層/強磁性の3層が基本構造で、1つの強磁性層を記録層、もう1つの強磁性層を固定層として磁化状態を記録する不揮発性磁気メモリへ応用されています。(磁化方向の書き換えは*3を、読み出しは*6を参照のこと)
*5 1X nm世代、X nm世代
強磁性トンネル接合(MTJ)素子の接合直径のことです。この接合直径を小さくすることで不揮発性磁気メモリ(MRAM)の集積度を高めることができます。現在は1X nm世代の研究開発が盛んに行われており、X nm世代の基礎研究が次々に報告されています。X nm世代では形状磁気異方性の利用、界面数を増やすなどが提案されています。
*6 トンネル磁気抵抗(TMR)変化率
強磁性トンネル接合(MTJ)素子の2つの強磁性層の磁化が平行のときスピン偏極電子の透過率は高く、反平行のとき透過率は低くなる効果です。磁化の相対角度に応じてMTJ素子の抵抗が変化することから、不揮発性磁気メモリ(MRAM)の読み出しの原理となっています。一般に、磁化の平行・反平行時の電気抵抗を用いてTMR変化率を算出し、TMR変化率が高いとデジタル信号における”0”と”1”の判別が明瞭となる、また磁化反転効率が高くなることからMRAMにおいて重要なパラメーターとなっています。
*7 深さ分解X線磁気円二色性(XMCD)
X線磁気円二色性(X-ray Magnetic Circular Dichroism XMCD)とはX線の吸収分光であり、磁性体の試料に円偏光させたX線を照射したときに、吸収スペクトルが試料の磁化方向と円偏光の磁化方向に依存して異なる現象のことです。そのXMCDを応用した軟X線領域の深さ分解XMCD法は、磁性薄膜の磁気状態の深さ方向の分布をナノメートルを超える分解能にて元素選択的に観察することができます。