宇宙天気予報の精度向上へ

国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟とジオスペース探査衛星「あらせ」での観測により、「電子の豪雨」現象の原因を解明

早稲田大学理工学術院の鳥居祥二(とりいしょうじ)招聘研究教授は、研究代表者であるCALETの観測成果により、国立極地研究所(所長:中村(なかむら)卓司(たくじ))の片岡龍峰(かたおかりゅうほう)准教授を中心とした宇宙航空研究開発機構(JAXA)茨城工業高等専門学校名古屋大学京都大学金沢大学電気通信大学などで構成される研究グループと共同で、国際宇宙ステーション(ISS)に搭載された複数の観測装置と、ジオスペース探査衛星「あらせ」(図1左、注1)との同時観測データから、ISSで観測される「電子の豪雨」現象の原因がプラズマ波動であることを明らかにしました。
本成果は、ISSでの宇宙飛行士の船外活動のための宇宙天気予報、さらには、人工衛星の保護のための放射線帯の宇宙天気予報の精度向上にもつながると期待されます。

<研究の背景>

高度400kmを周回するISSの「きぼう」日本実験棟船外実験プラットフォームには、高エネルギー電子・ガンマ線望遠鏡(CALET)、全天X線監視装置(MAXI)、宇宙環境計測ミッション装置(SEDA-AP)(図1右)などの放射線計測装置が搭載されており、高エネルギー電子をはじめとする放射線を観測しています。本研究グループはこれまで、これらの装置のデータを用い、数分間にわたってエネルギーの高い電子が降り注ぐ「電子の豪雨」現象(相対論的電子降下現象;Relativistic Electron Precipitation現象、以下、REP現象)を発見し(先行研究1)、さらに、船外活動を行う宇宙飛行士の被ばくにREP現象が及ぼす影響を見積もることに成功していました(先行研究2)。この突発的な放射線量の増加現象を事前に予測するための「宇宙天気予報」の実現が期待されるとともに、その発生機構の解明が求められてきました。

図1左:ジオスペース探査衛星「あらせ」。©ERG science team。右: 国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」日本実験棟に取り付けられたSEDA-AP、MAXI、CALET。©JAXA/NASA

<研究の内容>

これまで、REP現象の原因は、その発生の時間的分布から、イオンの作るプラズマ波動(EMIC波動)ではないかと推測されてきました。そこで本研究では、「あらせ」とISSが同じ磁力線上を通過した機会のうち、ISSでREP現象を観測した事例を選んで、ISSでの高エネルギー電子の測定結果と「あらせ」のプラズマ波動データの比較・解析を行いました。
その結果、推測通り、EMIC波動が原因となって、ISSでのREP現象が発生していた事例が確認されました(図2上)。さらにそれだけではなく、電子の作るプラズマ波動(ホイッスラー波動)も原因となって、EMIC波動によるものとは「顔つき」の違うREP現象(図2下)が発生していることも新たに明らかになりました。この「顔つき」の違いは、時間分解能を高めたCALETのデータと、MAXI、SEDA-APの連携観測から明らかになったものです。CALETとMAXIは元々、それぞれ一次宇宙線観測、天体物理学の観測を目的とした装置ですが、本研究では、本来の研究分野を大きく超えた連携観測によって、REP現象の原因を解明することができました。

図2:あらせ衛星のプラズマ波動観測データと、国際宇宙ステーションでの電子の集中豪雨(REP現象)の観測データ。上から順に、EMIC波動によるREP現象、コーラス波動によるREP現象、静電ホイッスラー波動によるREP現象。

<今後の展開>

近年、これらのプラズマ波動が、いつ、どこで、どういう規模で発生するかを予測するための研究が国際的な進展を見せています。特に、これらのプラズマ波動は、人工衛星の障害の原因になる放射線帯(ヴァン・アレン帯)の電子を大気へ落とし一気に消失させるため(先行研究3)、放射線帯を予測するための先端的な研究が進められてきました。
本研究により明らかになった「ISSでのREP現象の原因がプラズマ波動であること」は、比較的低い軌道(高度400km)を周回するISSでの宇宙飛行士を守るための宇宙天気予報と、静止軌道(高度36,000km)を周回する人工衛星を守るための宇宙天気予報が表裏一体であること、プラズマ波動を介して統一的に理解できることを示唆しています。
本研究グループは今後、これまで別々の現象だと思われていた、放射線帯での電子の消失や、ISSでの被ばく、脈動オーロラ(先行研究4、5)、大気へのインパクト(先行研究6)など、多くの現象についての整合的、定量的な予測を目指し、研究を進めます。

<発表論文>

掲載誌: Journal of Geophysical Research: Space Physics
タイトル:Plasma waves causing relativistic electron precipitation events at International Space Station: Lessons from conjunction observations with Arase satellite
著者:
片岡 龍峰(国立極地研究所 宙空圏研究グループ 准教授)
浅岡 陽一(早稲田大学 理工学術院 主任研究員)
鳥居 祥二(早稲田大学 理工学術院 名誉教授、招聘研究教授)
中平 聡志(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 研究開発員)
上野 遥 (宇宙航空研究開発機構 研究開発部門 研究開発員)
三宅 晶子(茨城工業高等専門学校 国際創造工学科 准教授)
三好 由純(名古屋大学 宇宙地球環境研究所 教授)
栗田 怜(現職:京都大学 生存圏研究所 准教授、
研究当時:名古屋大学 宇宙地球環境研究所 特任助教)
小路 真史(名古屋大学 宇宙地球環境研究所 特任助教)
笠原 禎也(金沢大学 総合メディア基盤センター 教授)
尾﨑 光紀(金沢大学 理工研究域電子情報通信学系 准教授)
松田 昇也(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 特任助教)
松岡 彩子(現職:京都大学 大学院理学研究科 教授、研究当時:JAXA 宇宙科学研究所 准教授)
笠羽 康正(東北大学 大学院理学研究科 教授)
篠原 育(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 准教授)
細川 敬祐(電気通信大学 大学院情報理工学研究科 教授)
内田 ヘルベルト陽仁(総合研究大学院大学 複合科学研究科 博士課程)
村瀬 清華(総合研究大学院大学 複合科学研究科 博士課程)
田中 良昌(情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 特任准教授)
受理原稿公開日: 2020年8月14日

<注>

注1 ジオスペース探査衛星「あらせ」
地球の放射線帯を観測するために2016年12月に打上げられた探査衛星。太陽風の擾乱によって発生する宇宙嵐に伴う粒子の加速過程や、宇宙嵐発達の仕組みを明らかにするため、放射線帯中心部で電子が高エネルギーになる過程を観測する。

<先行研究>

先行研究1 :
極地研、早稲田大学、JAXAによるプレスリリース「国際宇宙ステーション『きぼう』に搭載したCALETで電子の“集中豪雨”を観測」 2016年5月18日
先行研究2 :
JAXA、極地研、早稲田大学によるプレスリリース「国際宇宙ステーション・『きぼう』搭載の船外実験装置SEDA-AP、MAXI、CALETの連携により「電子の集中豪雨」による被ばく線量を測定~将来の宇宙天気予報に向けた基礎データを取得」2019年12月26日
先行研究3 :
極地研、金沢大学、名古屋大学ほかによるプレスリリース「オーロラを発生させる高エネルギー電子が大気圏に降り注ぐ仕組みを解明 ~成層圏オゾンの破壊を誘発する原因の謎解きが一歩前進~」2019年12月2日
先行研究4 :
金沢大学、名古屋大学、電気通信大学ほかによるプレスリリース「世界初!地球近傍の宇宙で発生するプラズマと電磁波の相互作用発生域の可視化に成功~最新の科学衛星『あらせ』と極北のオーロラ観測から宇宙の物理現象を理解~」2019年1月17日
先行研究5 :
電気通信大学、名古屋大学、金沢大学ほかによるプレスリリース「宇宙の電磁波の『さえずり』がオーロラの「またたき」を制御 ―北極域での高速オーロラ観測と科学衛星『あらせ』による国際協調観測―」2020年3月5日
先行研究6 :
極地研、名古屋大学、金沢大学ほかによるプレスリリース「オーロラが爆発するとヴァン・アレン帯の電子が上空65kmにまで侵入する」2019年2月8日

<研究サポート>

本研究はJSPS科研費(JP15H05815、JP15H05747、JP16H06286、JP17K05671、JP17H02901、JP17H00728、JP20H01959、JP19H05608)の助成を受けて実施されました。

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