グラフェン超伝導材料の原子配列解明

薄くて柔らかい、原子スケールの2次元超伝導材料の開発に新たな道

発表のポイント

  • TRHEPD法を用い、超伝導を示すグラフェンとカルシウムの2次元化合物の原子配列を解明
  • 2次元化合物において電気抵抗がゼロになる超伝導現象を示すことを観測
  • グラフェンを利用した新たな化合物の原子配列解明により、デバイス材料開発への応用を期待

東京大学大学院理学系研究科博士後期課程3年の遠藤由大(えんどうゆきひろ)および長谷川修司(はせがわしゅうじ)教授、早稲田大学理工学術院の高山あかり(たかやまあかり)専任講師日本原子力研究開発機構先端基礎研究センターの深谷有喜(ふかやゆうき)研究主幹、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の望月出海(もちづきいづみ)助教および兵頭俊夫(ひょうどうとしお)ダイヤモンドフェローの研究グループは、これまで未解決だった超伝導を示す炭素原子層物質グラフェンとカルシウムの2次元化合物の原子配列を、全反射高速陽電子回折法(以下、TRHEPD法、トレプト法)※1という実験手法を用いて世界で初めて決定しました。また、この原子配列が電気抵抗がゼロになる超伝導※2現象を示すことも実験により明らかにしました。グラフェンを利用した新たな化合物の原子配列を解明したことで、エネルギー損失ゼロの超高速情報処理ナノデバイスなどの材料開発への応用に道を開くものです。

本研究成果は、『Carbon』のオンライン版に2019年10月25日(現地時間)に掲載されました。

(1)これまでの研究でわかっていたこと

炭素原子が蜂の巣のように結合して原子シートを形成するグラフェンは、原子配列が非常に安定しており、高い柔軟性をもつこと、熱伝導や電気伝導などの物理的性質が優れていることから、基礎・応用の両面から着目されている新素材です。グラフェンの中を流れる電子は光のように質量がゼロになるという興味深い性質があり、この電気的特性を利用したデバイスへの応用が期待されています。また最近では、グラフェンに電気抵抗がゼロになる超伝導を発現させる試みも行われています。超伝導状態では、電気を流してもエネルギーを消費しない特性があり、グラフェンのもつ優れた物理的特性と組み合わせた新しい超伝導材料の開発が期待されています。2016年には、シリコンカーバイド(以下、SiC)基板上につくった2枚のグラフェンの層の間にカルシウム(Ca)原子を挿入した化合物(以下、「SiC上Ca挿入2層グラフェン」)において超伝導が発現することが報告され、実際にデバイス応用可能な化合物が見つかったとして大きな注目を集めました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

物質の性質は物質の原子配列と密接な関係をもつので、なぜ超伝導が発現するかを明らかにするには、その結晶構造を正確に知る必要があります。SiC上Ca挿入2層グラフェンにおける超伝導は応用へ大きな可能性を持つ一方で、その正確な原子配列はこれまでわかっていませんでした。SiC基板上に2枚のグラフェンをつくると、2枚のグラフェンと基板との間にバッファー層※3と呼ばれるグラフェンとよく似た炭素原子層がもう1枚できます。つまり、炭素原子層が合わせて3層積層された原子配列をもちます。これまでは、上の2枚のグラフェンの層間にCa原子が挿入された原子配列が信じられていましたが、それが正しいかどうかは実験で確認されていませんでした。

本研究では、TRHEPD法という試料最表面の原子配列の情報を高感度で検出できる実験手法を用いて、SiC上Ca挿入2層グラフェンの原子配列を明らかにすることを試みました。その結果、これまで信じられてきた原子配列とは異なり、グラフェンとバッファー層の間のみにCa原子が挿入されていることを、実験により初めて明らかにしました。本研究グループでは、この試料の電気伝導度が温度によってどのように変化するかについても測定しました。その結果、過去の研究と同様の超伝導を示すのは、この原子配列のSiC上Ca挿入2層グラフェンであることを明らかにしました。これらの一連の研究により、SiC上Ca挿入2層グラフェンの原子配列と物性の関係が明確になり、超伝導発現機構の詳細が議論できるようになります。

(3)そのために利用した新たな実験手法

物質の原子配列を調べる実験には、通常X線や電子などが用いられます。X線は物質の内部にまで侵入するため、3次元物質の原子配列解析には最適ですが、本研究のように物質の最表面だけに存在する2次元物質の原子配列解析においては、内部の原子配列からの信号が大きいために、得られた実験結果から表面の寄与だけを抜き出すことが難しいという問題があります。電子はあまり内部に侵入しないため、X線より多くの情報を表面から抜き出すことができますが、表面の原子配列だけを調べる場合は同様の難しさがあります。

そこで本研究グループでは、TRHEPD法を用いて実験を行いました。TRHEPD法で利用する陽電子は、電子の反粒子で、電子とは逆の正の電荷をもつために、すべての物質の表面から斥力を感じるという特徴があります。この性質のため、陽電子を表面すれすれの角度から入射させると、物質内部に陽電子が全く入らない全反射という現象を起こすことができます。さらに、入射する角度を徐々に大きくすれば、陽電子も徐々に物質内に侵入します。そこで、陽電子線の入射する角度を徐々に調節して、物質の最表面から表面数原子層の深さまで陽電子を侵入させると、その領域内のみの原子配列解析をすることが可能になります。

現在、実⽤的にTRHEPD実験を行うことができる装置は高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所が世界で唯⼀保有しており、TRHEPD法は⽇本が世界をリードしている実験手法です。

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究によって、2次元物質の原子配列を解明することが超伝導特性の理解に役立つことが示されました。本研究の結果から、SiC上の単層グラフェンでも超伝導が発現する可能性が極めて高いことがわかりました。単層グラフェンでは、電子の質量がゼロ、つまり電子が光のように高速で動く事ができるという特性を持つため、この性質と超伝導を組み合わせることで、エネルギー損失ゼロの超高速情報処理ナノデバイスの実現が期待されます。現在、デバイスの小型化・高速化・省エネ化を目指して、様々な2次元物質を利用したデバイス開発が盛んに行われていますが、物性は原子配列によって決まるため、物質の特性をデバイスに応用するには、その構造も詳しく知る必要があります。本研究の成果は、物質科学のさらなる進歩・発展に重要な役割を果たすことが期待されます。

(5)今後の課題

今回の原子配列解析結果は、グラフェンにおける超伝導メカニズムを解明する重要な鍵となります。新たに決定した原子配列をもとに理論計算を行い、超伝導発現に寄与している電子状態を特定すること、そのメカニズムを明らかにすることが今後の課題です。さらに、今回の実験結果から予測された質量ゼロの電子をもつ単層グラフェンでの超伝導の実現と新奇物性の創発、および超高速情報処理ナノデバイス開発の指針を示したいと考えています。

(6)用語説明

※1 全反射高速陽電子回折法
(Total-reflection high-energy positron diffraction、TRHEPD法、トレプト法)
結晶表面にすれすれの角度で高速に入射した陽電子の回折パターンから、表面の原子配列を決定する実験手法。一宮彪彦(当時名古屋大学)が提唱、河裾厚男・岡田漱平(当時日本原子力研究所)が開発、実証した純日本発の実験手法である。現在では、世界で唯一、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の低速陽電子実験施設に設置されている。TRHEPD実験には小径で高い平行性を持つ高強度陽電子ビームが必要であり、日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構の共同研究で高度化され、陽電子のビーム強度を約100倍増強することに成功した。今回の実験は、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の低速陽電子実験施設に設置されている電子線形加速器を用いて実施している。

※2 超伝導
温度を下げることで電気抵抗がゼロになる現象。電気抵抗がゼロのため、ロスすることなく電気を送ることができ、エネルギーの損失がない。

※3 バッファー層
緩衝(Buffer、バッファー)層。格子定数が異なる2つの物質を直接接合しようとしても、その接合面では格子が歪んでしまい、安定に存在できない。このような2つの物質の間で、歪みを緩和する役割を果たす層がバッファー層である。SiC基板上のグラフェンのバッファー層は、炭素原子のシートという意味ではグラフェンに似ているが、フラットなグラフェンとは異なりバックリング(凹凸)があること、下のSiC基板との間に結合があることから、グラフェンとは異なる。

(7)論文情報

雑誌名:Carbon
論文名:Structure of superconducting Ca-intercalated bilayer Graphene/SiC studied using total-reflection high-energy positron diffraction
執筆者名(所属機関名):Y. Endo(東京大学大学院理学系研究科), Y. Fukaya(日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター), I. Mochizuki(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所), A. Takayama(早稲田大学理工学術院), T. Hyodo(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所), S. Hasegawa(東京大学大学院理学系研究科)
掲載日時(現地時間):2019年10月25日(オンライン)
掲載URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0008622319310887?via%3Dihub
DOI:https://doi.org/10.1016/j.carbon.2019.10.070

(8)研究助成

研究費名:特別研究員奨励費
研究課題名:金属修飾グラフェンにおけるカイラルd波超伝導の開拓(19J12818)
研究代表者名(所属機関名):遠藤由大(東京大学大学院理学系研究科)

研究費名:TIA連携プログラム探索事業「かけはし」(2016年度・2017年度)
研究課題名:原子配置の正確な決定に基づく物質表面特性の理解に関する連携の調査研究(TK16-42),
表面機能・特性研究と陽電子回折による表面構造解析の連携の調査研究(TK17-048)
研究代表者名(所属機関名):兵頭俊夫(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所)

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