温めると縮む物質の負熱膨張現象メカニズムを解明

発表のポイント

冷やすと膨張する物質「逆ペロブスカイト型マンガン窒化物」の「負の熱膨張」現象は、発見から40年以上もの間、その物理的なメカニズムが未解明だった。
同物質の「電子スピン整列」と「負熱膨張」の二つの特徴的な現象が同時に起きていることに注目し、その関係性を再現する数理モデルを構築することによりメカニズムを解明。
通常の物質と負の熱膨張物質を組み合わせることで、温度変化を受けても体積・長さが変化しないこれまでに無い材料の実現を可能とし、高い産業応用上の需要に応えることが期待される。

温めると縮む物質の負熱膨張現象メカニズムを解明

早稲田大学理工学術院の望月維人(もちづきまさひと)教授は、青山学院大学大学院理工学研究科博士前期課程2年の小林賢也(こばやしまさや)との共同研究により、その発見から40年以上もの長い間謎とされてきた、冷やすと膨張する物質「逆ペロブスカイト型マンガン窒化物」(以下、Mn3ANとする。)の「負の熱膨張」メカニズムを世界で初めて理論的に解明しました。

なお、本研究成果は、2019年2月21日に『Physical Review Materials』で発表されました。

本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究B「トポロジカル磁気テクスチャの非平衡ダイナミクスと量子輸送現象の理論研究」(研究代表者:望月維人)の一環として実施されました。

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

通常、物質は冷やすと収縮し、温めると膨張します。しかし、ごく稀に冷やすと膨張する「負の熱膨張」を示す物質があります。逆ペロブスカイト型結晶構造 [図1(a)] を持つマンガン(Mn)と窒素(N)を含む化合物「逆ペロブスカイト型マンガン窒化物」(化学式Mn3AN、ただしAは亜鉛(Zn)やガリウム(Ga)、ゲルマニウム(Ge)など)はその典型物質で、冷やすと非常に大きな体積膨張を示します[図1(b)]。Mn3ANが顕著な負熱膨張現象を示すこと自体は、40年以上も前から知られていました。ところが、冷やすとなぜ膨張するのかという物理的なメカニズムについては、世界中の研究者がその解明に挑みましたが、40年以上もの間、誰も解けない謎として残っていました。

図1:(a)逆ペロブスカイト型マンガン窒化物Mn3AN (A=Zn, Ga, Ge)の結晶構造。 (b) 負の熱膨張現象の概念図。通常の物質とは逆に、温度を下げると結晶体積が増大する。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

今回の研究では、40年以上もの長い間謎であった、Mn3ANの負熱膨張現象のメカニズムを世界で初めて理論的に解明しました。

物質中を飛び回っているすべての電子は、磁石の最小単位である「スピン」を持っています。Mn3ANのマンガンイオン上を飛び回る電子のスピンは、温度を下げていった時に、N極からS極へ向かうベクトル(矢印)が図2(a)で示されるような方向に整列します。Mn3ANでは、この温度降下にともなう磁性(磁石としての性質)の変化と同時に、体積の膨張が起こることが知られていました。今回の研究では、Mn3ANの「電子スピンの整列現象」と「負の熱膨張現象」の間に密接な関係があると考えて、研究に取り組みました [図2(b)参照]。

図2:(a) Mn3ANにおいてマンガンイオン上の電子スピンが低温で示す整列状態。(b) 温度降下によって起きるマンガン電子スピンの整列化と負の熱膨張の関係。

通常、図2(a)のようなスピン整列が起こると、その整列状態をさらに強固なものにするために、スピンとスピンの間に働く相互作用を強くしようとイオン同士が近づき体積の収縮が起こります。Mn3ANの負の熱膨張は、これとは真逆の振る舞いです。本研究ではまず、量子力学に基づく電子状態の考察から、この物質中の隣り合うマンガンイオン上の電子スピンの間には2種類の相互作用が働いていることを突き止めました。具体的には、スピン同士を互い違い(反平行)に揃えようとする相互作用 [図3(a)のJAF] と、同じ向き(平行)に揃えようとする相互作用 [図3(a)のJFM] があります。そして、これらの相反する相互作用が強く競合しているために、通常の物質のように体積を収縮させるよりは、むしろ膨張させることでイオン同士を離した方がスピン間の相互作用が強まることを見出しました。そのため、温度を下げていき図2(a)のような電子スピンの整列が起こると、スピン間相互作用を強めるために結晶体積が自発的に膨張し、「負の熱膨張現象」が起こることを明らかにしました。

本研究により、2種類の真逆のスピン間相互作用が競合する物質では、電子スピンの状態変化にともなう顕著な負の熱膨張現象が起きる可能性が高いことが分かりました。そこで、そのようなスピン間相互作用の競合が起こりやすい結晶構造として、他にも図3(b)に示すような構造があることを見出し、このような結晶構造を持つ物質を、未知の負熱膨張物質の有望な候補として提案・予言しました。

図3:(a) Mn3ANのマンガンイオン上の電子スピン間に働く競合する2種類の相互作用JAFとJFM。(b) Mn3ANと同じ機構で電子スピンの整列化により負の熱膨張を引き起こすことが期待される結晶構造。

(3)そのために新しく開発した手法

本研究では、上述のように、Mn3ANの負熱膨張現象が、Mn3ANの電子スピンが図2(a)のように整列するのと同時に起きていることに注目しました。しかし、このようなスピン整列がなぜ発現するのかという問題も、実は40年以上もの間、誰も解けない謎でした。そこでまず、Mn3ANの電子状態について量子力学を用いて詳細に考察し、図2(a)のスピン整列を再現する数理モデルを世界で初めて構築することに成功しました。この数理モデルにおいて、電子スピン間に働く2種類の相互作用のマンガン間距離依存性と、結晶格子の弾性エネルギーを考慮し、解析することで、磁性と密接に関連したMn3ANの負熱膨張現象のメカニズムを完全に解明することに成功しました。

図4:(a) 数理モデルに基づく理論研究の結果。Mn3ANにおいてスピン整列が誘起する負熱膨を再現している。比熱(赤点)がピークを持つ温度以下で、スピンの整列化(スピン相関)(黒線)が増大している。それに伴い体積膨張率(青点)が増大し、負の熱膨張が起こっている。 (b) 横軸を2種類のスピン間相互作用の強度比、縦軸を温度にとった理論相図。図2(a)の電子スピン整列が実現する反強磁性相の中に、体積膨張率が正の値を取る(負熱膨張が起こる)領域がある。

(4)研究の波及効果や社会的影響

極限まで精密化された現代の光学デバイスや機械デバイス、測定機器では、温度変化による材料の体積や長さの変化が致命的となります。負の熱膨張物質は、温度降下によって縮む通常の物質と組み合わせることで、温度が変化しても体積や長さがほとんど変化しない材料の実現を可能にします。そのため、負の熱膨張物質に対する産業応用上の需要は、近年急激に高まっています。それに伴い国内外(特に中国)において新しい負の熱膨張物質の探索が爆発的に展開され、知財獲得競争も熾烈になっています。しかし、負の熱膨張現象は、その物理的なメカニズム自体がいまだにほとんど解明されておらず、科学的な考察に基づいた物質探索や研究開発が行われているとは言い難い状況にあります。

本研究により、負熱膨張物質の典型例であるMn3ANの負熱膨張現象の背後にある物理メカニズムを解明できました。さらに、このメカニズムによって負熱膨張が起こるための重要な条件を明らかにすることができました。これにより、これまでは経験と勘に頼らざるを得なかった負熱膨張物質の研究が、戦略的で系統的な「サイエンス」へと発展していくことが期待されます。

(5)今後の課題

本研究では、負熱膨張現象が起こると期待される物質の結晶構造を提案し、新物質の探索における重要な方向性と指針を提唱できました。しかし、実際に合成した新物質で負の熱膨張現象が起こるか、起こったとしても顕著で劇的な効果が期待できるかは、第一原理電子状態計算により物質固有のパラメータを定量的に評価し、物質探索・合成の現場にフィードバックをかけていく必要があります。今後、このような「理論計算による物質設計」と、「実験による物質探索・合成」との協力が、この研究分野の推進のための課題となっていくと考えられます。

(6)100字程度の概要

冷やすと縮み温めると伸びる通常の物質と異なり、逆ペロブスカイト型マンガン窒化物という物質は冷やすと膨張する「負の熱膨張現象」を示します。その発見から40年以上もの間謎であったこの現象のメカニズムを世界で初めて解明しました。

(7)用語解説

■逆ペロブスカイト型結晶構造

図1(a)のように、遷移金属イオン(今回の物質ではマンガンMn)を頂点とする八面体の頂点共有ネットワークで構成される結晶構造。八面体の中心を軽いイオン(今回の物質では窒素N)が占めている。特に対称性を下げる結晶歪みがない場合、立方対称性を持っている。頭に「逆」がつかない通常のペロブスカイト構造では、遷移金属イオンが八面体の中心に、軽い元素が八面体の頂点をあることが一般的で、それとは逆の配置になっていることから逆ペロブスカイト構造と呼ばれる。

(8)論文情報

雑誌名:Physical Review Materials
論文名:Theory of magnetism-driven negative thermal expansion in inverse perovskite antiferromagnets
執筆者名(所属機関名):Masahito Mochizuki(早稲田大学先進理工学部応用物理学科),Masaya Kobayashi(青山学院大学大学院理工学研究科理工学専攻基礎科学コース博士前期課程2年)
掲載URL:https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevMaterials.3.024407
DOI:10.1103/PhysRevMaterials.3.024407

(9)研究助成

研究費名:日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究B
研究課題名:トポロジカル磁気テクスチャの非平衡ダイナミクスと量子輸送現象の理論研究
研究代表者名(所属機関名):望月維人(早稲田大学)

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WASEDA University

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