光子との相互作用を使った超伝導人工原子の自在なエネルギー制御が可能に

共振回路中のマイクロ波光子との相互作用による巨大なエネルギーの変化

ポイント

  • 超伝導共振回路中の光子1個との相互作用で、超伝導人工原子の準位が反転
  • 原子で観測されるLamb、Starkシフトとは桁違いの巨大光シフトを世界で初めて観測
  • 人工原子の高速制御や量子測定の反作用の最小化など、量子技術分野進展への貢献に期待

早稲田大学理工学術院の青木隆朗教授らの研究グループは、国立研究開発法人情報通信研究機構未来ICT研究所の吉原文樹主任研究員・仙場浩一上席研究員、日本電信電話株式会社、カタール環境エネルギー研究所、東京医科歯科大学と共同して、光子と相互作用した人工原子の極めて大きなエネルギー変化(光シフト*1)の生成と観測に世界で初めて成功しました。

実験に用いた超伝導人工原子*2は、超伝導共振回路中のマイクロ波光子と非常に強く相互作用することで、これまでに人工原子で知られていたエネルギーシフト量のおよそ100倍の巨大なLamb(ラム)シフト*1と光子1個との相互作用でも準位反転が生じるほど顕著なStark(シュタルク)シフト*1を受けています。この強い相互作用を巧みに利用することで、人工原子の高速制御や、測定に伴う量子状態への反作用を最小化することが可能となるため、量子分野全般で重要な技術になると考えられます。

この成果は、Physical Review Letters 2018年5月4日号に発表されました。

背景

これまで、物質と光の相互作用が極端に強い領域は、適切な実験手段がなく謎に包まれていました。この未解明領域で生じる新現象を見つけ理解することを目的に始まった私たちの研究では、共振回路中の電磁場と非常に強く相互作用できる超伝導人工原子を研究対象にしてきました。2016年には、物質と光の相互作用が非常に強い新たな領域(深強結合領域*3)を実現し、光子と人工原子から成る分子のように安定な状態が存在することを世界で初めて明らかにしました。

深強結合領域のように、電磁場(光)との相互作用が非常に強い場合に、光子の存在が人工原子のエネルギー準位に及ぼす変化: 光シフト(Lambシフト、Starkシフト)がどれほど大きいかに関し、共同研究者のS. Ashhab博士らの理論的な研究は以前から知られていましたが、系統的な実験研究は今までありませんでした。

今回の成果

今回、研究グループは、図2に示すような超伝導回路を使って実験を行いました。微細加工技術を用いて作製された超伝導人工原子(図2赤枠内)は、原子と同等の量子的性質を持ちます。また、超伝導共振回路に光子を閉じ込めます。

観測できる状態やエネルギーの範囲を広げるため、新たに、二重共鳴分光法*4を用いて実験を行ったところ、これまでに人工原子で知られていたシフト量のおよそ100倍の巨大な光シフト(Lambシフト、Starkシフト)の観測に成功しました(図1、3)。

共振回路中の真空場との相互作用によって生じるLambシフトは、水素原子の2S1/2 準位と 2P1/2準位との微細なエネルギー差として発見され、その後、量子電磁力学(Quantum Electrodynamics)に飛躍的な発展をもたらし、現代社会を支えている精緻なエレクトロニクス技術の礎となりました。今回、深強結合領域において観測されたLambシフトの大きさは、水素原子で最初に観測されたエネルギーシフト量の割合と比較すると6桁(約218万倍)も巨大なものです。

一方、従来知られていたStarkシフトは、電場の強さ(光子数)に比例する原子準位の僅かな変化のことです(図3左のグラフ 黄色囲み部分)。今回、深強結合領域において観測されたStarkシフトは、桁違いに巨大で、共振回路中に光子がたった1個あるだけで超伝導人工原子の励起状態と基底状態(最低エネルギー状態)が反転してしまうほどです(図3右のグラフ内の紫色囲み部分及びその上の紫枠内の模式図)。

これらの巨大な光シフトの観測値は、共同研究者のAshhab博士らが導出した理論曲線と良い一致を示しました(図3右のグラフ)。また、今回の測定結果は、相互作用の強さや光子数をコントロールすることで、超伝導人工原子の自在なエネルギー制御が可能なことを示しています。

それぞれ、相互作用ゼロの人工原子(左上)の遷移エネルギーからの光シフト(Lambシフト、1光子及び2光子Starkシフト)を受ける。実線が理論曲線、黒丸、赤丸、青丸は測定結果を示す。左のグラフは、右のグラフの左隅の小さな緑色囲み部分の拡大図である。光シフトが100%を超えると原子の遷移エネルギーがマイナスになり、エネルギー準位の反転が起こる。グラフの横軸は、光子のエネルギーωで表した結合エネルギーである。右上、紫枠内の模式図は、右のグラフ紫色囲み部分での、光子と相互作用した人工原子の遷移エネルギー変化を示す。

(紫枠内・左) 共振回路中の真空場との相互作用で、原子の遷移エネルギーが減少している(Lambシフト)。

(紫枠内・中) 共振回路中に光子が1個あると、エネルギー準位の反転が生じ、人工原子の遷移エネルギーがマイナスになる(1光子Starkシフト)。

(紫枠内・右) 共振回路中に光子が2個あると、更にエネルギー準位の反転が生じ、人工原子の遷移エネルギーが再びプラスになる(2光子Starkシフト)

本研究における役割分担: NICTと早稲田大学は実験と解析、NTTは試料作製、QEERIと東京医科歯科大学は理論解釈をそれぞれ担当しました。

今後の展望

今後は相互作用の強さを自在に制御することにより、人工原子の高速制御や、測定に伴う量子状態への反作用を最小化する研究を進め、量子状態の精密制御や、量子通信の長距離化に必要となるノード技術への応用を目指します。また、この状態を用いた新たな量子もつれ*5生成方法などの研究を展開する予定です。

関連する過去の報道発表

2016年10月11日 光子と人工原子から成る安定な分子状態を発見~光と物質を操る量子技術に新たな可能性を拓く~

用語解説

  • *1 光シフト、Lambシフト、Starkシフト
    電磁場と相互作用している原子のエネルギーは、電磁場モード内の光子数に比例したエネルギー準位のシフトが生じ、Stark(シュタルク)シフトと呼ばれる。また、電磁場中の光子数が0でも、すなわち真空でも、電磁場モードの零点振動の効果を受けてエネルギー準位がシフトを受けることが知られており、Lamb(ラム)シフトと呼ばれる。人工原子と電磁場の相互作用は何桁も強いため、Starkシフトは電磁場モード内の光子数に比例せず、今回の実験から、図3に示す非線形な振舞いをすることが初めて観測された。Lambシフト、Starkシフトをまとめて(原子準位の)光シフトと称される。
  • *2 超伝導人工原子
    超伝導体を用いて作製された線スペクトルとみなせる原子のような離散エネルギー準位を有する量子回路。限定されたエネルギー範囲や温度範囲では、近似的に量子二準位系とみなすことができる場合には、量子ビットとも呼ばれる。ここでは、図2赤枠内に示す超伝導磁束量子ビットを指す。実際には、ナノメートルオーダの極薄絶縁体をサンドイッチした構造のジョセフソン接合と呼ばれる素子を複数個含んだ超伝導電気回路。ループを貫く磁束を変化させることで、おおよそ数GHz程度の範囲で量子二準位のエネルギー分裂の大きさを制御できる。エネルギー分裂が数GHz程度の超伝導量子ビットの場合には、動作温度として、おおよそ0.1Kより低温が必要となる。
  • *3 深強結合領域
    物質(原子)が光と相互作用している系における系を特徴付けるパラメータは、二準位原子の遷移エネルギー、光子のエネルギー、相互作用(結合エネルギー)である。これら3つのエネルギーのうち、結合エネルギーが最大となるパラメータ領域が「深強結合領域」と称される。自然の原子など通常の系では、結合エネルギーは小さく、3つのエネルギーの中で最小である。
  • *4 二重共鳴分光法
    異なる二つの遷移に共鳴する二つの周波数の電磁波を用いて観測する方法。ここでは、一つの周波数のマイクロ波で回路をドライブし、もう一つの周波数のマイクロ波の透過強度を測定した。測定用マイクロ波のみを使う場合と比べて、より広い周波数範囲の遷移やより高いエネルギー準位が関わる遷移の周波数を測定することができる。
  • *5 量子もつれ(entanglement: エンタングルメント)
    複数の粒子間に量子力学的な相関がある状態。量子もつれ状態にある2つの光子(電子、量子ビットなど)では、片方の状態が決まるともう一方の状態もそれに応じて決まり、その関係は粒子間の距離に依存しないといった特異な性質である。量子暗号、量子計算の実現に欠かせない量子状態間の存在様式であり、現在では積極的に活用されている量子系のリソースである。

掲載論文

  • 掲載誌: Physical Review Letters
  • DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.120.183601
  • URL: https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.120.183601
  • 掲載論文名: Inversion of qubit energy levels in qubit-oscillator circuits in the deep-strong-coupling regime
  • 著者名: F. Yoshihara, T. Fuse, Z. Ao, S. Ashhab, K. Kakuyanagi, S. Saito, T. Aoki, K. Koshino, and K. Semba

各著者の役割

仙場、吉原、青木が本研究を設計企画し、角柳、齊藤、布施、吉原、仙場が測定装置を設計し、作製しました。角柳、齊藤、吉原、布施が試料を作製し、吉原、アオが実験及びデータ解析を行い、Ashhab、越野、布施、吉原 が理論的な部分を担当しました。得られたデータの解釈と論文執筆は著者全員で行いました。

研究グループ

  • NICT  仙場 浩一、吉原 文樹、布施 智子
  • NTT   齊藤 志郎、角柳 孝輔
  • QEERI  Sahel Ashhab
  • 東京医科歯科大学 越野 和樹
  • 早稲田大学 青木 隆朗、 アオ ズチャオ

研究支援

本研究の一部は、科学技術振興機構 JST-CREST 「超伝導量子メタマテリアルの創成と制御」(研究課題番号:  JPMJCR1775、研究代表者: 仙場 浩一)、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(S)「巨視的量子系を用いた量子物理」(研究課題番号: JP25220601、研究代表者: 仙場 浩一)、基盤研究(C)「着衣状態エンジニアリングに基づく決定論的量子ゲートの開発」(研究課題番号: JP16K05497、研究代表者: 越野 和樹)及び文部科学省「博士課程教育リーディングプログラム」早稲田大学リーディング理工学博士プログラムによる支援を受けて行われました。

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/top/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる