ウエハー級品質の太陽電池用シリコン薄膜の作製に成功

10倍以上の成長速度で、製造コストの大幅低減に期待

要点

  • 従来の10倍以上の成長速度で太陽電池用高品質Si単結晶薄膜の形成に成功
  • ナノ表面粗さ制御技術により、結晶欠陥密度をシリコンウエハーレベルに低減
  • 単結晶Si太陽電池の発電効率を維持し、コストを大幅低減可能な技術を開発

概要

早稲田大学理工学術院の野田優教授は、東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の伊原学教授、長谷川馨助教らと共同で、結晶欠陥密度をシリコン(Si)ウエハーレベルまで低減した高品質単結晶Si薄膜を、これまでの10倍以上の成長速度で作製することに成功しました。原理的に原料収率を100%近くに向上できるため、単結晶Si太陽電池の発電効率を維持したまま、製造コストを大幅に低減することが期待できます。

伊原教授らは単結晶ウエハーの表面に電気化学的手法で2層のナノオーダーのポーラスシリコン(用語1)を作製。独自のゾーンヒーティング再結晶化法ZHR法、用語2)で表面荒さ0.2-0.3 nm(ナノメートル)まで平滑化した基板を使って高速成長させ、高品質の薄膜単結晶を得ました。成長膜は2層のポーラスSi層を使って容易に剥離できます。ZHR法の条件を変えて下地基板の表面粗さを低減すると、結晶薄膜の欠陥密度が徐々に減少し、最終的に約10分の1のSiウエハーレベルまで低減できました。わずか0.1-0.2 nm(原子数〜数十層レベル)の表面荒さが結晶欠陥の形成に重要な影響を与えることを示したもので、結晶成長メカニズムとしても興味深いものです。

研究成果は英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)ジャーナル「CrystEngComm」に2月15日に掲載されるとともに、同誌の表紙になることが決定しました。

研究成果

伊原教授らの開発した単結晶Si薄膜作製技術は原料収率を100%近くまで向上できる。このため、現在、太陽電池の多数を占める単結晶シリコン太陽電池並みの発電効率を維持したまま、高速成長による製造装置コストおよび薄膜化・高原料収率による原料コストを大幅に低減できる技術として期待できる。

具体的には①単結晶Siウエハー表面に2層のポーラスシリコンを作製②表面をZHR法で平滑化③その基板を使って高速成長させてSi単結晶薄膜を形成④ポーラスSi層を使って剥離―という手順だ。下地のSi基板は再利用もしくは薄膜成長用の蒸発源として利用でき、原料損失を大幅に低減できる。

背景

単結晶Si太陽電池は薄型化することにより、現状モジュールの約40%を占めている原料コストを大幅に低減できる。またフレキシブル化、軽量化による用途の拡大、設置コストの低減も期待できる。また、近年、化学的気相法(CVD)を用いたエピタキシー(用語3)、電気化学的エッチング(用語4)による2層の多孔度の異なるナノ構造を有するポーラスシリコン(Double Porous Silicon layer: DPSL)を用いたリフトオフ(剥離)による単結晶Si薄膜太陽電池は将来、競争力を持つとして注目されている。

リフトオフによる単結晶Si太陽電池の技術的課題は、①Siウエハーレベルの高品質なSi薄膜を形成すること②容易にリフトオフ可能なポーラス構造を持っていること③成長速度とSi原料収率を大幅に向上させること(成長速度によって必要な装置コストが決定)④リフトオフ後の基板を無駄なく利用できること―などであった。特に①のウエハーレベルの品質の実現のためには、ポーラスシリコン上に成長する結晶薄膜の品質を支配する主要因を明らかにして、制御する技術を開発する必要があった。

研究の経緯

東工大伊原研究室ではランプヒーターの高速走査により膜のみを高温熱処理及び再結晶化する手法を有し、表面熱履歴の制御による高結晶化の技術蓄積を持つ。帯域加熱は短時間での処理であり、大面積化にも対応可能な手法である。平滑なSiO2で挟み込む構造を作り、高速の帯域加熱(<10mm/sec)を行うことで、アモルファスSiを短時間で溶融再結晶化し単結晶Siの生成にこれまでに成功した(zone melting crystallization, ZMC)[1]。

この結晶成長では、SiO2/Siの固液界面にて安定結晶面が存在しメルト/固化の過程の局所的な安定性によって(100)配向し、“高速、シード無しの処理”でも単結晶Si膜の形成が可能となったと報告していた [2]。

さらに、これらの技術をポーラスシリコン基板の処理に適用し、処理条件をよりマイルドにすることで表面のみの構造変化を可能とする、ゾーンヒーティング再結晶化法(ZHR法)を開発した。これによって、容易にリフトオフ可能な構造と成長に必要な構造変化の両立が可能となった[3]。しかし、これらの構造変化と成長するSi薄膜の品質との関係は明かではなかった。

また、単結晶Si薄膜製造においてボトルネックとなるのが、成膜速度とSi薄膜へのSiの原料収率である。エピタキシーで主に用いられる化学蒸着(CVD)では製膜速度は最大で毎時数µm(マイクロメートル)であり収率は10%程度である。早大野田研究室では、原料Siを通電加熱で蒸発させる物理蒸着(PVD)において、原料温度をSiの融点(1414 ºC)よりはるか高温(2000 ºC)にすることで高いSi蒸気圧を得、毎分10 µmでSiを堆積できる急速蒸着法(rapid vapor deposition、 RVD)を開発した[4]。

今回の成果は、ZHRの技術によって、リフトオフ法の技術課題である①Siウエハーレベルの高品質なSi薄膜を形成すること②容易にリフトオフ可能なポーラス構造を持っていること―が実現できた。さらに、RVD法によって成長速度とSi原料収率を大幅に向上させることが可能であり、リストオフ後の基板をRVDの蒸発源として利用すれば、リフトオフ後の基板を無駄なく利用できるようになった。

[1] M. Ihara, S. Yokoyama, C. Yokoyama, K. Izumi and H. Komiyama, Applied Physics Letters, 79, 3809, (2001).

[2] S. Yokoyama, M. Ihara, K. Izumi, H. Komiyama and C. Yokoyama, Journal of The Electrochemical Society. 150, A594 (2003).

[3] A. Lukianov, K. Murakami, C. Takazawa and M. Ihara, Applied Physics Letters. 108, 213904 (2016).

[4] Y. Yamasaki, K. Hasegawa, T. Osawa and S. Noda, CrystEngComm 18, 3404 (2016).

今後の展開

今回の成果によって、リフトオフ法に用いるポーラスシリコン上に高速成長させる際の結晶としての品質向上の主要因を明らかにするとともに、その制御に成功した。今後は、より太陽電池性能に直結する薄膜のキャリアライフタイムの測定および、実際に太陽電池を作製して、技術の実用化を目指す。また、30%超の効率を持つタンデム型太陽電池用の低コストボトムセルとしての利用も検討する。

用語説明

  1. ポーラスシリコン:ナノメートルサイズの多数の細孔を持つシリコンで、電気化学的なエッチングによって作製する。
  2. ゾーンヒーティング再結晶化法(ZHR法):楕円状のミラーを使って線状に加熱しながら走査することで、線状の表面のみを順次、再結晶化させる技術。
  3. エピタキシー:下地基板の結晶構造を引き継ぐ結晶成長。
  4. 電気化学的エッチング:電圧をかけて電気化学的に酸化することで、エッチングをおこなう技術。

論文情報

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