「特集 Feature」 Vol.17 労働者の国際移動とスキルについて考察

国際移動研究
LIU -FARRER, Gracia(ファーラー グラシア)/国際学術院(大学院アジア太平洋研究科)教授

自由の象徴である「人の移動」を探究する

移民や移住など、国境を越える人々の移動(マイグレーション)について理論的かつ多角的に考察を行うのが「国際移動」の研究分野です。アジア太平洋研究科のファーラー グラシア教授は、国際移動の中でも特に日本をはじめとするアジア地域における人々の移動パターンに着目。ヨーロッパやアメリカの移動パターンとの違いなど、比較研究にも取り組んでいます。国際移動の現状について包括的な理解を深め、その成果を移民問題の解決や、移民政策の提言活動につなげていきます。

移民問題の解決策を探る

グローバル化が進む現代、国境を越えた人々の移動が活発になっています。一般的な労働力としての移動のほか、高度人材(高度専門職)の移動、転勤や留学による移動など、形態も多様です。この状況を受けて、人の移動に関する研究も世界中で盛んに行われています。そのなかで私は主に、日本で暮らす中国人移民や、近年では各国から日本に来る移民について研究をしています。
日本では最近、移民に関連した問題が起きています。2015 年にはベトナム人留学生が過労の末に死亡する出来事がありました。日本政府が「留学生30万人計画」を掲げる一方で、こうした痛ましい現実があるのです。また、日本は開発途上国から多くの外国人技能実習生を受け入れていますが、一部には過酷な労働環境に置かれる技能実習生もいます。その一方で、日本政府は海外から高度人材を呼び込みたいと考えているものの、なかなか定着に結びついていない問題もあります。こうしたさまざまな問題に対して、いったいどのような対策が可能なのかを探るためには、国際移動の現状を具体的に把握することが不可欠です。
これを踏まえ、私は異なるスキル・レベルの労働者の国際移動パターンや、外国人労働者のスキルに関する研究に着手しています。ここで言うスキルは、明確には定義しにくいもので、学歴や職業的専門性のほかにも、語学力、文化に対応する柔軟性、コミュニケーション能力など、さまざまな要素が含まれます。また、スキル・レベルは移動の過程でも高まっていくため、固定的なものでもありません。現在の研究プロジェクトでは、質的・量的研究の両方を駆使し、異なるスキル・レベルの人々の移動パターンを図式化することで、問題の包括的な理解を目指しています。日本や世界が直面する種々の移民問題の解決や、実効性ある移民政策の提言などに、研究の成果をつなげていく考えです。

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写真:自国に持ち帰るため金を選ぶインド人とバングラデシュ人の労働者

人に備わる「移動」への根源的欲求

国際移動を研究し始めたのは、私自身が人生で幾度も移動を経験してきたことが大きく影響しています。生まれ育った中国では、人々は「戸口(フーコウ)」という戸籍制度によって国内でも自由に移動はできず、特に農村から都市への移動は厳しく制限されてきました。そのため母と姉、私の3人は、上海に住む父と長く別々に暮らさなければなりませんでした。「なぜ人が自由に移動できないのか」という問いが幼い心の中に膨らみました。それと同時に、まだ見ぬほかの地域への好奇心も募りました。かつての私のような人が、今も中国の農村には大勢いるはずです。
その後10 歳のとき、上海で家族そろって暮らせるようになり、復旦大学を卒業後、アメリカのシカゴ大学に留学。教育学で修士号を取得した後、研究者である夫の日本赴任に伴って一緒に日本に移り住みました。それを機に、日本における中国人移民の研究に取り組み始め、シカゴ大学の社会学の博士課程へ。以来、人の移動についての研究をライフワークとしています。
これまで、中国の農村から都市へ、そしてアメリカ、日本へと移り住みながら、それぞれの土地で言語や文化、社会を学んできました。もしもこれらの経験がなければ、私は今とまったく違う人間になっていたでしょう。そして移動を経験するなかで、「人の移動」は自由の象徴の一つであり、人間の根源的な欲求であるという考えに至りました。移動は、貧困や人権侵害などの困難な状況から脱却する最も有効な手段となり得ます。それぞれの夢をかなえようと移動する人も多くいます。自由な移動は、すべての人に保障されるべき基本的な人権だと私自身は位置づけています。

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写真:シンガポールにあるインドの送金センター

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写真:寿司を提供するウイーンの中華レストラン

「移動する人」と「社会」の調和を目指して

研究に取り組む上で、早稲田大学アジア太平洋研究科の有利な点は、第一に、学生の7割を留学生が占める国際的な環境です。言語や文化的な背景も多岐にわたり、研究対象としても重要な意味を持ちます。学生たちが自身のバックグラウンドに関連した国際移動の課題に取り組むことで、研究の幅は大きく広がります。また、本研究科のもう一つの大きな利点であり、同時に早稲田大学全体の特色として挙げられるのが、学問領域の枠を超えた研究を進めやすい点です。本研究科のほかにも言語教育学、労働経済学などの分野で、国際移動に関連する研究に取り組む教員がいます。今後はさらに学際的な連携も進めたいと考えています。
日本人は移民を「遠い世界の話」のように捉えがちですが、そんなことはまったくありません。例えば築地市場で、あるいは解体工事現場で、新聞配達員として、実にたくさんの外国人が実際に働いています。彼らがすでに日本社会において重要な存在であることは間違いないでしょう。この先、労働人口の減少に直面する日本が、一定の経済成長を維持していくためには、外国人労働者を受け入れなければならないことは明らかなのです。移動する人と、受け入れる側の社会とが、どう調和し共存していけるか。現状をより良く変えていく方法は必ずあるはずだと信じ、研究に臨んでいます。今後、学内の移民研究センターの設立を目指すとともに、本研究科を拠点に、移民研究者の国内外ネットワークを築き、成果を社会に還元していきたいと考えています。

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写真:東京のネパール人学校

プロフィール

farrerprofLIU- FARRER, Gracia(ファーラー グラシア)
1993年復旦大学外国語学部卒業、2007年シカゴ大学大学院博士課程修了、博士(社会学)。東北大学社会階層と不平等研究教育拠点フェロー、お茶の水女子大学助教、一橋大学地球社会研究専攻客員教授、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科准教授を経て、2014年より現職。専門は、国際移動、社会階層論、グローバリゼーションなど。2014年度早稲田大学リサーチアワード受賞。
【URL】
https://www.waseda.jp/gsaps/about/faculty/liu-farrer-gracia/

主な研究業績
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