「特集 Feature」 Vol.15-2 国家責任に関する法制度の体系化をめざして(全2回配信)

国際法研究者
萬歳 寛之(ばんざい ひろゆき)/法学学術院(法学部)教授

外務省
中村 仁威(なかむら きみたけ)/外務省 国際法局 条約課長

国際問題に関与する実務家と研究者の課題

bannzaisennsei2-1kai

外務省の中村仁威先生は、法学部3年度行政(公共政策)関連科目において、国際法特論(安全保障)を担当されています。中村先生を本学に招いた萬歳寛之教授と国際問題に関与する際の課題について、国際法の実務家と研究者それぞれの立場からお話いただきました。

研究者と実務家の役割分担

萬歳 条約は、研究者にとっては研究テーマです。一方、外交の実務に携わる中村先生にとって、条約は「書く」べき対象ですね。条約の策定において、日本の対外政策を反映させるために、条約の法的側面と政策のバランスの取り方などは、どのように意識されているのでしょうか。

中村 外国との貿易を盛んにしたり、日本がこれからも平和で安定した国であり続けるために他国と協力し合おうとすれば、大事なことは必ず文書にします。その最たるものが条約です。おっしゃるとおり、私たち実務家にとって条約とは、日本にとって大事な政策を実現するために、積極的に書きに行くものだと思います。その際、世界各国の行動の積み重ねで作られた国際法の一般的なルールは、きちんと踏まえなくてはいけません。

萬歳 研究者の役割は、現実世界で起こっている事象の経緯、背景と現状を分析して、正確に叙述することです。これに対して、実務家は政策を実現するための手段として、条約を書きに行く。そんな実務家に、研究者の仕事はどのように寄与しているのでしょうか。

中村 一例を挙げましょう。世界のあちこちで、紛争やテロが起き、日本人も被害に遭っていて、この国に住む誰にとっても他人事ではありません。問題を解決するための最後の手段として、国際法違反を起こしている国や団体に対して武力行使がなされようとしている。それはどんな条件で、どんな範囲で認められるのか。日本はどんな態度をとるべきなのか……。日本はときどき、こんな難題に直面します。この種の国際ルールは、2度の世界大戦を経て、戦後も長い間をかけて、徐々に育ってきています。研究者の方々がそれを研究し、理論体系化する。私たち実務家は、その成果を学びながら、国としてとるべき方針を考える、そして政府が時に悩みながら決めた方針は、研究者の方々にとっての新たな研究対象になる……。こんな相互作用があるように思います。萬歳先生の著書でも、環境保護の国際法の不遵守に対して、各国が政治的なプレッシャーをかけることにより遵守を促す制度の発展を明快に説明されており、こうした成果は実務の世界からみても極めて重要なものです。

bannzaisennsei2-2kai

写真:メリハリのあるお話しぶりの中村仁威先生。萬歳教授の魅力を伺うと、「研究はもちろんですが、ひとりひとりの学生の将来を非常に真剣に考え、指導されているところ」と答えていただいた

萬歳 過去の問題について実務家が悩んだ内容や、国際社会全体で作ろうとした社会秩序の方向性などを、研究者が整理することで、将来の政治の暴走の歯止めや、実務を行っていく際の指針になるということですか。

中村 そうですね。国際法は、未だに「それは法なのか?」といった問題提起がなされる、特殊な法かもしれません。しかし、国際法は各国の行動を交通整理するルールであり、これなしに世界が安定し、人々の生活が守られることはあり得ません。研究者の方々が科学的な方法で各国の行動実績を整理・体系化し、各国に法として許容される範囲を示すのは、とても大切なことだと思います。

実定法による支配と、法の範囲外の事態への対処

萬歳 大きな概念として法の支配という言葉が使われる一方で、実定国際法が完備しているわけではありません。そうなると、例えば実定法が規定している範囲外で起こった事象に、どのように対応するかという問題が起こります。極端な場合は、政治的な暴走を止められなくなる怖れも出てきます。国際協力の現場などで、そうしたギャップを感じることはありますか。

中村 今まさにサイバー防衛の世界などが、そうした状況に当てはまりそうです。サイバー空間という概念は新しいもので、条約で言及された例もまだ少ないでしょう。まだ国際法のない空間なのだという主張もあります。しかし、そのような主張が認められれば、何をやってもよいということになりかねません。国際法は、サイバー空間においても役割を果たすことができるのであり、日本はそういう主張を行っていくべきでしょう。

萬歳 研究者は、実定法のような実際に証明できる対象以外には、なかなか手を出しにくい傾向があります。とはいえサイバー攻撃のように、現実に問題が起こっているにも関わらず、法が整理されていないからといって法学者が放置しておくこともできませんね。

中村 そうですね。どこの国でも実務家は、日々発生する出来事を解決していかなければならず、法の基礎となる部分についてじっくりと研究し、学術的な観点から日々の活動を振り返るゆとりを持ちにくいところがあります。実務家と研究者それぞれが、適切に役割分担しながら、二人三脚で進めていくのが望ましいでしょう。

bannzaisennsei2-3kai

写真:萬歳教授の著書を題材に国際法の在り方について議論が白熱!

「合意は維持されなければならない」というルールを掘り崩しかねない風潮への危惧

萬歳 国際法の根本となる考え方は「pacta sunt servanda(パクタ・スント・セルバンダ:合意は拘束する)」です。これに照らし合わせるなら、例えば昨年のブレグジットやアメリカでの新大統領就任に伴う動きをどう捉えるべきか。政府間の合意については、政権が変わっても安定して継続されることが、従来の前提でした。ところが昨今の国際社会では、世論に流されて合意が反故にされる傾向が見られます。それにも関わらず研究者の視野に、世論の力は分析対象としてなかなか入ってきません。とはいえ政策を実現する立場としては、世論の影響は外せないでしょう。実務に携わっておられる中で、世論が政府の意思決定に与える影響についてどのようにお考えでしょうか。

中村 幸い日本は世界でも例外的に民主制の安定した国ですが、ブレグジット以来の流れを見ていると、多国間であれ二国間であれ、民主主義による選択の結果次第では、pacta sunt servanda が現実に覆り得ることが明らかになっています。決して望ましい事態ではありませんが、現実問題として実際に起こる可能性があると受け止め、それを前提にして作戦を練るしかありません。

萬歳 たとえ民主主義とはいえ、多数派の意見がルールを乗り越えても良いときと、越えてはならない場合があると思います。この基準をどこに定めるのかについては、今のところ国際社会も模索している状態でしょう。ただ、こうした状況を放置した結果、pacta sunt servanda の価値そのものが揺らいでしまえば、国際法の根本規範が失われてしまいます。これは研究者と実務家どちらにとっても由々しき事態と認識すべきではないでしょうか。

中村 世界には力の強い国もそうでない国もいます。力による現状変更を認めてしまっては、弱肉強食になってしまいます。まさに萬歳先生がおっしゃるように pacta sunt servanda、合意は拘束する、そのルールがあまねく周知されていることは、世界の平和のために大切なことだと思います。たとえ民主主義に端を発していたとしても、国際秩序が「合意が拘束する」状況から離れていけば、結果的に多くの国が自分の首を絞めることになるでしょう。法の支配は、我々が声を大にして訴えていかなければならないと思います。

萬歳 国家責任を問う場合の根拠は、主権国家間の合意です。わかりやすく表現するなら「あの時約束したのだから、守らないといけないだろう」ということ。ところが一定時期の特定意見によって政権が吹っ飛び、国家のリーダーが変わってしまえば、国家の意思が吹っ飛んで合意が反故にされてしまう。こうした法秩序そのものが崩れてしまいかねない現状は、非常に憂慮すべき事態です。

普段、国際法に触れることのない読者へのメッセージ

萬歳 国際法や外交の世界は、日常生活とは縁遠いものかもしれません。けれども、例えば日本にミサイルが飛んできたり、地球温暖化の影響により農作物などに影響が出るとどうなるのか。普段は意識に上らないながらも、日常生活を支えている前提条件が脅かされる怖れもあるのです。その前提条件は、国際法を策定し、それを守ることで維持されています。国際法も、他のインフラ同様、暮らしを支えている基盤であることを意識してもらえれば見方が変わるのではないでしょうか。

中村 例えば、回転寿司で流れてくる寿司の魚の多くは輸入物であり、その価格に大きな影響を与える「関税」の中には、各国との条約で決まっているものがたくさんあります。あるいは日本を訪れた外国人観光客が日本の電気製品を「爆買い」してくれることにより経済が潤ったりしますが、知的財産権に関する国際法は、日本製品の競争力を守ってくれています。一方で、私たちが省エネを心がけ、CO2排出量を気にするようになった背景には、気候変動枠組条約などの国際法の規範意識があったように思います。つまり、国際法は私たちの日々の生活態度にまで影響するのです。世界との関わりなしには生きていくことができない日本は、国際法に守られ、国際法のおかげで豊かに過ごせている。そのことを知っていただきたいです。

bannzaisennsei2-4kai

bannzaisennsei2-5kai

写真:萬歳教授の教育(出典:上は韓国大使館訪問、下は国際法ゼミ(上下とも早稲田大学萬歳ゼミ 国際法&国際機構法(https://twitter.com/banzaiseminar)より抜粋)

☞1回目配信はこちら

プロフィール

banzaisennsei prof kai萬歳 寛之(ばんざい ひろゆき)
早稲田大学大学院法学研究科、博士後期課程中退。2003年駿河台大学専任講師、2006年同大学助教授を経て、2009年早稲田大学法学学術院准教授、2011年より法学学術院教授。研究キーワードは、法源論、国家の国際責任、軍縮・不拡散。

主な研究業績

著書

  • 「国際違法行為責任の研究 国家責任論の基本問題」、成文堂、2015年9月

論文

その他の論文はこちら

受賞

プロフィール

nakamurasennsei prof中村 仁威(なかむら きみたけ)
早稲田大学政治経済学部卒業、1992年、外務省入省後、外交官としてアメリカ大使館に駐在するなど日米安全保障分野に長く携わる。2017年1月より現職。大隈塾ネクストリーダープログラム1期生。法学部秋学期の「国際法特論(安全保障)」では,安全保障の世界で直面する日本の課題を,国際法や法律という武器を使って次々と解決していく技を講義。(なお,本サイトでの発言は,個人的見解を示すものであり,日本政府の公式見解ではありません。)

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/top/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる