「特集 Feature」 Vol.15-1 国家責任に関する法制度の体系化をめざして(全2回配信)

国際法研究者
萬歳 寛之(ばんざい ひろゆき)/法学学術院(法学部)教授

国際責任論の集大成『国際違法行為責任の研究』を語る

banzaisennsei1-12016年11月、早稲田大学法学学術院の萬歳寛之教授が、国際法研究の優れた業績を表彰する「安達峰一郎記念賞」を受賞しました。その対象となった著書『国際違法行為責任の研究』は、「国際違法行為に対する国家の責任に関する条文」(以下、国家責任条文)を策定する過程で国連国際法委員会が行った約40年に及ぶ議論を踏まえながら、国家責任法の体系化につとめたものです。日韓、日米など国際関係が揺れ動く中での国際違法行為責任の捉え方について、萬歳教授に伺いました。

(取材日:2017年1月7日)

国家の犯す違法行為とは

そもそも国際の「際」とは「間」を意味しますから、国際法の基本は、国と国の間の約束事となるわけです。ですので、国際違法行為責任の主体は、基本的に国家になります。しかし、国家自体は肉体を持っておらず、国家の行為は必ず誰か特定の人間の行動として表れます。従って、何を国家の行為とみなして、その行為がどのような条件を満たすと国際法違反となって責任を発生させるのか、国家責任固有の難しい問題があります。他方で、時に、国家だけでなく、個人の責任も問われることがあります。たとえば、どこかの国が侵略戦争を仕掛けた場合には、その意思決定を下した人物も裁かれる対象となります。また、国連決議にもとづく活動の結果、何らかの損害が発生した場合には、国連などの国際機構の責任が問われることもあります。

国際法上、国家の責任が問われるのは、何らかの義務違反が生じた場合です。義務違反とは、国際法による要請と現実に国家が取った行動との間に生ずるずれを意味します。
例えば、世界中どこの国においても大使館には不可侵権が認められています。仮に日本において、どこかの国の大使館に暴徒が攻め込むと予想される場合は、警察の配置などにより「相当の注意」をもって当該大使館を守る義務が日本政府には課せられています。もし義務を果たさないようなことがあれば、責任が発生することになります。

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写真:萬歳研究室にて。第49回安達峰一郎記念賞の受賞理由となった著書を解説してくださる萬歳教授。 戦前の外交官、国際法学者で常設国際司法裁判所(PCIJ)所長を務めた安達峰一郎の功績にちなみ、国際法研究の優れた業績を顕彰する第49回「安達峰一郎記念賞」贈賞式が東京都内で開かれ、『国際違法行為責任の研究--国家責任論の基本問題』(成文堂)の著者として萬歳寛之教授が表彰された。(出典:毎日新聞 デジタル毎日2016年11月22日 東京夕刊を一部改編)

明文化された条約と明文化されない慣習法

国際法は、国と国との約束事ですが、その主な種類―学問的には法源といいますが―には、条約と慣習法を挙げることができます。条約は国家間の約束事を明文化したものです。条約には、日米安全保障条約などの二国間の条約や、国連憲章のように世界のほぼすべての国に妥当するものもあります。気候変動に関して最近採択されたパリ協定も多国間の条約です。これに対して、明文化されていなくとも、すべての国が守らなければならない不文の慣習法があります。例えば、他国の国内問題への干渉を禁じる内政不干渉義務は慣習国際法の効力を持っている規則の典型です。

慣習国際法に関しては、アフリカ諸国が相次いで独立し始めた1960年代以降に大きな動きがありました。慣習法は不文法として存在するため、新興国のように書籍や資料が蓄積されていない国々では、何を以て慣習法とみなすのかが困難です。また、慣習法は、植民地支配を行ってきた西洋諸国に有利な内容をもっていました。こうした状況を改善するために、不文の慣習法の内容の成文化が強く求められるようになったのです。

国連国際法委員会での約40年の議論

不文法として存在していた慣習法を、条約として作り直す過程では、すべての国連加盟国に意見表明の機会が与えられます。この条約作成の際の意見表明に関しては、大国も小国もすべてが平等の立場で、一国が一票を投じます。こうして国際法委員会の草案に各国の意思が反映されることになるのです。

このプロセスの中核を担うのが国連総会であり、法典化の実務作業を行うための補助機関が国際法委員会です。具体的な作業過程としては、まず国際法委員会が毎年春に審議を行って草案をまとめます。その草案については、秋に開かれる国連総会、なかでも法律委員会としての第六委員会で討議されます。そこで第六委員会に所属する194カ国の代表から草案に対する公式コメントを受けます。寄せられたコメントを元に、国際法委員会は再度草案を練り直すのです。

この春と秋の年中行事を約40年も繰り返した結果、ようやく2001年に国家責任条文が採択されました。第二次世界大戦以降は、脱植民地化、冷戦の崩壊など、様々な大きな社会変動がありましたが、それが国際法にも影響を及ぼし、国際社会の中で、責任法の果たすべき役割に対する共通見解が、国家間になかなか醸成されませんでした。そのため、何と約40年もの時間をかけた議論をまとめた国家責任条文は最終的に採択されたものの条約化には至っていません。

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図:萬歳教授がEUでプレゼンしネットTVで世界に配信された「Symposium on the Future of EU-Japan Relations (2003version)」タイトルは「Joint Leadership on Global Challenges -Climate Change-」より引用(出典:萬歳寛之)

時間をかけて徐々に浸透し始めた国家責任条文

長い時間をかけて作られたにも関わらず、条約化されないのでは意味がないではないか。そう思われるかもしれませんが、採択後、十数年が経過する中で、各国が国家責任条文の一部を取捨選択して使い始めています。国際司法裁判所の判決を注意深く読めば、論拠に国家責任条文の一部が使われているケースが見つかります。国際司法裁判所が論拠に国家責任条文を使った事実を各国が認識すれば、その重要性は必然的に高まります。

こうして、緩やかにではありますが、国際社会や国際法に対する各国の認識は変化しており、その変化を受けて国際法委員会と国連総会による立法作業は今も続けられています。そうした刻々と変化する状況の中で、各国も国家責任条文の規定の取捨選択を行い、国際裁判所も国家責任条文を判断の根拠として採用する。こうした一連の流れを通じて、国家責任条文の一部が国際社会に受け容れられつつあります。その中には、拷問を行った者の不処罰を回避するために、この者の処罰や引渡しを怠った国があった場合、拷問の被害者が自国民でなくとも、一定の責任追及権を認めた国際司法裁判所の判決が出てきました。これは、2001年の段階では、国際法委員会の立法的な提案であったものを、国際司法裁判所が現行法として採用した重要な事例です。

国家責任法を体系的にまとめる

今回の「安達峰一郎記念賞」の受賞は、私にとって幸運の賜物というしかありません。まず2001年に国家責任条文がまとまるまでは、誰も体系的な研究に取り組むことはできませんでした。国際法委員会の作業には第一読会と第二読会がありますが、第一読会が長年かけて蓄積してきた議論の内容が不評で、第二読会のわずか5年で第一読草案の内容を大きく修正することになりました。第二読会の当時、国際法委員会の委員を務めていた山田中正・元インド大使が早稲田大学で特任教授をされていた関係で、博士後期課程の学生であった私を国際法委員会に連れて行ってくださったのです。指導教授の島田征夫先生も、それを後押ししてくださいました。

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写真:韓国国立外交院での会議。右端の女性は卒業生の尹智慧(ユン・ジヘ)さん(出典:萬歳寛之)

国家責任を専攻していた私は、以前の資料を読み込んでいたので基本的な知識は一通りありました。その上で、まさに現場の議論で何が問題点になっているかを目の当たりにできたのです。こうした基盤の上に、十数年経って判決が出揃ってきたこともあり、まだまだ全容を明らかにするには至っていませんが、けじめをつける意味で国家責任論の基本問題を体系的にまとめることにしました。

国際法委員会で交わされた議論を現場で拝聴していたため、相場観のようなものがあったのは確かです。運に恵まれ、早稲田大学ならではの人脈にも恵まれた結果が、受賞につながったことに深く感謝しています。

次回は、本学の教育にもかかわっておられる外務省の中村仁威(きみたけ)先生をお迎えし、萬歳先生と国際法についてご対談いただきます。

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プロフィール

banzaisennsei prof kai萬歳 寛之(ばんざい ひろゆき)
早稲田大学大学院法学研究科、博士後期課程中退。2003年駿河台大学専任講師、2006年同大学助教授を経て、2009年早稲田大学法学学術院准教授、2011年より法学学術院教授。研究キーワードは、法源論、国家の国際責任、軍縮・不拡散

主な研究業績

著書

  • 「国際違法行為責任の研究―国家責任論の基本問題」、成文堂・2015年 09月-

論文

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受賞

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