「特集 Feature」 Vol.4-3 建築防災の常識を覆せ!木造が火災に弱いのは宿命か?(全3回配信)

建築防災研究
長谷見雄二(はせみゆうじ)/理工学術院 創造理工学部 建築学科 教授

2020年東京オリンピックで防災バリアフリーへ

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1964年の東京オリンピックは、世界にむけて日本の国際化の新しいモデルを示すきっかけになりました。防災一筋に取り組んできた理工学術院 創造理工学部 建築学科 長谷見教授は、「2020年の東京オリンピックは、防災バリアフリーと建材再利用という新しいモデルを示すきっかけになってほしい」と言います。シリーズ最後は、災害大国・日本、そして東京のリスクと未来像についてお話していただきます。

 

 公共建築物を、木でつくる

建築防災の観点から、少し大きな話もさせていただくと、大都市・東京の開発スピードは異常とも言え、東京は潜在的にさまざまなリスクを抱えています。 まず、東日本大震災で露呈した東京の弱点があります。東京圏の人口は過密状態にありますが、避難路や迂回路は人口と比べて圧倒的に少ないという事実があります。地震そのものの被害は免れた高層ビルでも、高層階から地上への避難路は限られた面積の階段しか確保されておらず、避難が深夜までかかったところがありますし、道路という道路は大渋滞に巻き込まれました。

2020年の東京オリンピック開催が決まってからは、開発スピードにさらに拍車がかかっていますが、どこまで災害リスクが考慮されているのか疑問は尽きません。 災害大国・日本は、今、高齢化の高度成長期でもあります。もともと、災害で大きな被害を受けるのは、幼児や高齢者です。2020年、65歳以上の高齢者は3,500万人を超えると推計され、2025年には75歳以上人口が2,000万人を超えます。それを見据えて、高齢化を踏まえた防災対策の研究も続けています。

数年前(2012年)、都心のデパートで高齢者や障害者などの階段歩行困難者の調査を行なったところ、売り場によっては全体の1割近くと、総合病院の外来部門と変わらない結果になって驚きました。これだけの階段歩行困難者がデパートで買い物を楽しむことができるのは、ひとえにバリアフリー化が進んだからですが、災害が起きてエレベータやエスカレータが使えなくなると、これだけの人たちをどうやって避難誘導するのか――。高齢者がこれだけ増えた現実を踏まえると、バリアフリーにも災害の視点が不可欠です。

さらに、日本語の表示が読めない、日本語のアナウンスを聞き取れない外国人観光客も、災害が起きれば弱者になります。近年の観光立国推進の効果で訪日外国人は年間2,000万人に迫る勢いで、特に東アジア、東南アジアからの訪日客が増えています。 これらの国は奇しくも、日本の後を追うように高齢化の進展著しい国です。彼らが多数訪れるはずの2020年のオリンピックで、防災を考慮したバリアフリーな施設や空間を体験して頂ければ、後に続く国々のいいモデルになるはずです。当研究室では都市の防災についてさまざまな観点で研究をしています。

 

 

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図:『エスカレータを利用した避難時間計算法の構築と有効性の検証』 エスカレータを使用した避難モデル
(出典:日本建築学会大会学術講演梗概集,2012.9)

 

 

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写真:長いエスカレータの群集避難実験(出典:長谷見研究室)

 

 

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図:『オフィスビルを対象とした上階延焼危険検証法の適用に関する検討』 火災質温度と直上屋入射熱流束の時間推移
(出典:日本建築学会大会学術講演梗概集,2012.9)

 

 

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図:『大規模地下街における避難行動特性に関する実験研究』 地下街の出口タイプ
(出典:日本建築学会大会学術講演梗概集,2014.9)

 

 

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図:『災害時における中高層共同住宅の生活継続機能に関する実態調査』
(左)風呂の残り湯と水の受給状況 (右)避難生活での食料確保の方法
(出典:日本建築学会大会学術講演梗概集,2013.8)

 

 

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図:『改札外地下通路で接続するターミナル駅の災害時避難計画に関する研究』
避難者が集中すると思われる出口階段と火災想定 (出典:日本建築学会大会学術講演梗概集,2013.8)

 

 

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写真:韓国大邱の地下鉄火災の後、東京消防庁・東京メトロ・東京都交通局と協力して行った地下鉄駅の火災実験
(長谷見研究室提供)

 

そして、木造との関連でも、新しいオリンピックの形を示すことができないものかと思っています。木材は再利用がきわめて容易な素材です。オリンピックという一過性の強いイベントのために、鉄やコンクリートで恒久建築物をつくるのでは、後世に維持負担だけを残すことになりかねません。高齢化の後に続く人口減少も視野に入れ、関連施設を木造で建てたり、既存施設に木造を付加するなどして活用し、オリンピック後は解体して、日本各地で公共施設等に活用する──伊勢神宮の遷宮で解体されるお宮の木材が全国に出回って改めて神社になる、というようなものですが、そういうことが、技術的には十分可能です。

1964年の東京オリンピックは、世界中から集まった選手が競い合うのを、普及し始めたばかりのカラーテレビで眺めて、日本人が広い世界とつながる感覚を抱くきっかけになりました。それに対して、2020年の東京オリンピックは、高齢者から子供まで、世界中の人が日本の伝統を感じさせる空間で楽しむことで、これからの社会のモデルになってほしい――。長年、防災一筋に取り組んできた研究者のささやかな願いです。

 

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写真:にこやかに学生といっしょにポーズする長谷見教授。長谷見研究室にて

 

 

プロフィール

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長谷見雄二(はせみゆうじ)

1951年東京生まれ。1973年早稲田大学理工学部建築学科卒業、1975年同大学大学院理工学研究科建築工学専攻修士課程修了。同年建設省(現・国土交通省)入省、建築研究所研究員を務める。1982年早稲田大学にて工学博士を取得。1983年に米国務省国立標準技術研究所客員研究員を務め、1987年建設省建築研究所第五研究部防火研究室室長に就任。1997年に建築研究所を辞職、早稲田祭学理工学部建築学科教授となり現在に至る。専門分野は建築・都市の防災。

 

 

 研究業績

学内ニュース

 学術論文

 著書

  • Surface Flame Spread Chapter in SFPE Handbook on Fire Protection Engineering,Fourth Edition(2008), Fifth Edition(2015)
  • 災害は忘れた所にやってくる 安全論ノート――事故・災害の読み方(工学図書、2002)
  • 火事場のサイエンス~木造は本当に火事に弱いか~(井上書院、1988)
  • ホモ・ファーベルの建築史~アメリカ建築物語(都市文化社、1985)

 公職

  • 国土交通省社会資本整備審議会建築分科会基準制度部会委員
  • 東京都火災予防審議会 人命安全対策部会長
  • 総務省消防庁消防研究センター 火災調査高度支援専門員
  • 日本建築学会 理事・関東支部長
  • 日本建築学会 東日本大震災調査報告書編集委員長
  • 日本火災学会 理事・副会長
  • 日本火災学会 文化財火災対策専門委員会主査
  • 東京理科大学 客員教授
  • 一般社団法人 日本建築防災協会 理事
  • NPO法人 災害情報センター 監事
  • 公益財団法人セコム科学技術振興財団 評議員
  • 公益財団法人鹿島学術振興財団 評議員
  • 北海道立北方建築総合研究所 防耐火構造評定委員会委員長
  • 一般財団法人日本建築総合試験所 防火材料評定委員会委員長
  • 一般財団法人ベターリビング 防災性能評価委員会委員長
  • 一般財団法人日本建築センター 防災性能審査会副委員長
  • 日田市、黒石市、桐生市、遠野市、鎌倉市の伝建地区・文化財建造物関係審議会委員

過去の主な公職歴

日本学術会議連携会員(2005-2014)、文化庁文化審議会文化財分科会第二専門調査会委員(2005-2015)、日本建築学会副会長(2011-2013)、国際火災安全科学学会理事(1994-2014)・同副会長(2005-2008)

受賞歴

  • 1988年 1987年度日本建築学会賞(論文)
  • 1988年 第1回国際火災安全科学学会P.H.Thomas Medal of Excellence(優秀論文賞)
  • 1989年 建設大臣表彰(業績)
  • 1991年 日本火災学会賞
  • 1998年 第4回アジア・オセアニア火災科学技術シンポジウム優秀論文賞第一席 (共同受賞)
  • 1999年 国際火災安全科学学会H.W.Emmons賞
  • 2003年 第5回坪井賞(日本ツーバイフォー建築協会)
  • 2004年 第1回木の建築大賞(木の建築フォラム) (共同受賞)
  • 2005年 東京消防庁 消防行政協力章
  • 2009年 空気調和・衛生工学会論文賞
  • 2011年 Sjolin賞(国際防火研究機関長フォーラム)
  • 2015年 2014早稲田大学リサーチアワード(大型研究プロジェクト推進)

 

 

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