「特集 Feature」 Vol.4-2 建築防災の常識を覆せ!木造が火災に弱いのは宿命か?(全3回配信)

建築防災研究
長谷見雄二(はせみゆうじ)/理工学術院 創造理工学部 建築学科 教授

伝統木造建築を守る

1改

「研究の場を早稲田に移してからは、防災を建築に生かすことをそれまで以上に強く意識するようになった」と語る理工学術院 創造理工学部 建築学科 長谷見教授。教授はさらに、「オリンピック開催に向けて開発が進む東京は、防災上のさまざまなリスクを抱えている」とも指摘します。長谷見教授がいかにして、“常識”を超える見解に至ったのか、教授が指摘する東京のリスクとは何か――。長谷見教授の研究に迫ります。

 

伝統木造建築における防耐火性能の研究

1997年に研究の場を早稲田に移してからは、防災を建築に生かすことをそれまで以上に強く意識するようになりました。なかでも力を入れたのが、建築研究所時代にやり残した思いが強かった2つの課題です。

ひとつは、現代の視点に立脚した伝統木造の防災性能の見直しです。早稲田に移って間もなく、京都で数寄屋棟梁をされていた木下孝一さん(故人)と出会ったことが、この研究を具体的に始めるきっかけでした。

当時、関西で伝統工法に携わる人たちは、1995年の阪神淡路大震災で関西の伝統建築が大きな被害を受け、その将来に大きな危機感を抱いていました。ところが、伝統木造建築の防耐火性能については、基準も研究もほとんど手付かずで、災害に備えた大規模改修も覚束ない状況にありました。

この分野の研究がなされてこなかったのは、伝統木造ならではの特有の事情によります。住宅メーカーがつくる木造建築の場合、その会社の工法や業界共通の工法が防耐火性能を認定されれば、新たな市場をつくる可能性が広がります。そのため企業や業界として研究開発に取り組むモチベーションがありますが、伝統工法はどこかの企業が独自に開発した技術ではなく、職人のあいだで受け継がれてきた技術ですから地域による違いもあり、民間で研究投資意欲が湧きにくい背景がありました。

そういう空白地帯を埋めるべく、この研究に着手しましたが、職人の方々との共同研究はそれまで例がなく、研究資金の確保や研究の進め方などさまざまな苦労がありました。研究を進めることができたのは、各方面の多大なるご支援のおかげです。まず、2000年に木下棟梁が手弁当で試験体を作られ、我々が実験資金をやりくりし、耐火炉のある試験所にも協力して頂いて実物大の壁の防火性能と耐震性能の実験を行なったところ、非常に良い結果が得られました。それが民間財団に評価されて色々な条件で小型実験ができるようになり、土壁の防火性能が何で決まるのか、見通しがつきました。その成果をもとに、2002年には林野庁から、2003年には国交省から補助金を受けて実大規模の実験を系統的に進めることができました。

一連の成果は政策にも反映され、2004年に国交省から「伝統的工法による外壁や軒裏の構造方法」の告示が出され、歴史的意匠の伝統木造でも「防火構造」の外壁や、「準耐火構造」の軒裏をつくれるようになりました。

 

2 3

写真:(左)柔和な笑顔でお話し下さる長谷見教授。研究室にて (右)和やかなムードの研究室(提供:長谷見研究室)

 

 

 町の歴史を受け継ぐため、建築にできること

その延長で、いまは伝統木造で「準耐火建築物」をつくれるようにすることを目指しています。

先の「準耐火構造」と似た言葉ですが、「準耐火構造」は梁、柱など、個々の部材の性能であるのに対して「準耐火建築物」は、梁や柱、壁、軒裏を含む屋根、床、階段といった建築物の主要構造部がすべて「準耐火構造」でつくられていて、かつ、戸や窓など建築物の開口部のうち、延焼のおそれがある箇所に「防火設備」を使用した建築物のことです。「防火設備」の分かりやすい例は網入りガラスの防火戸などで、要するに窓、出入口等を炎が通るのを防ぐ設備を指します。2004年の国交省の告示により、伝統木造で「準耐火構造」の軒裏までつくれるようになりましたが、伝統木造では「準耐火構造」の開発が難しい部材もあり、それだけで純粋な伝統木造で「準耐火建築物」をつくれるようになったわけではありません。

 

4 5 6

写真:(左)京都の歴史的景観 (中央)京都祇園町南側地区の消火栓 (右)京都の伝統的町屋
(出典:日本建築学会大会学術講演梗概集,2012.9)

 

追加1

写真:大地震に相当する変形を与えた土壁の防火性能を調べる実験
(出典:長谷見研究室)

 

追加2

写真:大地震に相当する50分の1の変形を与えた後の伝統木造土壁試験体
(出典:長谷見研究室)

 

追加3

写真:伝統木造土壁[50分の1変形]の耐震性を調べる実験(出典:長谷見研究室)

具体的な取り組みとして、すでに、寺院に使われる太い広葉樹材の構造については準耐火構造の認定を受け、棟高さ13mを超える大規模な寺院も伝統木造で建てられるようになっています。また、京都等の伝統的な町家様式で、3階建ての「準耐火建築物」も実現したいと考えています。京都や金沢等の大規模な歴史的市街地は「準防火地域」ですから、3階建ては「準耐火建築物」でなければなりません。

歴史的市街地に調和する建物なら2階建て、つまりすでに実現した防火構造で良いのに、なぜ3階建てにこだわるかというと、それができるようになれば、町並みや町の生活文化を受け継いでいきやすくなるからです。たとえば2階建ての町家で代々続く商家に跡継ぎがおらずに店を閉めるような場合、商店がひとつなくなると町の賑わいも失われてしまいます。町の賑わいのために、そこで長年暮らしてきた人が店を別の人に譲り、どこか別の場所へ移り住むとすると、今度は町の歴史を受け継いできた生活文化の担い手が失われてしまいます。 町家を3階建てで改築することは、こうした損失を防ぐ手立てになりえます。1階部分を店舗として貸し出し、2階・3階で生活を続けていくことができれば、町の賑わいも生活文化も、どちらも次世代に受け継ぐ道筋が開けます。また、準耐火構造なら、福祉施設等、避難上、高い防火性能が必要な用途にも利用できるので、地域社会に必要な色々な施設を伝統木造で建てられるようになります。そういう施設は、地震後も色んな性能を維持できなければならないので、伝統木造で地震の影響を受け難くなるようにし、防火性能もあまり低下しないようにする研究もしています。

 

公共建築物を、木でつくる

もうひとつ、早稲田に来てから特に力を入れて取り組んでいるのが、火事に強い大規模木造建築の実現です。 建築研究所での木造の研究は、従来の市場の過半を占める住宅中心で、木造準耐火構造もほぼ住宅中心でした。しかし、準耐火構造は建物の崩壊に時間がかかるので、大規模施設や多数の人が集まるなど、避難上の理由から高い防火性能が必要な建築にも適しているはずです。木造で耐火構造にする道も開かれました。住宅なら壁、床等の個々の部材は小さいので、加熱試験で性能を検証した部材を組み合わせれば火災に強い建物になりますが、大規模木造は、壁や床、梁等が大きいため、防火性能の評価や技術開発には、もっと理論的な体系が必要です。鉄骨造等でも事情は同じですが、木造は部材が燃える分、問題がずっと複雑です。

2010年に「公共建築物木材利用促進法」が制定され、まず、学校で木造3階建ての基準を検討するための実験等を国家事業として行うことになりました。こういう研究をしていたのは私たちだけだったので、早稲田大学が事業代表者となり、2011年から3年かけて実物大の建物による火災実験等を行いました。その成果、2014年に建築基準法が改正され、避難安全上、木造3階にできなかった施設や、延べ床面積3,000㎡を超える大規模建築を木造で建てられるようになりました。実験は建物の火災実験としては世界的にも史上最大で、大規模建築ならではの火災性状の特徴が明らかになりました。住宅は面積の割に壁が多く、壁がひとつ失われたぐらいでは建物全体に大きな影響を与えませんが、学校等、壁の少ない建物ではそうはいえず、信頼度を高める設計や施工上の留意点が多いことなどです。

 

9

写真:木造3階建共同住宅火災実験点火後約3時間(建設省建築研究所, 1996) 各階の延焼が約1時間ごとに起こり、3時間かけて、建物の木材も燃えた状態で倒壊した。木造でも市街地火災を止められることを示し、以後、密集地区の新築の定番になった。計算で燃え方を予測できたことも成果となった。この火災実験によって、我が国における木造建築の防火の考え方が世の中でかわっていくとともに、コンクリート等別の材料と同等の「木質耐火構造」につながっていく。(長谷見研究室提供)

 

法改正後も部材の実験は続けており、学校の校舎とそれに類する公共建築物については、基準を満たす色々な仕様や設計法が開発されつつありますが、大規模木造のさらなる普及には課題もあります。つくり方や防災から見て、大規模木造は、木造住宅の単純な延長ではありません。多様な木造建築の防耐火性能をどのように確保するか、また、各地で、大規模木造の制度や技術が分かる人材をどう育てていくかなど……。こうした課題を今後克服していくには、業界や行政、研究者が一丸となって取り組んでいく必要があると思います。

 

10改

写真:京町家型準耐火建築物モデルの模型(出典:長谷見研究室)

 

次回は、建築防災の観点から、大都市・東京の潜在的な防災リスクについてお話します。

 

☞1回目配信はこちら
☞3回目配信はこちら

 

プロフィール

11改2

長谷見雄二(はせみゆうじ)

1951年東京生まれ。1973年早稲田大学理工学部建築学科卒業、1975年同大学大学院理工学研究科建築工学専攻修士課程修了。同年建設省(現・国土交通省)入省、建築研究所研究員を務める。1982年早稲田大学にて工学博士を取得。1983年に米国務省国立標準技術研究所客員研究員を務め、1987年建設省建築研究所第五研究部防火研究室室長に就任。1997年に建築研究所を辞職、早稲田祭学理工学部建築学科教授となり現在に至る。専門分野は建築・都市の防災。

 

 

 研究業績

学内ニュース

 学術論文

 著書

  • Surface Flame Spread Chapter in SFPE Handbook on Fire Protection Engineering,Fourth Edition(2008), Fifth Edition(2015)
  • 災害は忘れた所にやってくる 安全論ノート――事故・災害の読み方(工学図書、2002)
  • 火事場のサイエンス~木造は本当に火事に弱いか~(井上書院、1988)
  • ホモ・ファーベルの建築史~アメリカ建築物語(都市文化社、1985)

 公職

  • 国土交通省社会資本整備審議会建築分科会基準制度部会委員
  • 東京都火災予防審議会 人命安全対策部会長
  • 総務省消防庁消防研究センター 火災調査高度支援専門員
  • 日本建築学会 理事・関東支部長
  • 日本建築学会 東日本大震災調査報告書編集委員長
  • 日本火災学会 理事・副会長
  • 日本火災学会 文化財火災対策専門委員会主査
  • 東京理科大学 客員教授
  • 一般社団法人 日本建築防災協会 理事
  • NPO法人 災害情報センター 監事
  • 公益財団法人セコム科学技術振興財団 評議員
  • 公益財団法人鹿島学術振興財団 評議員
  • 北海道立北方建築総合研究所 防耐火構造評定委員会委員長
  • 一般財団法人日本建築総合試験所 防火材料評定委員会委員長
  • 一般財団法人ベターリビング 防災性能評価委員会委員長
  • 一般財団法人日本建築センター 防災性能審査会副委員長
  • 日田市、黒石市、桐生市、遠野市、鎌倉市の伝建地区・文化財建造物関係審議会委員

過去の主な公職歴

日本学術会議連携会員(2005-2014)、文化庁文化審議会文化財分科会第二専門調査会委員(2005-2015)、日本建築学会副会長(2011-2013)、国際火災安全科学学会理事(1994-2014)・同副会長(2005-2008)

受賞歴

  • 1988年 1987年度日本建築学会賞(論文)
  • 1988年 第1回国際火災安全科学学会P.H.Thomas Medal of Excellence(優秀論文賞)
  • 1989年 建設大臣表彰(業績)
  • 1991年 日本火災学会賞
  • 1998年 第4回アジア・オセアニア火災科学技術シンポジウム優秀論文賞第一席 (共同受賞)
  • 1999年 国際火災安全科学学会H.W.Emmons賞
  • 2003年 第5回坪井賞(日本ツーバイフォー建築協会)
  • 2004年 第1回木の建築大賞(木の建築フォラム) (共同受賞)
  • 2005年 東京消防庁 消防行政協力章
  • 2009年 空気調和・衛生工学会論文賞
  • 2011年 Sjolin賞(国際防火研究機関長フォーラム)
  • 2015年 2014早稲田大学リサーチアワード(大型研究プロジェクト推進)

 

 

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/top/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる