「特集 Feature」 Vol.4-1 建築防災の常識を覆せ!木造が火災に弱いのは宿命か?(全3回配信)

建築防災研究
長谷見雄二(はせみゆうじ)/理工学術院 創造理工学部 建築学科 教授

建築防災の常識の向こう側に挑む

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「木造でも火災に強い建築をつくれるし、不燃建築なら安全かというと、大変なビル火事も起こっている」 建築防災の専門家、理工学術院 創造理工学部 建築学科の長谷見雄二教授は、世の“常識”を軽々と超え、こう断言します。 教授はさらに、「オリンピック開催に向けて開発が進む東京は、防災上のさまざまなリスクを抱えている」とも指摘します。 長谷見教授がいかにして、“常識”を超える見解に至ったのか、教授が指摘する東京のリスクとは何か――。長谷見教授の研究に迫ります。

 

万能の素材は存在しない

私はもともと、ものの「燃え方」の研究に長く取り組んできました。専門的に言えば「火災性状」の研究です。 私がこの分野の研究を始めたのは今から40年前の1975年のことです。大学院で都市環境を研究した後、建設省(現・国土交通省)の建築研究所に入所してからこの道を歩み始めました。ちょうどその少し前、1972年に大阪の千日デパート火災、その翌年には熊本の大洋デパート火災と、死者100名を超える大規模火災が立て続けに起きていました。社会的にも政策面でも防災・防火の要請が強まっていました。

もちろん、それ以前から「防災・防火」の考え方はありましたが、ほとんど経験則だけで成り立っていたのが実情です。研究を始めて、この分野にも、計算で安全性を予測できるような理論の体系が必要だと感じました。建築の「構造設計」はすでにそうなっていました。同じことが火災安全でも必要だと考えるようになりました。 大学院で熱や流体を勉強していたことと、火災のリスクの根源は何といっても燃焼現象ということで、実験や伝熱・流体シミュレーションを通じて、火災がどう燃え拡がるのかを予測するための理論化に取り組みました。

 

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写真:木造3階建て学校火災実験(予備実験,2012)(出典:長谷見研究室)

 

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写真:『木造3階建て学校の実大火災実験(予備実験,2012)』 点火後37分の西側の熱映像
(出典:日本建築学会大会学術講演梗概集,2012.9)

 

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図・写真:『木造3階建て学校の実大火災実験(予備実験,2012)』 火災初期の壁面温度の継時変化
(出典:日本建築学会大会学術講演梗概集,2012.9)

 

この研究で指針になったのが、1960年頃にフィリップ・トーマス(Philip H. Thomas, (1927–2014))というイギリスの研究者が、流体の基本原理と思考実験だけで構築した火炎形状の理論です。発表された頃には実証する方法がありませんでしたが、焚火から市街地火災まで説明できそうだったので、理論にみあった実験方法を考案し、理論の視野に入っていなかった燃え拡がり現象や柱・梁等の防耐火設計のような応用も視野に入れて、燃えている物の条件から、火炎の形状や温度、燃え拡がり速度、建築部材が受ける熱等を数量的に予測できるように理論をまとめました。ここまで辿り着いたのは90年代半ばのことですが、そこで導いた数式やグラフは、今では、国際的に使われているハンドブック等に引用され、「火炎性状」のスタンダードとなっています。

研究を通じて見えてきたのは、「万能の素材は存在しない」というシンプルな事実です。 たとえば、不燃性の鋼材は火事に強いと思われがちですが、火災時には普通の700℃程度で強度をほとんど失ってしまいます。不燃性の耐熱材で覆ったり、熱を逃がす工夫をしてはじめて、鋼構造は火災に耐えられるようになります。工業的な材料も製造過程で加えられる熱のほとんどは燃焼由来なので、火に耐えられないのは自然といえば自然です。

可燃性の木材も、実は火事に耐えうる性質を備えています。というのも、木材は、燃えると表面から炭になりますが、炭は断熱効果が大きく、木材内部の温度上昇は遅れます。太い柱や梁では、この効果が特に大きく、設計次第では建物の可燃物が燃えている間、建築部材としての耐力を失わないようにすることができます。さらに、伝統木造建築で使われる土壁も遮熱性はコンクリートより優れ、類焼防止に活用できます。

日本は、木造建築で大きな火災を経験してきたことは事実ですが、このように見てくると、木造でも火事に強い建築をつくることはできる――。それが、「燃え方」を研究して辿り着いたひとつの科学的な結論なのです。

 

火事に強い木造建築をつくれ

建築研究所時代には、市街地火災をどう防ぐかの研究にも、燃え方という観点で取り組んでいました。 市街地での火災の広がり方を決めているのは、結局のところ個々の建物の燃え方です。江戸の大火や関東大震災、戦時中の空襲による火災の被害の大きさは、木造密集市街地での燃焼の激しさに原因があり、1950年に制定された建築基準法では、市街地に木造建築をつくることが厳しく規制されました。

都市部では、繁華街や幹線道路に面した場所など、都市計画上、延焼を防ぐ必要がある箇所は都市計画法で「防火地域」に指定され、鉄筋コンクリートに代表される不燃材料で建築をつくることが求められました。それを「耐火建築物」と言い、「法令に定められた時間の火災に耐え、鎮火後も構造が自立を保つ」ことが要求されます。

一方、低層の住宅が建ち並ぶ市街地は「準防火地域」に指定され、屋根の不燃化と敷地境界に近い外壁の「防火構造」が求められました。「防火」は「耐火」よりもゆるやかな条件で、外部火災からの延焼を防ぐのが目的です。現在、外壁をモルタルや不燃サイディングで仕上げた木造住宅が多く見られるのは、この規定があるからです。ただ、防火構造は、外壁だけの性能で、建物が炎上した時の激しさはそう変わりません。ものの「燃え方」が延焼にどう影響するか分かるようになるにつれ、激しく燃えない木造建築の開発や普及が重要だと考えるようになりました。密集地区では大体、地盤が軟弱なうえ、敷地・道路が狭くて、コンクリートや鉄骨では工事できない場合が多く、工事し易い木造を火事や地震に強くする選択肢が必要だと思ったからです。

 

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写真:(左)柔和な笑顔でお話し下さる長谷見教授。研究室にて  (右)実験に挑む長谷見教授(長谷見研究室提供)

 

木造の防火技術は1980年代に戸建て住宅中心にかなり進歩しました。それを受けて1992年に「準耐火構造」という考え方が建築基準法に導入されました。私は、研究所でその政策化を担当していましたが、これは、「法令に定められた時間、火災に耐える必要はあるが、鎮火後の構造自立は問わない」という条件の建築物です。 それまで「準防火地域」では、木造建築は「防火構造」でも一定規模以下の2階建てまでしか建てることができませんでしたが、この法改正の結果、より大規模な木造建築をつくる道筋が開け、集合住宅等では木造3階建てをつくることもできるようになりました。さらに、より規制の厳しい「防火地域」においても、一定規模以下の2階建てであれば、木造建築が法的に認められるようになりました。阪神淡路大震災翌年の1996年には、準耐火構造の大規模な共同住宅の火災実験を指揮しましたが、木造でも準耐火構造にすれば、市街地火災が迫ってきても延焼を食い止められることを実証し、これを契機に、火事に強い木造が可能という認識が広がりました。

続いて2000年には、建築基準法に「性能規定」の考え方が盛り込まれました。素材を問わず、一定の防耐火性能を満たせば良いという考え方です。これにより、「耐火構造」は不燃材料でつくらなければならない、という制約がなくなり、「防火地域」でも「準防火地域」でも、規模・高さの制限なく木造建築を建てられるようになる法的な土台ができました。

 

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写真:木造3階建共同住宅火災実験点火後約3時間(建設省建築研究所, 1996)(長谷見研究室提供)

 

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写真:木造ドームの高知駅。駅舎の火災でドームに引火しても自然鎮火して構造は影響を受けない(長谷見研究室提供)

 

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写真:屋根が引火しても耐火建築物の要求条件を満足する。高知駅の模型 (長谷見研究室提供)

 

技術的には、木造耐火建築物のハードルは高いですが、さまざまな技術開発の結果、今では、木造で4階までの「耐火建築物」をつくる技術が確立されました。木造の「耐火建築物」は、銀座など、大都市の中心にも建っており、もっと高層の木造耐火建築物の実現も目前まで来ています。

次回は防災と建築のつながりについてお話ししたいと思います。

 

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プロフィール

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長谷見雄二(はせみゆうじ)

1951年東京生まれ。1973年早稲田大学理工学部建築学科卒業、1975年同大学大学院理工学研究科建築工学専攻修士課程修了。同年建設省(現・国土交通省)入省、建築研究所研究員を務める。1982年早稲田大学にて工学博士を取得。1983年に米国務省国立標準技術研究所客員研究員を務め、1987年建設省建築研究所第五研究部防火研究室室長に就任。1997年に建築研究所を辞職、早稲田祭学理工学部建築学科教授となり現在に至る。専門分野は建築・都市の防災。

 

 

 研究業績

学内ニュース

 学術論文

 著書

  • Surface Flame Spread Chapter in SFPE Handbook on Fire Protection Engineering,Fourth Edition(2008), Fifth Edition(2015)
  • 災害は忘れた所にやってくる 安全論ノート――事故・災害の読み方(工学図書、2002)
  • 火事場のサイエンス~木造は本当に火事に弱いか~(井上書院、1988)
  • ホモ・ファーベルの建築史~アメリカ建築物語(都市文化社、1985)

 公職

  • 国土交通省社会資本整備審議会建築分科会基準制度部会委員
  • 東京都火災予防審議会 人命安全対策部会長
  • 総務省消防庁消防研究センター 火災調査高度支援専門員
  • 日本建築学会 理事・関東支部長
  • 日本建築学会 東日本大震災調査報告書編集委員長
  • 日本火災学会 理事・副会長
  • 日本火災学会 文化財火災対策専門委員会主査
  • 東京理科大学 客員教授
  • 一般社団法人 日本建築防災協会 理事
  • NPO法人 災害情報センター 監事
  • 公益財団法人セコム科学技術振興財団 評議員
  • 公益財団法人鹿島学術振興財団 評議員
  • 北海道立北方建築総合研究所 防耐火構造評定委員会委員長
  • 一般財団法人日本建築総合試験所 防火材料評定委員会委員長
  • 一般財団法人ベターリビング 防災性能評価委員会委員長
  • 一般財団法人日本建築センター 防災性能審査会副委員長
  • 日田市、黒石市、桐生市、遠野市、鎌倉市の伝建地区・文化財建造物関係審議会委員

過去の主な公職歴

日本学術会議連携会員(2005-2014)、文化庁文化審議会文化財分科会第二専門調査会委員(2005-2015)、日本建築学会副会長(2011-2013)、国際火災安全科学学会理事(1994-2014)・同副会長(2005-2008)

受賞歴

  • 1988年 1987年度日本建築学会賞(論文)
  • 1988年 第1回国際火災安全科学学会P.H.Thomas Medal of Excellence(優秀論文賞)
  • 1989年 建設大臣表彰(業績)
  • 1991年 日本火災学会賞
  • 1998年 第4回アジア・オセアニア火災科学技術シンポジウム優秀論文賞第一席 (共同受賞)
  • 1999年 国際火災安全科学学会H.W.Emmons賞
  • 2003年 第5回坪井賞(日本ツーバイフォー建築協会)
  • 2004年 第1回木の建築大賞(木の建築フォラム) (共同受賞)
  • 2005年 東京消防庁 消防行政協力章
  • 2009年 空気調和・衛生工学会論文賞
  • 2011年 Sjolin賞(国際防火研究機関長フォーラム)
  • 2015年 2014早稲田大学リサーチアワード(大型研究プロジェクト推進)

 

 

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