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Vol.12 神経科学(2/2)なぜ音楽は心を動かすのか?-鳥の歌と脳科学で解き明かす「模倣」に隠された文化の起源-/田中雅史准教授

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Thu 20 Nov 25

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Thu 20 Nov 25

早稲田大学 文学学術院田中雅史准教授をゲストにお届けするシリーズの後編では、先生の研究の原点となった自身の音楽体験と、「なぜ人によって好きな音楽は違うのだろう?」という素朴な好奇心が、どのようにして音楽心理学から鳥の研究、そして最先端の科学へと繋がっていったのか、その探求の軌跡を辿ります。

全く異なる種である鳥と人間。彼らが文化を学び、伝えていくプロセスには「模倣」という驚くべき共通点がありました。小鳥たちのさえずりをヒントに脳の仕組みを覗き見ることは、人間社会がどのように形作られてきたのか、その根源を理解することに繋がります。

タイトルが示す「答え」の先に広がるのは、純粋な好奇心こそが価値を持つという発見です。あなたの「知りたい」に火がつく、学問本来の熱量をお届けします。

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ゲスト:田中 雅史

2008年に東京大学文学部を卒業後、東京大学大学院人文社会系研究科で、網膜における側抑制の動作メカニズムについて研究し、2013年に博士(心理学)を取得。その後、アメリカのデューク大学医学部では、博士研究員として、鳥が歌を模倣するときに働く神経回路を探究した。2018年に帰国し、東北大学生命科学研究科の助教を経て、2020年に本学文学学術院へ専任講師として着任。現在は人を対象とした研究にも射程を広げ、音楽や鳥の歌がもつ不思議な魅力について研究している。

ホスト:城谷 和代

研究戦略センター准教授。専門は研究推進、地球科学・環境科学。 2006年 早稲田大学教育学部理学科地球科学専修卒業、2011年 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了 博士(理学)、2011年 産業技術総合研究所地質調査総合センター研究員、2015年 神戸大学学術研究推進機構学術研究推進室(URA)特命講師、2023年4 月から現職。

左から、城谷和代准教授、田中雅史准教授。<br />
早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリ)のスタジオで収録。<br />

左から、城谷和代准教授、田中雅史准教授。
早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリ)のスタジオで収録。

エピソード要約

研究者としての原点 ― 音楽への興味から鳥の歌へ
田中准教授が研究者の道へ進む原点には「音楽への強い関心」がありました。14歳で音楽を聴き始め、「自分が良いと思う音楽が他者にとっても良いとは限らない」という根源的な疑問から、音楽経験や人生経験の違いが「好み」を左右するのではないかという問いが、心理学・神経科学へと進む動機になりました。その後、鳥の歌に人間の音楽と共通点が多いことから、「文化はどのように生まれ、どのように継承されるのか」という問題に対して、研究を行っています。

-文理横断の探究 ― 文化、神経科学をつなぐ
文学学術院に所属しつつ、神経科学など理系の手法を積極的に活用する研究スタイルを特徴としている田中准教授は、文系学生が持つ「人間そのものへの深い関心」と、理系の「科学的手法による検証」を組み合わせることで、文理の垣根を越えた新たな探究が可能になると指摘します。鳥と人間の比較研究では、進化的に大きく異なる種でありながら、社会性や模倣による文化形成に共通点が見られることに注目しており、最終的には人間の文化の起源に迫る姿勢で文理横断の研究を進めています。

模倣研究が拓く未来 ― 文化の起源とこれからの学びへ
田中准教授は「模倣」を文化の根源的メカニズムとして捉え、人間だけでなく魚類など多様な生物の模倣行動を紹介しています。文化を支える脳科学の発展が、人間の日常的な疑問――「なぜ好きになるのか」「なぜ心が動くのか」――を解き明かす時代を迎えつつあるとお話され、模倣・文化・脳の研究を通じて、人間理解の新たな地平を切りひらく展望を語っています。

エピソード書き起こし

城谷准教授(以下、「城谷」):
『早稲田大学Podcasts:博士一歩前』。今回も村上春樹ライブラリー(国際文学館)2階のスタジオから、文学学術院シリーズをお届けします。前回に引き続き、田中雅史准教授をゲストにお迎えし、「鳥の歌から読み解く、文化の起源と行く末」をテーマにお話を伺います。後編では、田中先生が研究の世界へ進まれた経緯、文理を横断した研究の魅力、そして人間の学習の基本である「模倣」の先にある未来について、さらに深くお話を伺ってまいります。
田中先生、本日もよろしくお願いいたします。

田中准教授(以下、「田中」):
よろしくお願いします。

城谷:
後編ではまず、田中先生が研究者の道に進まれたきっかけについて伺いたいと思います。前編では、音楽や心理学への興味が研究者としての出発点であったとお話しいただきましたが、鳥の歌を観察する心理学者の道に進む決め手は何だったのでしょうか。

田中:
私はもともと音楽が好きで、音楽にまつわるさまざまな謎に向き合いたいと思い、研究を志しました。その過程で、鳥の歌と人間の音楽には共通点が多いことに気づき、その関係を探りたいという思いが、現在の研究につながっています。

城谷:
前編でも、先生が音楽に強い関心をお持ちだったことから研究に結びついたとお話しいただきました。そもそも、先生が「音楽がわからない、もっと知りたい」と思われた理由はどこにあったのでしょうか。

田中:
私が音楽を聴き始めたのは14歳頃で、最初はロックやメタルを中心に聴き、バンド活動もしていました。次第にクラシックや民族音楽など、より幅広いジャンルを聴くようになり、その過程で作曲にも取り組むようになりました。
その中で、「自分が良いと思う曲でも、必ずしも他の人が良いと感じるとは限らない」という点が大きな謎になっていったのです。音楽の好みはどこから生まれるのか――この疑問は、今でも私の根本的なリサーチクエスチョンの一つになっています。

城谷:
なるほど。他者の評価と自分の感覚の違いが、先生の問いの源泉になっているのですね。

田中:
はい。作曲を続けるうちに複雑な音楽に惹かれるようになる人は多いと思いますが、私もその1人です。一方で、一般的には長音階・短音階のような聴き慣れた旋律でないと興味を持ちにくいという傾向があり、その違いに不思議さを感じました。
音楽経験の違い、すなわち人生経験の違いが、好みを大きく左右しているのではないか。こうした問いが今の研究の動機づけになっています。

城谷:
先生が現在お持ちの研究テーマの一つとも言えるわけですね。

田中:
その通りです。鳥の研究でも、育った環境によって「文化圏」のようなものが形成されることがわかっています。現在の研究室ではヒトの音楽を教えた鳥がいて、育ての親が歌ったポップス調のメロディーを覚え、同じ文化圏で育った鳥の歌を好む傾向が見られます。
こうした経験が脳をどのように変え、どのように好みが形成されるのか――これを明らかにすることが、今後のプロジェクトの一つです。

城谷:
ありがとうございます。続いて、先生は博士号取得後、アメリカのデューク大学でポスドク研究をされ、最先端の神経科学を用いた研究に取り組まれました。心理学から分野を越えて探究する中で、どのような発見や面白さがあったのでしょうか。

田中:
アメリカは研究体制が大きく異なり、何より研究費が非常に大きい点が印象的でした。私が所属した研究室では年間数億円規模の研究費があり、日本と比較しても何倍もの規模でした。
そのため、2光子顕微鏡や、ドーパミンに結合して光る分子のような新しいツールなど、最先端の研究装置を使う機会がありました。こうした技術でなければ見えてこない現象が多く、非常に刺激的な経験でした。

城谷:
アメリカでは新しい計測指標や技術開発も進んでいるのでしょうか。

田中:
はい。アメリカは神経科学発展の中心地であり、研究者の数も多く、新しい技術開発が非常に盛んです。

城谷:
ありがとうございます。先生は現在、文学学術院に所属されつつ、理系的手法を取り入れた研究も行われています。文理を超えて探求することの面白さや、これからの時代における重要性について、どのようにお考えでしょうか。

田中:
理系の科学的手法は、真実を明らかにする上で非常に強力です。一方、文学学術院の学生と接していると、技術的背景がなくとも強い好奇心を持つ学生が多く、その出発点が研究にとても重要であると感じます。
本来、文系は人間の営み、理系は自然現象を扱うという区別がありましたが、現在では人間も自然の一部と捉えられ、文理の境界はかつてほど明確ではありません。そうした状況で、文理を横断しながら探求することの意義はますます高まっていると感じます。

城谷:
文学部の学生にはどのような姿勢を身につけてほしいとお考えですか。

田中:
文学部の学生は、人間の個性について深く考える傾向があります。一方で、理系分野では装置操作や専門知識など技術が重視されがちで、好奇心から出発する研究姿勢が育ちにくい面があります。
分野の枠を越え、自分の「知りたい」という感情を起点に研究を組み立てる姿勢を大切にしてほしいと考えています。

城谷:
講義の中で自然科学に触れる機会を提供されているとのことですが、分野横断的な学びを通じて学生にどのような視点を持ってもらいたいと考えていますか。

田中:
文学部の学生は、人間の心や個性に関心を持っていても、その背後にある仕組みまでは考える機会が少ないことがあります。自然科学の手法に触れることで、心の不思議を少しずつ理解できるようになる。その視点は文理を超える上で非常に重要だと思います。
音楽の研究でも、謎を解明しても新たな謎が生まれ続けます。もし音楽の謎がすべて解明される日が来れば、音楽は役割を終え、次の文化が生まれるのかもしれません。それほど文化は深く、そして変化し続けるものだと感じています。

城谷:
ありがとうございます。さて、先生は近々「模倣」をテーマにしたご著書を出版されると伺っています。私たちの学習の基本でもある模倣ですが、先生が研究に用いている「模倣」は、一般的な文化継承とどのように異なるのでしょうか。また、模倣とはどのように定義されるのでしょうか。

田中:
模倣とは、他者の行動を真似ることを指します。「真似」とほぼ同じ意味で使っています。模倣が文化にとって非常に重要であるというのは、よく知られていることです。
たとえば、私たちが言語という文化を学習する際、まずは親の発話を聞き、その発音や舌の動き方を真似することから始まります。音楽についても同様で、上手に演奏できる人の動きを何度も観察し、それを模倣することで習得していきます。
このように、模倣なしに文化を伝えることはほとんど不可能と言ってよいと思います。模倣によって文化が支えられているという点から、「文化はどこから生まれてきたのか」「人類の複雑な文明はどのように成立したのか」といった問いにもつながっていきます。考古学の証拠だけではなかなか解明できませんが、模倣の能力がどのように生まれたかを探ることで、文化の起源にも迫れるのではないかと考えています。

城谷:
ありがとうございます。話題は少し戻りますが、先ほどの「考古学」のお話について伺いたいと思います。先生のご研究は自然科学的手法を取り入れているとのことですが、考古学をはじめ周辺分野へのフィードバックや学際的なインタラクションについてはいかがでしょうか。

田中:
考古学は分野として距離があるため、学会などで直接意見交換する機会は多くありません。ただ幸いにも、現在の研究費のプロジェクトの一つで考古学の先生方と共同研究を進めており、そこで多くの示唆を得ています。
たとえば土器の形状がどのように変化してきたかといったデータを考古学者の方々は豊富にお持ちで、それらが「文化がどのように伝わり、どの特徴が残りやすいか」といった文化伝達の仕組みを理解するうえで大きなヒントになります。これまで考えてこなかった新たな問題意識をいただくことができ、非常に刺激を受けています。

城谷:
ありがとうございます。では、先生が近々出版されるご著書について、どのような内容になるのかお聞かせいただけますか。

田中:
模倣が文化の根源的なメカニズムである可能性を軸に、さまざまな動物の模倣行動について解説しています。
模倣の定義は研究者によって幅があり、「どこまでを模倣と呼ぶべきか」が不明確な場合もあります。たとえば、海の中で魚が仲間の動きに合わせて行動を変える現象を模倣と呼べるのかどうかは、生物学者の間でも意見が分かれています。
私は「同じような動きをすれば、一種の模倣と捉えられる」と考えています。こうした原始的な模倣まで視野に入れることで、「最初の模倣を可能にした神経回路の原型は何か」といった問いにも触れています。そうした原点を考察する内容になっています。

城谷:
模倣の原点を探るご著書とのことで、さまざまな分野の方が楽しめる内容だと感じます。先生としては、どのような読者に読んでもらいたいとお考えでしょうか。

田中:
先ほどの魚の例にもあるように、生物学を学んでいる方々には、これまで模倣とは考えてこなかった現象を「模倣」と捉え直す視点を提供できれば嬉しいです。
また、言語や音楽、道具など、文化一般に関心をお持ちの方にも読んでいただきたいと思っています。文化が模倣によってどのように支えられ、どのように発展してきたかを考える手がかりになればと期待しています。人間という存在がどこから来たのかという根源的な問いに興味のある方にも、ぜひ手に取っていただければと思います。

城谷:
ありがとうございました。では話題を先生の研究に戻して、鳥とヒトの共通点について伺います。とくに「鳥では分からないこと」について、お考えをお聞かせください。

田中:
鳥とヒトは進化的に大きく離れており、外見も生態も全く異なります。ヒトは飛べませんし、脳の構造も大きく違います。しかし興味深いのは、こうした違いがあるにもかかわらず、多くの共通点が存在することです。
たとえば、鳥は視覚と聴覚に非常に優れており、見ること・聞くことを通じて世界を認識します。これは音声によるコミュニケーションを可能にする基盤となります。一方、マウスやラットは嗅覚を中心に世界を捉えているため、この点は大きな違いです。
また、複雑な歌をさえずるソングバードは、幼少期に親鳥による養育が不可欠です。生まれながらに他者を必要としており、その結果として社会性が強く、社会的絆を基盤とした文化が育まれる土壌があると言えます。
もちろん、鳥とヒトは遺伝的に大きく異なるため、鳥を研究するだけでは解明できないことは多くあります。鳥で見つかる神経回路がヒトに存在しないこともしばしばです。「鳥で分かったことが、ヒトの何につながるのか」と疑問を持たれるのは当然だと思います。
それでも、まったく異なる生物が似たような文化的行動を示すという点は「収斂進化」として非常に面白い現象であり、生命の不思議を理解する手がかりになります。鳥の文化生成の仕組みがわかれば、人間が特殊な文化を形成してきた起源についても、ヒントが得られるのではないかと期待しています。

城谷:
ありがとうございました。最後に番組の締めくくりとして、先生のリサーチクエスチョンと今後の展望についてお聞かせください。

田中:
私は、人間の複雑な文化がどこから生まれたのかに強い関心を持っています。特に音楽について、なぜ文化ごとに異なるジャンルが発展し、なぜ人はそれを好み、演奏し、次世代に継承するのか。
そうした文化の機能を理解することで、「なぜ今この曲が流行っているのか」「なぜ音楽を聴くと気分が変わるのか」といった心の不思議にも迫れると考えています。こうした問いを明らかにすることが今後の大きな目標です。

城谷:
ありがとうございました。それでは、今日お聴きいただいたリスナーの皆さまへ、最後にメッセージをお願いいたします。

田中:
私が研究しているのは、音楽などの文化を支える脳の仕組みです。脳科学・神経科学はここ数年で目覚ましく発展し、人間の心の不思議を解き明かす時代が到来しつつあります。
「なぜこの人が好きなのか」「なぜうまくいかないのか」といった日常の疑問が、自分の身体と経験の積み重ねの結果どのように生まれてきたのか――これから多くの発見が期待される分野です。
興味をお持ちの方は、ぜひ書籍や研究室の成果に触れ、関心を広げていただければ嬉しいです。

城谷:
ありがとうございました。『早稲田大学Podcasts:博士一歩前』。今回は田中雅史准教授をお迎えし、「鳥の歌から読み解く、文化の起源と行く末」をテーマにお話ししました。
収録を終えてのご感想をいただけますか。

田中:
今日はありがとうございました。研究者以外の方と自分の興味についてお話しする機会は多くないので、とても楽しい時間でした。現在、模倣をテーマにした本を執筆していますので、ぜひ出版を楽しみにしていてください。ありがとうございました。

城谷:
田中先生、本日はありがとうございました。次回のエピソードもぜひお楽しみに。

田中:
ありがとうございました。

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