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Thu 18 Sep 25

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Thu 18 Sep 25

今回と次回の二回にわたって、早稲田大学法学学術院肥塚肇雄教授をゲストに、「法のフロンティア:AI社会の「安全網」を設計する ~賠償と保険の未来~」をテーマにお届けします。

 

「先端科学技術と法」を専門とし、VR空間を活用した“実験する法学”を実践する肥塚教授が、メタバース空間でのハラスメントやなりすまし、デジタル資産の所有権など、いまだ制度が追いついていない課題を明らかにします。

 

また、かつて幸福や豊かさの象徴だった「所有」という概念が揺らぎ、サービスを利用”する時代へ。この大きな価値観の転換は、私たちの生活の基盤と“安心”のあり方をどう変えていくのか。 テクノロジーの進化が加速する今、未来の社会を支えるルールメイキングの最前線を、法学の視点から紐解きます。

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ゲスト:肥塚 肇雄

1984年中央大学法学部卒業。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了、慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了。香川大学法学部助教授・教授、放送大学客員教授、明治大学自動運転社会総合研究所客員研究員などを経て、2023年より早稲田大学法学学術院・法学部教授(任期付)。専門は保険法・交通法・自動運転関連法。
日本保険学会理事長、国際保険法学会(AIDA)理事、日本交通法学会理事、公益財団法人交通事故紛争処理センター判例調査専門委員、日本賠償科学会監事などを歴任。自動運転・遠隔医療に関する法的課題にも精通。
著書:『保険法講義(第3版)』(弘文堂、2024)、『交通損害の法実務と課題』(有斐閣、2022)、『自動運転と法』(共編著、商事法務、2020)

ホスト:島岡 未来子

研究戦略センター教授。専門は研究戦略・評価、非営利組織経営、協働ガバナンス、起業家精神教育。
2013年早稲田大学公共経営研究科博士課程修了、公共経営博士。文部科学省EDGEプログラム、EDGE-NEXTプログラムの採択を受け早稲田大学で実施する「WASEDA-EDGE 人材育成プログラム」の運営に携わり、2019年より事務局長。2021年9月から、早稲田大学研究戦略センター教授。

左から、島岡未来子教授、肥塚肇雄教授。<br />
早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリ)のスタジオで収録。<br />

左から、島岡未来子教授、肥塚肇雄教授。
早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリ)のスタジオで収録。

エピソード要約

メタバースと法の新たな課題
メタバースは、インターネット上に構築された仮想3D空間で、アバターを通じて交流やイベント、買い物など現実に近い体験が可能です。肥塚教授は、自身のVR体験を例に、現実では困難な体験を可能にする点にメタバースの魅力を見出している一方で、国境や性別などの制約がなく、自由度の高い存在のあり方がある世界の中で新たな倫理問題が生じる可能性があると指摘。体験を通じて問題を検討する重要性を強調しています。

-所有権の変化とテクノロジー
従来の社会では所有権が流通と生活の安定を支えてきましたが、デジタル化や生成AIの活用により「所有から利用へ」の流れが加速しています。肥塚教授は、iPS細胞や人工臓器などの新たな技術に伴う法的課題を例に、デジタル化による新たな世界における従来の所有権の概念との関係性を指摘。身体や情報に関わる権利など、これまでとは異なる柔軟な視点でその在り方を再考さる必要がでてくると述べています。

-スマートシティと保険・プライバシー
スマートシティでは、交通、医療、防災、決済などの各データが連携され、利便性の向上が期待されます。しかし、データ連携の不具合や未整備による事故・犯罪の責任が問われる場面も想定され、従来の保険制度のあり方にも影響が予想されます。肥塚教授は、このような社会では利便性とリスクの両面を抱えた生活が不可避であり、プライバシーの制約やデジタル災害の可能性など、新たな法的・倫理的課題を考慮する必要性を強調しています。

エピソード書き起こし

島岡教授(以下、島岡):
本日も、早稲田大学早稲田キャンパス内にある村上春樹ライブラリー(国際文学館)2階の収録スタジオから、前回に引き続き法学学術院シリーズをお届けします。
今回と次回の2回にわたり、早稲田大学法学学術院の肥塚肇雄教授をお迎えし、「法のフロンティア:AI社会の『安全網』を設計する ~保険と賠償の未来~」と題して、新たなテクノロジーと社会の間に生じる法的な課題について伺ってまいります。肥塚先生、本日はどうぞよろしくお願いいたします。

肥塚教授(以下、肥塚):
よろしくお願いいたします。

島岡:
まず初めに、先生のプロフィールをご紹介いたします。
肥塚肇雄先生は、早稲田大学および慶應義塾大学の大学院で法学を修められ、さらに米国コネチカット大学にて保険法学の修士号を取得されました。その後、下関市立大学経済学部教授、香川大学法学部教授を歴任され、現在は早稲田大学でご活躍されています。ご専門は自動運転やMaaS、メタバースといった先端科学技術と法規制の新たな在り方を探求する分野であり、日々進化するテクノロジーを社会が安全に受け入れるためのルール作りに取り組んでおられます。
それではまず、先生の研究分野の概要と、本収録にあたり一言いただけますでしょうか。

肥塚:
はい。私の研究は、商法の一分野である保険法を出発点としています。身近な例でいえば、生命保険や自動車保険がありますが、その中でも損害保険、特に自動車保険から研究を始めました。研究を進めるにつれて社会にデジタル化の波が浸透し、新聞やメディアでも自動運転といったテーマが注目されるようになりました。その中で、保険は先端科学技術と非常に相性の良い分野であると実感するようになりました。

例えば生命保険の分野においては、iPS細胞を豚の細胞と組み合わせ、将来的に臓器移植への応用が視野に入っています。こうした先端技術に伴うリスクをどのように捉え、制度設計していくのかという点は重要な課題です。現在は、保険法を基盤としながらも、さらに踏み込み、「先端科学技術と法」という形で研究を進めているところです。

島岡:
ありがとうございます。先生の研究の方向性と問題意識を端的にご紹介いただきました。さて、今回のテーマは「法のフロンティア」ということで、まずは近年頻繁に耳にする「メタバース」について伺いたいと思います。
メタバースとは、インターネット上に構築された仮想の3D空間を指し、利用者はアバターを通じてその空間に入り込み、交流やゲーム、イベント参加、買い物など、現実に近い体験を行うことができます。法学の分野でも大きな関心を集めていると伺いますが、どのような観点から注目されているのか、先生のお考えをお聞かせください。

肥塚:
私自身の体験を交えてお話しいたします。実は『Meta Quest 2』(当時はOculus Quest 2)というVRゴーグルを入手し、それを装着してエベレストの山頂に登る体験をしました。自宅の部屋に居ながら、360度の映像で山頂の風景を体感でき、本当に感動いたしました。
現実に私がエベレストに登るのは身体的に困難ですが、メタバースの世界では物理的制約を超えることが可能です。現実世界では実現できないことを可能にする点が、メタバースの大きな魅力だと考えています。

島岡:
なるほど。メタバースは新しい可能性を開く空間ですが、それと先生のご研究分野はどのように結びつくのでしょうか。

肥塚:
第一に、メタバースは先端科学技術によって生み出された仮想空間の一つであり、その点で研究対象となります。法学的には、メタバース空間における法の在り方はまだ確立されていません。国境や性別といった物理的制約が存在しない中で、どのように法の制度設計を行うのか、大きな課題です。
また、メタバースは従来の現実空間とは異なり、利用者は自由にアバターを選び、例えば若い少女や動物、さらには無生物にさえなることが可能です。こうした多様な存在のあり方は、体験してみなければ分からない視点を与えつつも、新しい問題を提示します。典型的なのがハラスメントの問題です。現実世界とは異なる形態のハラスメントが生じる可能性があり、実際に体験して検討することが重要だと考えています。

島岡:
先回りをして考えるということですね。非常に興味深いお話しだと思います。
では次の話題に移りたいと思います。今度は仮想空間といった新しい世界の話から一歩進め、社会の根幹に関わる、当たり前と思われてきたルールが揺らいでいるというテーマについて伺います。
先ほどは個人のお話をいただきましたが、これまで100年以上にわたり私たちの社会を支えてきた「所有権」という考え方が、現在揺らいでいると耳にしました。本当でしょうか。

肥塚:
そうですね。非常に大きな問題提起だと思います。産業革命以降、社会が工業化するなかで流通を支えていたのは所有権でした。日本でいえば高度経済成長期、大量生産・大量消費の時代には、原材料を購入し、それを工場で加工して同じ規格の商品を大量に生産し、小売店を通して消費者が購入する。この一連の流れを通じて、所有権が絶えず流通していたわけです。
その仕組みを支えるために、高速道路や新幹線、港湾、空港といった物流インフラが整備されました。そして高度経済成長を経てバブル経済を迎えましたが、バブル崩壊とともに大量生産・大量消費の時代は終わりを告げました。
一方で、デジタル化が進展し、個人のライフスタイルや思考に合った商品を提供できるようになりました。いわゆる「デザイン思考」に基づき、顧客ニーズに合致した商品やサービスを企業が提供する流れが加速しました。さらに生成AIの活用も広がり、所有から利用へという流れのもと、サブスクリプションやシェアリングエコノミーといった新しい仕組みも登場しました。
こうして所有権が果たす役割は相対的に低下し、特に大衆的な観点では「所有しなくてもよい」という発想が広がりつつあります。その一方で、所有権は生活の安定を支えてきた側面もあります。土地や住宅といった資産は、万一の際の「生活の砦」として機能してきました。それを放棄するという考え方には、私自身も懸念を抱いています。
また、メタバース空間において土地の売買が話題になっていますが、データ空間に「所有権」を認められるのかという疑問もあります。有体物でなければ本来は所有権を設定できません。それにもかかわらず「デジタル所有権」という新しい概念が生まれつつあるのは興味深い動きです。

島岡:
AIを組み込んだツールや、自分の細胞から作られた人工臓器などもありますよね。こうしたものは一体誰の所有物になるのか、法的にも難しい問題だと思います。

肥塚:
おっしゃるとおりです。自己の身体に結びついた臓器に関して、他者に対して「これは自分のものだ」と所有権を主張する場面は通常ありません。しかし、例えばiPS細胞と豚の臓器を組み合わせて自分の体内に移植するようなことが実現すれば、その臓器は購入という取引を経ていますから、所有権の有無や保険適用などの新たな問題が生じます。けれども、一度身体の一部となってしまえば、所有権という概念自体が意味を失うのではないかとも考えられます。

島岡:
所有権がなくなることで、どのような問題が生じるのでしょうか。日常生活では意識しませんが、事故や不具合があった際に問題となるのでしょうか。

肥塚:
その場合は所有権よりも、欠陥があったかどうかという「製造物責任」が問題になります。臓器移植に不具合が生じれば、製造物責任法の枠組みで解決が図られるでしょう。
ただし、情報については「自分に関わる情報は自分のものだ」という意識が強く、ここに所有権の考え方が反映されていると思います。モノと人を峻別してきた近代司法の原則が、デジタル化の進展により揺らいでいるのです。AIやロボットが人間に近づき、意識を持つ可能性が議論される時代においては、法人格の付与を含めた新たな法的課題に直面するでしょう。

島岡:
所有権という個人の権利の問題から、テクノロジーが都市全体を覆うようになった場合の生活やプライバシーへの影響、事故やトラブル時の責任・保険についても伺いたいと思います。データが街中から収集されることで、犯罪検挙率の向上という利点がある一方で、プライバシーを差し出すことにもつながります。どのような変化や懸念が考えられるでしょうか。

肥塚:
代表的な例がスマートシティの構築です。モビリティ、医療・介護、防災・減災、決済、教育など、各分野ごとにデータ基盤が整備され、それらが連携されていくことでスマートシティ、さらにスーパーシティが形成されます。
これにより利便性は高まりますが、すべてが繋がることで新たなリスクが生じます。例えば、犯罪多発地域に防犯カメラを設置しないことが原因で犯罪が発生すれば、スマートシティの管理者の責任となり得ます。また、交通事故多発地点を放置すれば、その責任も問われます。結果として「スマートシティ保険」のような仕組みが生まれ、保険料を下げるために徹底した情報収集と管理が行われる可能性があります。その結果、プライバシーが大きく制約される社会になる懸念もあります。

島岡:
そうなると、便利ではあるものの、常に監視されているような息苦しさを感じる社会になるのではないでしょうか。

肥塚:
そのとおりです。AIが階層的にデータ基盤を管理するなかで、不具合が連鎖し全体に影響を及ぼす「デジタル災害」とも呼べる事態が起こる可能性があります。利便性とリスクの双方を抱えながら暮らす社会になると考えられます。

島岡:
前編はここまでといたします。
後編では、肥塚先生が研究の道に進まれた原体験、日本の法学界が直面する課題、アジアから世界に向けた壮大な構想、変化の時代に私たちが持つべき視点、そして次世代へのメッセージについて伺います。
『早稲田大学Podcasts:博士一歩前』、次回のエピソードもどうぞお楽しみに。肥塚先生、ありがとうございました。

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