2026年9月14日(月)、長きに渡り稲門体育会会長を務められ、6月8日(月)にご逝去された河野洋平氏(競走部OB)を偲び、生前のご厚誼に感謝の意を表するため、大隈記念講堂にて「感謝を伝える会」を執り行いました。
当日は河野洋平氏と深いご縁のあった多くの皆様にお越しいただき、河野洋平氏を偲び、思い出を語り合うひとときとなりました。




式典では黙祷の後、河野洋平氏のご略歴を紹介するとともにこれまでのご活躍や本学、早稲田スポーツとの関わりをまとめた動画を上映しました。
上映後、早稲田大学を代表して田中愛治総長が、次のとおり「感謝の言葉」を述べました。
田中 愛治 総長「感謝の言葉」(一部掲載)
河野洋平先生、天国にいらっしゃる先生に、早稲田大学を代表して感謝のことばをお送りしたいと存じます。本日は、私の人生の師として「先生」と呼ばせていただきます。
河野洋平先生ご逝去のニュースに触れましたのは、ご逝去された2日後の6月10日であったと存じます。私が最後にお目にかかりましたのは、お亡くなりになる約2週間前の5月23日で、大隈講堂で開催された早稲田大学の競技スポーツセンター所属の体育各部への新入生の入部式でした。大隈講堂で河野先生にお目にかかりました時はお顔色が悪く、少し気にはなりましたが、その後の新入生へのご祝辞では、河野先生は新入部員に「早慶戦というものは絶対に勝たなくてはいけない」と力強く励まされていましたので、まさかそれほど早くお亡くなりになるとは夢にも思いませんでした。
河野先生の早稲田大学に対する母校愛は素晴らしく強く、特に早稲田の体育各部に対する愛情は、時に厳しく時に優しく、常に学生を励ましてこられました。
河野先生は2005年5月に稲門体育会会長に就任されて以来、20年以上にわたり、一貫して稲門体育会の発展と早稲田スポーツの振興のために多大なるご尽力をなさいました。
河野先生は、学生時代は競走部の主務として箱根駅伝を走る選手に檄を飛ばしていらした事や、箱根駅伝でもインカレでも優勝に導く戦略を立てられた事は、言い伝えられております。
その後、政治家としてご活躍されるようになってからも、河野先生は早稲田を愛し、早稲田スポーツの発展に献身的に貢献をなさいました。
私自身が早稲田大学体育局の空手部の出身でございましたので、早稲田スポーツが人を育て、仲間を育み、人生の礎を築くものであることを身をもって経験して参りました。そのような立場から、早稲田スポーツの価値を生涯にわたって語り続け、支え続けてくださった河野先生の存在は大変ありがたく、常に尊敬して参りました。
現役学生を励まし、校友をまとめ、競技の枠を超えて早稲田スポーツ全体を支え続けてくださったそのご功績は、計り知れないものがあります。その河野先生のご尽力に対し、早稲田大学が2016年9月に河野先生をスポーツ功労者として表彰させていただきましたことは、当然のことであったと存じます。
とりわけ、私が総長になりましてからは、河野先生が競走部のみならず、早稲田スポーツ全体を、いえ早稲田大学そのものを大変愛してくださっていることを、お近くで肌で感じさせていただいて参りました。学生に向けられる温かい眼差しと、勝敗の先にある人間的成長こそが早稲田スポーツの本質であると語られるお言葉には、競走部で青春を過ごされた河野先生ならではの説得力があり、私自身も大きな共感を覚えました。
同時に、河野先生は現役学生だけでなく、私たち大学関係者に対しても、折に触れて励ましと示唆に富む助言をくださいました。その広い視野と豊かな経験、そして何よりも人を包み込む温かなお人柄は、多くの人々の心に深く刻まれています。
河野先生の穏やかな笑顔に接することは、私たちにとって大きな喜びであり、励ましでもありました。そのお姿を拝見することはもう叶いませんが、河野先生が私たちに遺してくださった志と温かいお心は、これからも早稲田の中に生き続けます。
河野先生が長年にわたり育み、支えてこられた早稲田スポーツは、今日、多くの学生、校友、ならびに教職員にとっても、大きな励ましの力となっています。このような河野先生のご尽力とご貢献に対し、早稲田大学を代表して心より感謝申し上げます。
私たちはこれからも、河野先生が大切にされた進取の精神と、学生を信じ支える心を受け継ぎながら、早稲田スポーツと同時に研究と教育における早稲田大学のさらなる発展に努めてまいります。それこそが、長年にわたり早稲田大学と早稲田スポーツ、稲門体育会を導いてくださった河野先生への、私たちなりの恩返しであると考えております。
長年にわたり、早稲田大学と早稲田スポーツならびに稲門体育会をお支えいただきましたことに、深く感謝申し上げます。そのご厚情とご功績を決して忘れることなく、私たちは未来へ歩み続けます。
河野先生、どうぞ安らかにお休みください。
本当にありがとうございました。


続いて、早稲田大学稲門体育会を代表して関口一行会長より「感謝の言葉」をいただきました。
早稲田大学稲門体育会 関口 一行 会長「感謝の言葉」(一部掲載)
早稲田大学 稲門体育会を代表しまして、感謝のことばを述べさせて頂きます。
河野会長、本日はあえてそうお呼びいたしたいと存じます。
河野会長におかれましては、これまで歩んでこられた人生における、数々のご功績は言うまでもございませんが、2005年に稲門体育会の会長に就任されて以来、20年を超える長きにわたり、早稲田大学、稲門体育会の発展並びに、早稲田スポーツの振興のため、まさに粉骨砕身、ご尽力頂いたことに対し、心より感謝と御礼を申し上げます。
我々、稲門体育会にとって、心の拠り所、そして精神的支柱であり、まだまだ、河野会長のお力が必要であるということから、今年の4月に、もう一期2年の会長職の継続をお願いして、心よくお引き受け頂きました。
これまで、様々な機会において、各運動部の学生諸君を励まし、温かく支えてくださったことは、それぞれの学生の心に深く刻まれていることと思います。現役の学生は勿論のこと、巣立っていった卒業生も含め、河野会長の想いを継承して、これからも、強いワセダスポーツを築いていってくれるものと固く信じております。
本日、ご出席の皆様と同様、河野会長との思い出は尽きることがありませんが、早稲田スポーツのあるべき姿、稲門体育会は何をなすべきなのか、その存在意義は一体何であるのかを、進取の精神を持って、常に考えていらっしゃるお姿を間近で拝見してきたこと、そしてご指導頂いてきたことは、我々、稲門体育会の会員全員にとって、大きな財産となっております。
我々、稲門体育会が、河野会長のご遺志をしっかりと引き継ぎ、早稲田人として、河野会長に劣らない早稲田愛をもって、早稲田スポーツのますますの隆盛を目指し、全員が一丸となって取り組んでまいることをお約束いたします。それが河野会長への恩返しにもなると信じております
どうか、これまでと同様、各運動部の活躍と我々、稲門体育会の活動を、見守って頂ければと存じます。そして、どうぞ、安らかにおやすみください。
河野会長、これまで本当にありがとうございました。


続いて、早稲田アスレチック倶楽部名誉会長の櫻井孝次様より「感謝の言葉」をいただきました。

早稲田アスレチック倶楽部名誉会長 櫻井孝次様
続いて、公益財団法人日本サッカー協会相談役の川淵三郎様より「感謝の言葉」をいただきました。

公益財団法人日本サッカー協会相談役 川淵三郎様
また、ご遺族を代表してご子息である河野太郎様よりご挨拶を頂戴しました。

河野太郎様
その後、代表献花が行われ、早稲田大学応援部による指揮・伴奏のもと、参列者全員で「早稲田の栄光」「紺碧の空」「早稲田大学校歌」を斉唱し、閉会となりました。



河野洋平氏 略歴
1937年神奈川県生まれ。59年政治経済学部卒業。在学中は競走部に所属。67年、衆議院議員初当選。副総理、外務大臣などの要職を歴任した後、衆議院議長を2003年から09年まで務めた。体育各部出身者相互の親睦を図り、早稲田大学および早稲田スポーツの振興と発展に寄与することを目的として設立された稲門体育会の会長を長年にわたり務めた。
