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Vol.11 先端科学技術と法(2/2)/【ニューリスクに備える】テクノロジー時代の「未来の保険」/肥塚肇雄教授

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Thu 25 Sep 25

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Thu 25 Sep 25

早稲田大学法学学術院肥塚肇雄教授をゲストに、「法のフロンティア:AI社会の「安全網」を設計する ~賠償と保険の未来~」をテーマにお届けします。

 

肥塚教授は、小豆島での自動車の自動運転や、医薬品のドローンの配送の実験など、これまでにも数々の先端科学技術を社会に導入するための実験に関わりながら、保険法の研究者としてのキャリアを歩まれました。

 

後編では、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)やスマートシティ構想に触れながら安心安全を担保し最先端技術を社会に実装するために未来で浮上する新たなリスクにどう向き合うか、具体的な保険構想を交えて語ります。

 

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ゲスト:肥塚 肇雄

1984年中央大学法学部卒業。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了、慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了。香川大学法学部助教授・教授、放送大学客員教授、明治大学自動運転社会総合研究所客員研究員などを経て、2023年より早稲田大学法学学術院・法学部教授(任期付)。専門は保険法・交通法・自動運転関連法。
日本保険学会理事長、国際保険法学会(AIDA)理事、日本交通法学会理事、公益財団法人交通事故紛争処理センター判例調査専門委員、日本賠償科学会監事などを歴任。自動運転・遠隔医療に関する法的課題にも精通。
著書:『保険法講義(第3版)』(弘文堂、2024)、『交通損害の法実務と課題』(有斐閣、2022)、『自動運転と法』(共編著、商事法務、2020)

ホスト:島岡 未来子

研究戦略センター教授。専門は研究戦略・評価、非営利組織経営、協働ガバナンス、起業家精神教育。
2013年早稲田大学公共経営研究科博士課程修了、公共経営博士。文部科学省EDGEプログラム、EDGE-NEXTプログラムの採択を受け早稲田大学で実施する「WASEDA-EDGE 人材育成プログラム」の運営に携わり、2019年より事務局長。2021年9月から、早稲田大学研究戦略センター教授。

左から、島岡未来子教授、肥塚肇雄教授。<br />
早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリ)のスタジオで収録。<br />

左から、島岡未来子教授、肥塚肇雄教授。
早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリ)のスタジオで収録。

エピソード要約

研究者の原点と保険法への道
肥塚教授は、ご自身の経験から保険の重要性を身をもって体験し、大学院で保険法の研究に進む決意を固めました。保険法は、先端科学技術を社会に実装する際のリスク管理の基盤となります。肥塚教授は、自動運転やオンライン診療のプロジェクトに保険法を専門とする法学者の立場で参加することで、その関係性の重要性を認識し、先端科学技術と法の専門家としての研究者のキャリアを歩み始めました。

-先端科学技術と保険の社会実装
スマートシティやMaaSなど新技術は、生活の利便性向上とともに新たなリスクも生みます。肥塚教授は、事故原因の特定が困難になるデジタル社会では、まず保険で被害者救済を行い、その後に責任主体に求償する仕組みが重要になると指摘します。その上で、サイバー保険や自動運転事故保険などの新たな保険スキームを通じ、社会全体でリスクを分散し迅速な救済を可能にする構想を紹介しています。

-法学の国際連携と次世代のメッセージ
少子化で国内の法学研究者が減少する中、肥塚教授はアジア研究者との連携や国際学術ジャーナル創設を構想し、保険法研究の質と国際的貢献を高める重要性を説きました。また、若者には課題解決への主体的姿勢や、多分野の知見を統合して社会を設計する視点を持つことを推奨し、法学が社会の未来をより良くする「設計図」として機能する可能性を言及されてます。

エピソード書き起こし

島岡教授(以下、島岡):

今回も村上春樹ライブラリー・国際文学館の2階スタジオから、法学学術院シリーズをお届けします。前回に引き続き、肥塚肇雄教授をゲストにお迎えし、「法のフロンティア:AI社会の『安全網』を設計する ~賠償と保険の未来~」をテーマにお話を伺います。後編では、先生の原体験、国際的視点、研究・政策・社会との接点、そして次世代へのメッセージを伺います。どうぞよろしくお願いいたします。

肥塚教授(以下、肥塚):

どうぞよろしくお願いいたします。

島岡:

まず、数ある法分野の中で保険法を志された理由をお聞かせください。

肥塚:

大学在学中に父を亡くしました。生命保険に加入していると思っていたのですが、実際には未加入で、学費など将来の不安を強く意識しました。この経験から保険の社会的意義を痛感し、保険法の研究に進む決意をしました。早稲田大学大学院で本格的に学ぶ中で、やがて保険が先端科学技術の社会実装に不可欠であることを理解しました。新技術が普及する際には必ず「新種のリスク(ニューリスク)」が生じます。そのリスクに対し、保険という仕組みで社会的な受け皿を用意することが、実装の前提になると考えています。

島岡:

その経験は、現在先生が専門とされている「先端科学技術と法」にどうつながっていくのでしょうか。先端技術と保険が結びつく具体例を教えてください。

肥塚:

はい。保険法を学ぶため、早稲田大学大学院法学研究科の修士課程に進学しました。ここで本格的に保険法を学ぶことになります。当初は、先端科学技術と保険の関係は明確ではありませんでした。しかし、時代が進むにつれて、保険は先端科学技術を社会に実装化するうえで不可欠であることがわかってきました。

先端科学技術が開発されても、社会に実装されなければ研究開発費は無駄になってしまいます。社会がその技術の恩恵を享受するためには、新しいリスクを適切に管理する必要があります。2009年にアメリカの大学院に留学した際、アメリカでは自動車保険料の算定に日常のクレジットカード利用履歴や購入行動まで参照される事例があることを知り、非常に驚きました。これにより、先端科学技術の社会実装に伴う新たなリスクをどう管理するかが重要だと痛感しました。

その後、香川県小豆島での自動運転実験や、オンライン診療実装のための医薬品ドローン配送プロジェクトに参画するなど、実務的な経験を積むことで、保険法の視点から先端科学技術と社会の関係を深く理解することができました。

島岡:

先生は常に新しいものへの強い関心をお持ちですが、その原動力はどこにあるのでしょうか。

肥塚:

一つは「面白さ」です。例えば、自動車運転データに基づき保険料を設定する「テレマティクス保険」があります。これは、安全運転をする若者を発掘し、保険料を低く設定する仕組みです。社会の目に見えなかったリスクを具体化し、手当てすることで、より調和的な社会の実現に寄与する。その過程自体が非常に興味深く、学ぶ価値があります。

島岡:

先生のご経験からくる「安全網」の構想が伝わってきます。前回のエピソードでは、メタバースやスマートシティなどの技術変化に伴う社会の変化についてお話しいただきました。こうした社会が実現すると、私たちの生活はどのように変化すると考えられますか。

肥塚:

新しい社会、例えばスマートシティやMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の導入により、便利で効率的な生活が可能になります。しかし、同時に新しいリスクも生まれます。デジタル化が進むほど事故原因の特定が難しくなり、従来の賠償責任の枠組みでは迅速な被害者救済が困難になります。そのため、まずは保険会社が被害者救済を行い、後で必要に応じて責任主体に求償するスキームを構築することが重要だと考えています。

島岡:

先生が構想される未来の保険には、サイバー保険や自動運転事故保険もありますね。

肥塚:

はい。自動運転事故が発生した場合、事故の責任を明確化しなくても、人身損害について保険金が支払われる「ノーフォルト保険」の形が合理的です。自動運転は公共交通として社会インフラの一部となるため、保険料は広く社会に分散されるのが望ましいと考えます。また、MaaS圏内での事故も包括的にカバーされる保険スキームを構築することで、事故に遭った被害者が迅速に救済される仕組みを目指しています。

島岡:

法学界の現状についても危機感をお持ちとのことですが、具体的にはどの点に感じておられるのでしょうか。

肥塚:

少子化の影響等により、保険法分野の研究者・教育体制が縮小傾向にあります。新技術の社会実装に不可欠な保険の理論と制度設計が弱体化すれば、ELSI(倫理・法・社会的課題)への対応力も低下しかねません。研究者の母集団を維持・拡大し、学問水準を保障する仕組みが必要です。

島岡:

法学が新しい社会を作るうえで果たすべき役割、また他分野との連携についてはいかがですか。

肥塚:

保険分野における産学連携の重要性は大きいです。保険会社の実務とアカデミアの理論的裏付けを融合させ、金融庁の監督機能とも連動しつつ、質の高い保険商品を社会に提供することが必要です。技術の進展が早い中でも、法学が持つ「正義と衡平」の理念をデジタル社会の設計に組み込むことが、法学の役割だと思います。

島岡:

最後に、若い世代へのメッセージをお願いします。

肥塚:

社会にある課題やリスクに目を向け、自分で考え、解決策を見出す姿勢を大切にしてほしいと思います。法学は単なるルールの暗記ではなく、社会をより良くするための「設計図」を描く学問です。好奇心と正義感を持って、多様な知見を結集しながら未来を作ってください。

島岡:

本日は貴重なお話をありがとうございました。肥塚教授の視点は、AI社会や先端科学技術のリスク管理を考えるうえで非常に示唆に富んでいます。次回もまた、研究者の視点から社会を考えるシリーズをお届けします。

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