理工学術院総合研究所(理工総研)の若手研究者育成・支援プログラム『アーリーバード』では10月29日(火)にグリーン・コンピューティング・システム研究機構の田中宗先生講演会を開催しました。
講師: 田中 宗 先生(早稲田大学グリーン・コンピューティング・システム研究機構 主任研究員)
題目: 次世代コンピューティング技術『量子アニーリング』の産学共同研究から得られた気づき
田中先生は「量子アニーリング」と呼ばれる物理学をベースに開発されたコンピューティング技術を用い、社会の多様な分野に現れる組合せ最適化問題を解決すべく、日々チャレンジングな研究を行われています。今回のご講演は2部構成で、まず田中先生の研究内容に関するご説明があり、その後田中先生のご経歴とその歩みの中で得られた気づきをアーリーバードメンバーのためにお話いただきました。
組合せ最適化問題と量子アニーリング
ご講演ではまず田中先生の研究で鍵となる「組合せ最適化問題」とは何かという点からお話しいただきました。組合せ最適化問題は一言でいえば「膨大な情報の中から、必要な制約を満たしたベストな選択肢を得るには?」ということであり、講演で例として挙げられた「複数の目的地を訪問する際の最短経路」や「複数名のスケジュール調整」のようにこの問題は我々の身の回りのあらゆる場面に潜んでいます。しかも現代社会においてはその情報量は膨大(ビッグデータ)です。そのため、膨大な情報からベストな選択肢を高速に得られる技術が必要とされており、そのコンピューティング技術として期待されているのが「量子アニーリング」なのです。
講演では量子アニーリングの基本的概念、そして量子アニーリングがこれまでどのような問題解決に適用されてきたかを聴き、その適用の幅の広さに驚かされました(記事末尾に記載した田中先生のウェブページからその一端をご覧いただけます)。アーリーバードメンバーのバックグラウンドも実に多様ですが、それぞれが直面する課題の中にも何らかの形で組合せ最適化問題は潜んでいるでしょう。田中先生の研究のお話から、メンバーそれぞれの課題を組合せ最適化問題と捉える視点が得られました。
量子アニーリング研究から得た気づき
講演後半では田中先生の学生時代から現在に至るまでの歩みをお聴きし、如何にして量子アニーリング技術によって多くの産学共同研究を行うに至ったのかを知りました。
田中先生のご経歴で特筆すべきは、積極的に環境変化を行ってきたことです。大学での卒業研究は理論物理学の中でも、紙とペンで完結するタイプの研究に取り組みましたが、その後大学院では所属を変え数値計算を用いた計算物理学の研究に取り組み、さらにポスドク時代には実験化学系の研究室など異分野への挑戦をその都度されてきています。こうした経験の中で知り合った多くの研究者と日々ディスカッションをするなど交流を深めることで、今では産学連携を含む多くの共同研究が生まれたそうです。
アーリーバードプログラムもまた異分野の若手研究者が自主的な企画運営を通し交流を行い、今後のキャリアへの糧とする場です。田中先生のお話はアーリーバードの重要性を改めて感じる機会にもなりました。
講演後の質疑時間には先述の研究内容やこれまでの歩みについて、アーリーバードメンバー、さらには理工総研副所長の高橋大輔先生から質問がありました。第一線で活躍される田中先生の歩みとそこで得られた気づきはどれもアーリーバードメンバーにとって学びとなる内容ばかりで、「環境を変えることの不安、デメリットは感じなかったか?」、「産学共同研究を多数行う中で、企業と大学の違い、さらには国立大と私大に違いはあったか?」など田中先生から学び取ろうと多くの質問がありました。
また、質疑応答の中で田中先生が仰っていた「如何に最先端研究分野をキャッチしていくか」というお話も非常に得るものがありました。分野を作り上げるような大きな研究ができることができるのが最も理想的ではありますが、それを目標にすると言ってもどのようにしてよいかわからないという人も多いでしょう。また、分野を作り上げるような大きな研究は、時代が進んでいくにつれて、再認識される場合も多いものです。そのためまずは、多様な研究に触れ、研究業界の潮流を常にチェックし、自分の研究に活かすことができないか、という観点で日々考えるべきだ、ということです。そのうえで、自分自身の専門性と最先端研究分野の潮流とを組み合わせた新しい研究を行ってみようということでした。
田中先生のように第一線で活躍し続けるには、こうしたセンシティビティと俯瞰力が不可欠になるのだと思います。講演会後の懇親会でもアーリーバードメンバーからの質問は絶えず、田中先生には一つひとつご自身のお考えをクリアにお答えいただきました。ご多用のなか本講演を引き受けてくださった田中先生に感謝するとともに、ここで我々が得た気づきをこれからの研究者としての歩みに活かすべく日々励んでいきます。
参考URL:http://www.shutanaka.com/ (田中宗先生のウェブサイト)
文責:アーリーバード第9期 大貫 隼(理工学術院総合研究所 次席研究員)
撮影:アーリーバード第9期 渡辺 昌仁(基幹理工学研究科機械科学専攻 D1)