School of Humanities and Social Sciences早稲田大学 文学部

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「日本美術の光と闇」文学部 山本聡美教授(新任教員紹介)

自己紹介

写真1:2016年10月、ハイデルベルクVölkerkundemuseum der J.&E. von Portheim-Stiftungにて

陽光溢れる宮崎県の海沿いの町で生まれ、高校卒業までそこで暮らしました。海や空の青、山の緑に染めぬかれるような光に満ちた場所であったからなおさら、その奥に存在する深い陰影への関心が育まれたように思います。近代的な暮らしと同居するように、神仏への信仰、時に迷信、古い言い伝えが混然一体となって私の生活圏を取り巻いていました。その頃の私にとって、「勉強する」ことは、自分を息苦しくする田舎の因習や保守的な考え方から自由になるための唯一の手段でした。

芸術的なものに憧れながらも、その想いをどのように自分の将来に結び付けて良いか分からずにいた中学生、高校生の頃は、メイクアップアーティストになりたいとか、自動車を設計するエンジニアになりたいとか、化学の研究者になりたいとか、思いつきで突飛な進路を設定しては両親や担任の先生を困らせておりました。迷走のすえに、早稲田大学第一文学部を志望校に定めたのは、高三の秋のことでした。それも、ある部分思いつきであったのかもしれませんが、自分の不定形の夢や野心を実現させてくれる場であるように予感できたのです。

実は、そこに「美術史学」という、私にとって運命の学問領域があるということを全く知らずに入学しました。高校生にとって、一見教科と関わりのうすい美術史は、なかなか視野に入ってこないものです(本当はそんなことないのですが・・・国語、外国語、数学、社会、理科、美術、音楽、書道、体育、あらゆる科目と総合的に結びつくのが美術史です。万能の人と呼ばれたレオナルド・ダ・ヴィンチの活動領域の広さを思い起こしてみてください)。

ところが、学部二年次から進級する専修(コース)を選択する段階で、「美術史には、自分がやりたかったことが全部ある」と気づき、高校の時にお世話になった先生に「美術史という選択肢がある」と手紙を書きました。すぐに「君にはそれが一番合っている」という励ましの返信が届き、そこに『別冊宝島 現代美術入門』が同封されていました。それに勇気を得て、未知の領域に飛び込む決心をしたのです。高校の先生って偉大だと、今でも思います。子供から大人への移行期にある、未完成で不安定な者たちの中に将来の可能性を見いだし、教え、導くという仕事には真の創造性が求められます。

現在の私は、大学教員として、その先にある教育を担当しています。各々の学生が高校までに獲得した思考の芽や想いを具現化するにはどうしたらよいか、最終的にそれに肉づけをするのは学生自身ではありますが、その試行錯誤のプロセスに教員として丁寧に向き合っていきたいと考えています。かつての自分がそうであったように、迷いや、立ち止まりは、大学で学ぶ者にとってまたとない成長の時間であるからです。

自分にとって学部の四年間というのは、先の見えない暗闇そのものでしたが、美術史という一条の光が未熟な私を導いてくれました。長い歴史の評価にさらされ続けた作品群、それを分析するために練り上げられた体系的な方法論が補助線となって、混沌の中にあった私の思考が少しずつ鍛錬されました。幼いころの私は、因習や伝統のくびきから自由になるために「勉強」していましたが、本当の自由は、強固な伝統や型の向こう側にこそあるのだということを教えてくれたのも、美術史という学問であり、学びの過程で出会った恩師や先輩や友人たちでした。

これから美術史を通じて出会う学生たちに、今度は私がその魅力を伝えていきたいと思っています。

写真2・3:2019年6月、文学部美術史コース恒例奈良研修旅行、佐紀・佐保路(秋篠寺・平城京跡)にて

私の専門分野、ここが面白い!

絵画や彫刻、特に宗教性をともなった古代や中世の造形に向き合っていると、その作品をなかだちとして、かつてその前にたたずみ祈りを捧げた誰かの想いが強烈に甦ってきます。人の寿命を超えて、100年、500年、1000年を生き延びた絵画や彫刻の生命誌を記述し、現代的な価値を発見・創造し、適切に保全して次世代へ引き継ぐことが、私たち美術史家の仕事です。

中でも、私は、中世日本で制作された、病や死、地獄や鬼といった、どちらかというと世界のダークサイドを主題とした作品群を研究対象としています。

古代から中世への転換期、平安時代末期から鎌倉時代にかけての日本では、宗教、または和歌や物語といった世俗の文学、そして美術や音楽や芸能を通じて、神仏の世界への想像力、移りかわる四季への繊細な視線、人間の内面性に迫る深い洞察が発展しました。この時期に制作された造形には、自然や神仏、生命の輝きと同時に、現世を生きることの苦しみや悲しみ、来世への恐れや絶望など、世界の深部をのぞき込むような暗闇も見てとられます。現存作品や文献史料を通じて、光と闇の振幅、その中で生きる人間の精神史を浮き彫りにしたいというのが、私自身が美術史に取り組む動機です。

作品の向こうに立ちあがる人間の姿を追い、その人間が生み出した造形の意味を問う、この果てしない探究が美術史学の面白さです。加えて、何といっても作品をめぐる文字通りの旅。世界中に日本美術のコレクションがあり、コレクターや研究者がいます。作品を見るため、その人に会うための旅の理由には事欠きません。

写真4:2017年7月、フランス・アルザス地方の小さな街Kintzheim、「死の勝利」壁画の前で

プロフィール

1970年、宮崎県生まれ。専門は日本中世絵画史。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。大分県立芸術文化短期大学専任講師、金城学院大学准教授、共立女子大学教授を経て、2019年より現職。

主な著書に『九相図をよむ 朽ちてゆく死体の美術史』(KADOKAWA、平成27年芸術選奨文部科学大臣新人賞・第14回角川財団学芸賞を受賞)、『闇の日本美術』(筑摩書房、2018年)、共編著に『国宝 六道絵』(中央公論美術出版)、『九相図資料集成 死体の美術と文学』(岩田書院)、『病草紙』(中央公論美術出版)などがある。

六道絵、九相図、病草紙など死生観に関わる絵画を研究。近年は、絵巻に描かれた罪と救済の図像分析を通じ、中世日本人の精神史を探究している。

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