School of Humanities and Social Sciences早稲田大学 文学部

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「創られた歴史を読み解く面白さ」文学部 和田琢磨准教授(新任教員紹介)

自己紹介

昆虫や動植物が好きで、高校時代の3年間はホタルの人工ふ化に力を注いでいました。こういうと理系の人間のように思われるかもしれませんが、学校の授業では国語や日本史、政治経済が好きで、高校2年生までは文学部か政治経済学部に行きたいと考えていたように思います。早稲田大学の第一文学部に入学した頃は、日本文学のほか、日本史・美術史などにも関心を持っておりました。日本文学を専門に選びましたが、当時から好きだった他分野には現在でも関心を持っており、研究にも少なからず影響していると思います。

私の専門分野、ここが面白い!

私は『平家物語』などの軍記物語、中でも南北朝時代(14世紀)を代表する古典文学作品『太平記』の研究を専門としております。南北朝時代の大乱を活写した唯一無二の作品『太平記』は、他分野からも非常に注目を集めています。それは、南北朝時代の史料が極めて少なく、『太平記』がなければ当時の歴史・文化を総体的に捉えることができないからです。たとえば能・狂言・茶・連歌といった日本を代表する文化が培われた大切な時代の背景や、当時の人々の思考の有様などを十分に知ることができないのです。この魅力的な14世紀の息吹をどのように汲み取り、『太平記』は何を語ろうとしているのかということについて、言葉の分析から明らかにしていく研究は、とてもスリリングで面白い作業です。

嫁入り本『太平記』の写本(巻37冒頭部分)

また、私は『太平記』の受容史も研究しております。『太平記』は江戸時代にベストセラーとなりました。その結果、『太平記』の影響を受けた文学・演劇作品、絵巻や屏風といった美術品が数多く誕生しました。この流れは、明治時代以降にも続き、良くも悪くも『太平記』は日本社会に影響を与え続けました。戦前の教育に楠正成や児島高徳といった後醍醐天皇の忠臣の物語が利用されたことなど分かりやすい例です。つまり、『太平記』の受容史の研究は、南北朝時代から近現代の問題の追及に繋がるのです。このような壮大な研究を構築できる作品は珍しいと思います。『太平記』はこのような力を持った作品なのです。

絵入り『太平記』版本(巻3部分)。楠正成が赤坂城で幕府軍と戦っている場面

このほかにも、私は現在、『義経記』をはじめとした、源義経を描いた作品の研究を進めております。義経像といえば、色白で小柄な美男子というのが一般的でしょう。実は、現在私たちが抱いている義経像も南北朝・室町時代の文学・芸能の影響によるところが大きいのです。中には、義経は出歯だったとするものや、小人島に行ったなどとファンタジーの主人公にする作品もあります。こういった様々な義経像はなぜ生まれ、どのように広まっていったのか。多様な義経像を生み出した日本人の心性を考えてみたいと思っています。

奈良絵本『御曹司島渡り』(江戸時代初期)の断簡。小人島にいる義経。

 プロフィール

1976年横浜生まれ。サレジオ学院高等学校卒業、早稲田大学第一文学部卒業、同大学院修士課程修了、同大学院博士後期課程退学。早稲田大学文学部助手、日本学術振興会特別研究員(PD)、亜細亜大学専任講師・准教授、東洋大学准教授を経て現職。博士(文学)。

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