School of Culture, Media and Society早稲田大学 文化構想学部

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「ポルトガル人が種子島へ来た頃のこと」 文化構想学部 伊川健二准教授 (新任教員紹介)

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自己紹介

ぼくは早稲田の卒業生ではありませんが、学生時代は狂言のサークルに入っていて、週に1回早稲田の学生会館へ通って稽古をしていた時期がありました。独特の結束力や充実したイベントなど、出身校にはない魅力が詰まった大学だと当時から感じていました。多くの校舎が高層化し、穴八幡宮の周辺も整備され、目に見える景色はその頃とは大きく変わっていますが、そうした魅力はそのままであるように思います。

フランシスコ・ザビエルやルイス・フロイスなど戦国時代の日本を訪れたカトリックの宣教師たちは、日本について多くの情報を書き残しています。そのなかには、泥酔する人々、夫に離婚をつきつける妻、魚を食べる僧侶、妖術を使う山伏などユーモラスな日本人の姿を垣間見ることができます。ザビエルたちがいったい、彼らのことをどのように知ったのかについては、厳密な意味では必ずしも解明されていないのですが、情報源のひとつに狂言があるように感じています。確証はありません。もしそうだとすれば、学生時代に早稲田で過ごした日々が、いまの研究生活につながっているのかもしれない。そう思うこともしばしばです。

2017.07.11(差し替え分)

狂言自演会1994.5.28撮影

専門分野ここが面白い

題名にも書きましたとおり、日本と外国の関係の歴史が専門です。必ずしもポルトガルなどヨーロッパとの関係ばかりではなく、中国・朝鮮半島・琉球などアジア諸国との関係を含めて総合的に研究しています。そのなかで、ポルトガル人が種子島へ上陸したことがなぜ重要なのか。

「グローバル化」という言葉をニュースなどで耳にしたことがある方は多いでしょう。簡単にいえば、世界がつながることです。ただし、「つながる」ことの程度をどのくらいに理解するかは論者によってさまざまで、経済や法律の制度を共有することだと考える人もいれば、交易路がつながればそれでいいのだと理解する人もいます。後者のなかには、大航海時代のスペインがアメリカ大陸に拠点を築き、太平洋をわたってフィリピンのマニラを占領し、街と要塞を改修したことにグローバル化の起源を見出す学者もいます。この過程では戦争などの悲劇も発生していますが、スペインとフィリピンという、地球の裏側同士が継続的な航路でつながったことを重視するのです。

スペインとほぼ同じころ、アフリカやインドを経て、マカオさらには日本へ航路を伸ばしたのがポルトガルです。日本はその最東端に位置しています。この航路延長については、じつはポルトガル側事情だけではなく多角的な説明が必要ですから、ここでは詳しくは述べませんが、ポルトガルが日本へ到達したことも、グローバル化の起源とまではいわないまでも、世界がつながる過程を考える上で、いままで認識されていた以上に重要な画期だったのではないかと思っています。そのきっかけとして、彼らの種子島上陸に興味をもっています。

2017.05.24-写真2(リスボン2001.11.7撮影)リスボン2001.11.7撮影

2017.05.24-写真3(種子島2008.8.25撮影)種子島2008.8.25撮影

プロフィール

1974年東京生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。大阪大学大学院文学研究科准教授、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院客員研究員などを経て現職。著書に『大航海時代の東アジア』(吉川弘文館、2007年)、『世界史の中の天正遣欧使節(仮題)』(吉川弘文館、近刊予定)ほか

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