高齢者の寿命延長に必要な歩数は?

高齢者は寿命延長のために1日当たり約5,000~7,000歩あるけば十分?

毎日の歩数と死亡との量反応関係を解明

発表のポイント

■高齢者全体およびフレイルでない高齢者では、歩数と死亡リスクの量反応関係の結果から 1日当たり約5,000-7,000歩で死亡リスクへの有益な効果が頭打ちになることを示しました。

■1日当たりの歩数が5,000歩未満の者が歩数を1,000歩増やすことで死亡リスクが23%低下しますが(9-10か月の寿命延長に相当する)、5,000歩以上の者が歩数を増やしても有益な効果は見られませんでした。

■フレイルに該当する高齢者では1日当たりの歩数が約5,000歩まで死亡リスクに有益な効果を示しませんが、約5,000歩を超えると死亡リスクと負の関連を示しました。

早稲田大学スポーツ科学学術院渡邉 大輝(わたなべ だいき)助教と宮地 元彦(みやち もとひこ)教授は、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の吉田 司(よしだ つかさ)研究員、山田 陽介(やまだ ようすけ)室長、公益財団法人明治安田厚生事業団体力医学研究所の渡邊 裕也(わたなべ ゆうや)研究員、京都先端科学大学の木村 みさか(きむら みさか)客員研究員と共同して、65歳以上の地域在住高齢者4,165名を対象に三軸加速度計(※1)から評価した歩数と死亡との量反応関係を検討し、高齢者のフレイル(※2)の有無によって、死亡リスクを減らすための1日当たりの最適な歩数が異なることを世界で初めて報告しました。

本研究成果は、『Medicine & Science in Sports & Exercise』(論文名:Dose-response relationships between objectively measured daily steps and mortality among frail and non-frail older adults)にて、2023年2月2日(木曜日)にpublish ahead of printがオンラインで掲載されました。その後、2023年6月に雑誌に掲載される予定です。

(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

フレイルとは身体的機能、精神的および社会的な活力などの心身の予備能力の低下が見られる状態であり、健康な状態と要介護状態の中間に位置します。フレイルは年齢と共に該当者が増加するため、日本を含む高齢社会を迎える国々が抱える健康問題の1つです。フレイルには「適切な介入により再び健康な状態に戻る」という可逆性が包含されているため、フレイルの状態を改善し得る生活習慣等が世界中で研究されています。
身体活動不足は健康に悪影響を及ぼし、寿命を縮めます。1日当たりの歩数は誰でも簡単に理解することができる身体活動量の客観的な尺度です。歩数は身体活動量の目標設定を容易にし、自身の歩数を知ることで身体活動量を増やす動機付けを高めるために効果的です。従って、寿命を延ばすために高齢者が日々達成可能な歩数の目標値を設定することが重要です。しかし、高齢者の客観的に評価した身体活動量と死亡との関連が、フレイルの有無によって異なるかどうかは不明でした。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

私たちは、2011年から京都府亀岡市で行われている介護予防の推進と検証を目的とした前向きコホート研究(※3)である京都亀岡スタディに参加した4,165名のデータを使用しました。三軸加速度計で歩数を評価し、歩数の少ない人から順番に並べて同程度の人数になるように4グループに分けました。私たちは歩数を評価してから中央値で3.38年間追跡調査をおこない、死亡の発生状況を確認しました。追跡期間中に113名の方が亡くなりました。歩数が最も多いグループと比較して歩数が最も少ないグループでは生存率が有意に低い(死亡率が高い)ことが示されました(図1A)。歩数が多いほど死亡リスクが下がるという関係は、約5,000-7,000歩で効果が底を打つことが示されました(図1B)。1日当たりの歩数が5,000歩未満の者が歩数を1,000歩増やすことで死亡リスクは23%低下しますが、5,000歩以上の者が歩数をさらに増やしても有益な効果は見られませんでした。現状ですでに歩数が多い人はもちろんですが、座りがちで歩数の少ない高齢者も、今より少しでも歩数を増やすことでより長生きできる可能性が高まることが示唆されました。

 

図1

図 1: 高齢者全体を対象とした歩数と死亡の関係

A: カプラン・マイヤー法(※4)。Q1: 第1分位数(歩数が最も少ない)、Q2: 第2分位数、Q3: 第3分位数、Q4: 第4分位数(歩数が最も多い)。第1分位数、第2分位数、第3分位数および第4分位数に含まれた者の平均歩数はそれぞれ1,786歩、3,030歩、4,452歩および7,502歩でした。B:高齢者全体におけるスプラインモデル(※5)。 [非線形性のp値(※6)= 0.012]

 

本研究ではさらに、歩数と死亡イベントの量反応関係をフレイルの有無によって層別分析を行いました。本研究の高齢者全体のフレイル該当割合は24.7%でした。フレイルの高齢者では、1日当たりの歩数が約5,000歩まで予後に有益な効果を示しませんが、歩数が約5,000歩を超えると死亡リスクが大きく下がりました(図2A)。フレイルでない高齢者は高齢者全体の結果と同様で、1日当たり約5,000-7,000歩で死亡リスクの減少効果が底を打つことがわかりました(図2B)。これらのことから、高齢者においてはフレイルの有無によって歩数と死亡リスクの関係が大きく異なる可能性が示されました。

図2

図2 フレイルの有無に応じた歩数と死亡リスク間の制限付き3次スプライン回帰モデル

実線はハザード比を表し、破線は 95% 信頼区間を表しています。 A:フレイル [非線形性のp値= 0.021]、 B: フレイルがない [非線形性のp値= 0.012]。

 

(3)研究の波及効果や社会的影響

世界中の多くの研究でフレイルの有無が高齢者の健康や寿命に影響を及ぼすことが示されたことに伴い、我が国では2020年4月より75歳以上の後期高齢者を対象に、フレイルの発症予防・重症化予防に着目した健診が開始されました。しかし、これらの取り組みにより地域高齢者のフレイル該当者を正確に評価できたとしても、どのような生活習慣の改善がフレイルの予防や改善に効果的か十分にわかっていませんでした。我々の調査結果は、フレイルや座りっぱなしのライフスタイルを持つ多くの高齢者がどの程度歩いたり体を動かしたら良いかについての目安を示し、高齢者の身体活動不足の改善に役立つエビデンスとなります。

(4)今後の課題

本研究では高齢者のフレイルの有無による歩数と死亡リスクの関係を検討しましたが、フレイルの概念を考慮すれば歩数と介護認定との関連も検討する必要があります。日本人を対象としたいくつかの研究でもフレイルは要介護認定リスクが高いことが報告されています。もし、フレイルの高齢者の歩数などの身体活動の指標が要介護認定と負の関連があれば、日本の介護費を削減するために高齢者の身体活動量の増加が重要であるというエビデンスを示すことができます。

(5)研究者のコメント

渡邉 大輝:活動量計や統計解析手法の発展と共に、アウトカムに対して身体活動量が「良い」または「悪い」などの定性的な議論だけでなく、身体活動量の最適値はどの程度かを示す定量的な議論ができるようになりました。今後も、疫学者としてガイドラインや国の施策に役立つ知見を示していきたいと思います。世界的なコロナウィルス感染拡大などにより、活動の自粛によって歩数が少なくなっている高齢者の方にこの結果をお伝えしたいです。

宮地 元彦:本研究の知見は、厚生労働省の身体活動指針であるアクティブガイドで推奨されている“+10(プラステン)”(※7)の実践が、高齢者の寿命の延伸に有益である可能性を示しました。また、フレイルの有無によって目標とする歩数が異なることから、よりきめ細かい身体活動の指導や健康政策の立案に役立つエビデンスだと思います。

(6)用語解説

※1 三軸加速度計

3軸方向(上下・前後・左右)の立体的な動きを検出するセンサーを搭載した活動量計であり、1方向(1軸)のみを検出する加速度計よりもヒトの身体活動量を正確に評価することが可能です。

※2 フレイル

ストレス反応に対する恒常性の低下によって複数の生理学的予備能力が低下した状態と定義されており、将来の早期死亡や介護認定のリスクが高い状態です。

※3 前向きコホート研究

疫学研究手法の一つです。疫学とは集団を対象として疾病の発生原因や流行状態、予防法などを研究する学問です。この手法は調査時点で仮説として考えられる要因を評価し、その対象者が保持する要因によってその後の疾病や死亡イベントの発症を比較することで、どのような要因を持つ者が予後不良なのかを評価する方法です。

※4 カプラン・マイヤー法

あるイベントが発生するまでの時間(生存時間)を分析する生存時間分析。

※5 スプラインモデル

ある決められた値で算出した結果を曲線によって滑らかに繋ぎ合わせ、値全体の量反応関係を分かりやすく表したモデルです。

※6 非線形性のp値

変数とアウトカムの関係が直線的な線形関係ではなく、曲線関係にあるかを評価する方法です。この値が5%未満の場合、変数とアウトカムの関係が曲線関係であることを示します。

※7 +10(プラステン)

各個人が今よりも1日当たり日常生活の中で実行できる3メッツ(代謝等量: 安静時を1とした時と比較して何倍のエネルギーを消費するかを示す値)以上の中強度の身体活動を10分間増やす取り組みです。“+10”は死亡、生活習慣病、がん、認知症などの発症を含む複合アウトカムの相対リスクが3.2%低下することが示されています。

(7)論文情報

雑誌名:Medicine & Science in Sports & Exercise
論文名:Dose-response relationships between objectively measured daily steps and mortality among frail and non-frail older adults
執筆者名(所属機関名):渡邉 大輝(早稲田大学)、吉田 司(医薬基盤・健康・栄養研究所)、渡邊 裕也(体力医学研究所)、山田 陽介(医薬基盤・健康・栄養研究所)、宮地 元彦(早稲田大学)、木村 みさか(京都先端科学大学)
掲載日時(現地時間):2023年2月2日(木曜日)
掲載日時(日本時間):2023年2月2日(木曜日)
(オンライン掲載)
掲載URL:https://journals.lww.com/acsm-msse/Abstract/9900/Dose_Response_Relationships_between_Objectively.210.aspx
DOI: 10.1249/MSS.0000000000003133

(8)研究助成

研究費名:日本学術振興会/科学研究費助成事業 若手研究
研究課題名:フレイル概念モデルに着目した生物学的老化に関わるバイオマーカーの網羅的探索
研究代表者名(所属機関名):渡邉大輝(当時: 医薬基盤・健康・栄養研究所)

(9)研究者の略歴

渡邉 大輝:2020年聖マリアンナ医科大学医学研究科修了、博士(医学)。神奈川県立保健福祉大学 助手、医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究部 特別研究員を経て、現在、早稲田大学スポーツ科学学術院 助教、および、京都先端科学大学 アクティブヘルス支援機構 客員研究員、および、医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究部 協力研究員。

宮地 元彦:1988年鹿屋体育大学体育学部卒業。1999年筑波大学にて博士(体育科学)を取得。川崎医療福祉大学 助教授、医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究部 部長を経て、現在、早稲田大学 スポーツ科学学術院 教授、および、日本学術会議会員、および、厚生労働省国民健康・栄養調査企画検討委員会委員。

吉田 司:2017年京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科修了、博士(学術)。医薬基盤・健康・栄養研究所 栄養代謝研究部 特別研究員を経て、現在、身体活動研究部 研究員、および、京都先端科学大学 アクティブヘルス支援機構 客員研究員。

山田 陽介:2009年京都大学大学院人間・環境学研究科修了、博士(人間・環境学)。福岡大学ポストドクター、京都府立医科大学日本学術振興会特別研究員(SPD)、米国ウィスコンシン大学マディソン校訪問研究員を経て、現在、医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究部 運動ガイドライン研究室 室長、および、京都先端科学大学 アクティブヘルス支援機構 客員研究員。

渡邊 裕也:2012年東京大学大学院 総合文化研究科修了、博士(学術)。京都学園大学 客員研究員、同志社大学 スポーツ健康科学部 助教を経て、現在、公益財団法人 明治安田厚生事業団 体力医学研究所 研究員、および、京都先端科学大学 アクティブヘルス支援機構 客員研究員、および、医薬基盤・健康・栄養研究所 身体活動研究部 協力研究員。

木村 みさか:1971年信州大学教育学部卒業、1983年京都府立医科大学博士(医学)。大阪体育大学体育学部、京都府立医科大学医学部看護学科 教授、京都学園大学(現・京都先端科学大学)教授を経て、現在、京都先端科学大学 アクティブヘルス支援機構 客員研究員、および、同志社女子大学看護学部 特任教授。

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