ヒトの体の水代謝回転量を予測する

ヒトの体の水の代謝回転量を予測する式を世界で初めて発明
23カ国5604人を対象とした国際共同調査の結果から

発表のポイント

  • ヒトの生命維持、体温調節、血液循環、身体活動には、水分が常に必要です。ヒトの体にどれだけの水分が含まれているか(ストック)はかねてより分かっていましたが、ヒトの体にどれだけの水分が出入りしているか(フロー)については、意外かもしれませんが、正確に把握することは困難でした。
  • 今般、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(大阪府茨木市 理事長 中村祐輔)(以下「NIBIOHN」という。)身体活動研究部の山田陽介室長、吉田司研究員は、早稲田大学宮地元彦教授渡邉大輝助教、京都先端科学大学木村みさか客員研究員、筑波大学下山寛之助教、米国・英国・中国・オランダ等の研究機関の研究者と共同して、23カ国に住む生後8日の乳児から96歳の高齢者までの男女計5604名について安定同位体を用いた調査を行い、ヒトの体における1日の水分の出入り(以下「水の代謝回転」という。)を予測する式を世界で初めて発明しました。この研究の成果は2022年11月25日 に『Science』誌に発表されました。
  • 過去の研究により、ヒトの乳児の身体の約60%、一般男性の身体の約53%、一般女性の身体の約45%が水分で構成されていること(以下「体水分量」という。)は明らかになっていました。今回の研究により、平均的な場合、乳児で体水分量の約25%にあたる水分が、また、成人でも体水分量の約10%にあたる水分がたったの1日で体外に失われることがわかりました。ヒトは食糧を摂取せずとも最大で数週間生存できますが、水の代謝回転はこのように非常に速いことから、水分が3日補給されないだけで生存が危うくなります。
  • さらに本研究から、高温・多湿な環境や高地においては水の代謝回転が速く、また、身体活動レベルの高い者やアスリート、妊産婦、筋量の多い者においても水の代謝回転が速いことが明らかとなりました。個人の年齢、体格に加えて、環境やライフスタイルなどの要因は独立して水の代謝回転量に影響を及ぼしており、発展途上国に住むヒトの水の代謝回転は他の因子で調整しても速いことなどが、今回、ビックデータを用いることで明らかになりました。
  • 本研究の成果により、多様な環境下での脱水や熱中症の予防、さらには脱水に伴う腎臓や心臓の障害などの予防のために必要な水分摂取量の目安を明らかにできることが期待されます。さらに、国連によると、世界人口の約3分の1が、家庭で安全な飲料水が不足している状態にあると推測され、特に発展途上国において水不足の問題は顕著である中、本研究で得られた予測式は、各国における災害や有事の際の飲料水や食糧の確保の戦略立案や、世界における人口増加や気候の変動による水不足の予測モデル構築に役立つものと考えられます。

◆ 研究の背景と意義

水(H2O)は生命維持に必要不可欠な物質及び栄養素であり、ヒトを含む陸生動物は脱水を防ぐために水分を日常的に摂取する必要があります。ヒトは液体の水分や食品に含まれる水分を摂取することで、体水分量を維持しています。身体における水分の出入りのことを、水の代謝回転と呼びますが、1日あたりの水の代謝回転量には個人差があり、また個人内でも生活環境によって大きく変動することが知られていたものの、これまでのほとんどの研究が数十人規模の実験によるものか、もしくは、アンケート調査などの主観的な方法に基づく疫学研究であったため、正しく全容を理解することが困難でした。水の代謝回転について正しく理解することによって、大規模災害などの有事の際や、高温多湿な環境下、肉体労働、スポーツ実施時、妊産期、乳幼児期、小児期、高齢期などにおいて、ヒトが生存するために必要な水分量を見積もることができるようになります。加えて、水の代謝回転については、住んでいる国や地域によっても違う可能性があります。そのため、環境とライフスタイルの各因子がどのようにヒトの水の代謝回転を規定しているかを明らかにする必要がありました。

◆ 本研究から明らかになったこと

水(H2O)は、体重の約半分もの重量を占める物質であり、水素(H)と酸素(O)からできています。水素にも酸素にも(同一原子番号を持つものの、中性子数が異なるため質量数が異なる)同位体がありますが、その中でも放射能を持たず、安定して天然界に存在する同位体のことを安定同位体と呼びます。天然界の水素の99%以上は質量数1の水素(1H)ですが、約0.015%は質量数2の水素(2H)が含まれており、これは安定同位体になります。例えば、成人男性では平均的に40ℓ程度の水を体内に保持していますが、そのうち約600㎖は、質量数2の水素が結合した水になります。

体内に存在する2Hの約100分の1というわずかな安定同位体(平均的な成人男性で約5㎖の2H2O)を飲水すると、一時的に体内の2Hの値がわずかに高くなり、その後、数カ月もたたないうちに元の量に戻ります。このわずかな変化を正確に捉えることができる装置が、安定同位体比質量分析計(IRMS)です。この手法を用いることで、身体の中の水分量(体水分量)を正確に評価できるだけでなく、元に戻る速度から、水の代謝回転が算出できます(図1)。

図1 水の代謝回転を算出する原理についての概念図

本研究では、この方法を23カ国に住む生後8日の乳児から96歳の高齢者までの男女計5,604名に用いて、体水分量や水の代謝回転率(体水分量に対して、1日に失う平均的な水分量がどれぐらいか)を測定しました。図2は今回の研究で明らかになった水の代謝回転率を年齢別に示したものです。平均的には、ヒトの乳児では体水分量の約25%にあたる水分が、成人でも体水分量の約10%にあたる水分が1日で体外に失われることがわかりました。また、後期高齢者になると水の代謝回転率は有意に低下することも明らかになりました。なお、男女に違いはほとんどないのが特徴です。このように、ヒトは、非常に早い速度で身体から水分を失うため、水分補給ができないと3日生存するのも難しくなります。また脱水は腎臓や心臓の障害のリスクにもつながります。

図2 年齢と体水分の代謝回転率の関係(平均値)

平均値としては、図2で示したとおりの結果となるのですが、実際には図3で示したように大きな個人差があります。成人に限ってみても、1日に体水分量の5%しか水の代謝回転(ヒトの身体を出入りする1日当たりの水分量)が起こらない人がいる一方で、20%もの水の代謝回転が生じる人がいます。その変動要因については、小規模な研究でいくつか明らかになっていたものの、多人数を対象とした網羅的な研究が行われていなかったため、不明な部分が多く存在していました。

図3 年齢と体水分の代謝回転率の関係(個体値と平均値)

図4 年齢と水の代謝回転との関係(平均値)

男女別の水の代謝回転について示したのが、図4になります。男性では20~35歳で最も高い値を示し平均4.2ℓ/日でした。その後、年齢が上がるにつれて低くなっていき、90歳代では平均2.5ℓ/日になっていました。女性では30歳~60歳で高い値を示し平均3.3ℓ/日でした。その後は男性同様に年齢が上がるにつれて低くなっていき、90歳代では平均2.5ℓ/日でした。

このほかに、除脂肪体重、総エネルギー消費量、身体活動レベルが水の代謝回転と正の相関を示し、体脂肪率は負の相関関係を示しました。平均気温と水の代謝回転との間、及び、住んでいる地点の緯度と水の代謝回転との間には曲線的な関係が認められました。具体的には、気温が高い場合や赤道付近で生活している場合には、水の代謝回転は高い値を示しましたが、極端に寒い場合や北極圏で生活している場合などにも、ヒトの身体が1日に失う平均的な水分量はやや高くなる結果でした。一般的な感覚どおりですが、春に比べると暑い夏では水の代謝回転は平均で0.7ℓ/日程度高い値を示しました。妊娠後期では1日の水の代謝回転は0.7ℓほど多く、これは妊娠に伴う胎児の成長と体水分量の増加によるものと考えられます。また、出産後の授乳期には、母乳を与える影響などにより水の代謝回転は0.3ℓほど高い値を示しました。加えて、発展途上国、ならびに、肉体労働の多い人では高い水の代謝回転を示していました。日常の身体活動やスポーツへの従事も水の代謝回転を高めていました。これら一つ一つの結果は、生理学的に予測されたものではありますが、今回の成果により、このような各種要因が水の代謝回転に与える影響度を明確にする式を構築することができました。この式は、世界中の国や地域で利用でき、その日の平均気温・湿度が分かれば、その人の身体から1日に失われるであろう水分量を予測できる式になります。

ただし、ここで注意していただきたい点は、20歳代男性で1日に平均4.2ℓの水分が失われるとしても、1日4.2ℓの水を飲む必要はないということです。体内でエネルギー代謝の過程で産生される水が約10%(約0.4ℓ)あり、また、呼気などからも水分が少し体内に入ります。そのため、このうちの85%程度(約3.6ℓ)が目安の水分摂取の目安になります。さらに、食品の多くには水が含まれているので、「しっかりとした食事」をするだけでかなりの水分を摂取することになります。日本人の場合、一般的な食事を3食取った場合、3.6ℓの水分うち約半分を食事から摂取していることになり、「液体としての水分補給」として必要な量は1日約1.8ℓになります。20歳代女性の場合では1日約1.4ℓです。平均的な人の場合、この程度の量を水やお茶、汁物、牛乳などからとるとよいかと思われますが、上述した式に記載のように、気温・湿度、運動量、年齢、体格などによっても異なるため、個人ごとに目安は異なります。また、夏などの暑熱環境下や運動・肉体労働中にはより多くの水分補給をする必要があります。疾病や死亡などのリスクとの関連については、今後更なる研究が必要です。

いずれにしても、本研究の成果により、多様な環境下での脱水や熱中症の予防、さらには脱水に伴う腎臓や心臓の障害などの予防のために必要な水分摂取量の目安を明らかにできることが期待されます。さらに、本研究で得られた予測式は、各国における災害や有事の際の飲料水や食糧の確保の戦略形成や、世界における人口増加や気候の変動による水不足の予測モデル構築に役立つと考えられます。

◆ 共同研究機関

本研究は、総勢90人以上からなる国際プロジェクトによる研究成果です。特に今回の研究は、医薬基盤・健康・栄養研究所(日本)、早稲田大学(日本)、京都先端科学大学(日本)、筑波大学(日本)、アバディーン大学(英国)、中国科学院(中国)、デューク大学(米国)、マーストリヒト大学(オランダ)、ロヨラ大学(米国)、ウィスコンシン大学(米国)、ベイラー医科大学(米国)、ペニントンバイオメディカルリサーチセンター(米国)、及び、国際原子力機関(IAEA)が中心となった成果です。

◆ 研究支援

本研究成果は、国際原子力機関(IAEA, International Atomic Energy Agency)、米国国立科学財団(NSF, National Science Foundation)、中国科学院(CAS , Chinese Academy of Science)、米国国立衛生研究所(NIH, National Institutes of Health)、大陽日酸株式会社(日本)、Sercon Limited(英国)の支援を受けて実施されたものです。

◆ 論文情報

掲載雑誌:Science(サイエンス誌)
論文名:Variation in human water turnover associated with environmental and lifestyle factors
著者:Yosuke Yamada*†, Xueying Zhang†, Mary E.T. Henderson†, Hiroyuki Sagayama*, Herman Pontzer*, Daiki Watanabe, Tsukasa Yoshida, Misaka Kimura, Philip N. Ainslie, Lene F. Andersen, Liam J. Anderson, Lenore Arab, Issad Baddou, Kweku Bedu-Addo, Ellen E. Blaak, Stephane Blanc, Alberto G. Bonomi, Carlijn V.C. Bouten, Pascal Bovet, Maciej S. Buchowski, Nancy F. Butte, Stefan G. Camps, Graeme L. Close, Jamie A. Cooper, Richard Cooper, Sai Krupa Das, Lara R. Dugas, Simon Eaton, Ulf Ekelund, Sonja Entringer, Terrence Forrester, Barry W. Fudge, Annelies H Goris, Michael Gurven, Lewis G. Halsey, Catherine Hambly, Asmaa El Hamdouchi, Marije B. Hoos, Sumei Hu, Noorjehan Joonas, Annemiek M. Joosen, Peter Katzmarzyk, Kitty P. Kempen, William E. Kraus, Wantanee Kriengsinyos, Robert F. Kushner, Estelle V. Lambert, William R. Leonard, Nader Lessan, Corby K. Martin, Anine C. Medin, Erwin P. Meijer, James C. Morehen, James P. Morton, Marian L. Neuhouser, Theresa A. Nicklas, Robert M. Ojiambo, Kirsi H. Pietiläinen, Yannis P. Pitsiladis, Jacob Plange-Rhule, Guy Plasqui, Ross L. Prentice, Roberto A. Rabinovich, Susan B. Racette, David A. Raichlen, Eric Ravussin, Leanne M. Redman, John J. Reilly, Rebecca M. Reynolds, Susan B. Roberts, Albertine J. Schuit, Luis B. Sardinha, Analiza M. Silva, Anders M. Sjödin, Eric Stice, Samuel S. Urlacher, Giulio Valenti, Ludo M. Van Etten, Edgar A. Van Mil, Jonathan C. K. Wells, George Wilson, Brian M. Wood, Jack A. Yanovski, Alexia J. Murphy-Alford, Cornelia U. Loechl, Amy H. Luke*, Jennifer Rood*, Klaas R. Westerterp*, William W. Wong*, Motohiko Miyachi*, Dale A. Schoeller*, John R. Speakman*† and the IAEA DLW database consortium (総勢90名以上のプロジェクト)
*責任著者、†equal contribution
掲載日時:2022年11月25日(金)AM 4:00
掲載URL:https://www.science.org/doi/abs/10.1126/science.abm8668
DOI:10.1126/science.abm8668

◆ 参考情報

本研究は、昨年(2021年)8月13日にScience誌に掲載された論文『Daily energy expenditure through the human life course』(ヒトの加齢に伴う1日あたりのエネルギー消費量の変化)(著者:Pontzer H, Yamada Y, Sagayama H et al.)で用いられた国際二重標識水法データーベースを活用した内容です。昨年度の研究成果について興味のある方は、https://www.nibiohn.go.jp/eiken/info/info_ronbun20210813.htmlの「詳細はこちら」をご覧ください。(参考:https://www.asahi.com/articles/DA3S15065821.htmlなど)

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