大気からCO2を効率的に回収-固定化

2022年ムーンショット型開発研究事業に採択

大気からCO2を効率的に回収・固定化する 新たな風化促進技術“A-ERW”の開発

発表のポイント

カーボンニュートラル達成のため、岩石を粉砕・散布し、風化の過程(炭酸塩化)のもとで大気中のCO2を回収・固定化していく風化促進技術が注目されています。しかし、その活動による炭素収支の定量化、実際の固定化量の測定が不十分でした。
新技術A-ERWは適用地域の土地に適した方法で風化促進を行うことで、①大気中のCO2を除去、②地域に資源循環・コベネフィットをもたらす、の双方を同時に実現することが可能です。
岩石ごとの鉱物化率をデータ化・蓄積し情報基盤を整備することで、精度の高い炭素会計LCAを国内外に示し、日本発となる炭素会計の方法論の国際的コンセンサス醸成を目指します。

2022年9月26日、学校法人早稲田大学(東京都新宿区、理事長:田中愛治)の中垣隆雄(なかがきたかお)教授をPM(プロジェクトマネージャー)とし、三菱重工エンジニアリング株式会社(神奈川県横浜市、取締役社長CEO:寺沢賢二)、国立大学法人北海道大学(北海道札幌市、総長:寳金清博)、および京都府公立大学法人京都府立大学(京都府京都市、学長:塚本康浩)のグループによる提案が、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術開発機構(以下、NEDOとする)によるムーンショット型開発研究事業*1「ムーンショット目標4:2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」において、プロジェクト「岩石と場の特性を活用した風化促進技術“A-ERW”の開発として採択されました。

気候安定化とカーボンニュートラルに必要不可欠なNegative Emission Technologies (以下、NETsとする) *2として、日本の岩石との散布場の特性を生かし、大気からCO2を効率的に回収・固定化する先進的な風化促進技術“A-ERW”を開発します。また、実環境場での試験を通じたデータを基に、炭素会計LCA*3のエビデンスとして情報基盤を整備して、国内外に発信するとともに国際認証の取得を目指します。

※A-ERWはAdvanced Enhanced Rock Weatheringの略ですが、“A”には、Accelerated、Active、Agro-industrial、Advantageous、Accurate Accountingの意味を含ませています。

 (1) これまでの研究で分かっていたこと(研究の背景)

日本をはじめ、多くの国で2050~60年ごろまでに温室効果ガスの排出量を実質ゼロとするカーボンニュートラルの達成を宣言しています。そのためには、2050年時点でも再生可能エネルギーの主力化だけでは解決困難な航空機や重量車の液体燃料、リサイクル不能な廃棄物の焼却処分、セメントや製鉄副原料の石灰石などから排出される人為起源CO2の大気への放散を、何らかの手段で回避、あるいはオフセットする必要があります。さらに、気候安定化のためには過去に排出された大気中のCO2も回収・固定化していく技術が求められ、これらの対策としてNETsが注目されています。

NETsのうち、本プロジェクトでは天然の岩石を用いて大気中のCO2を回収・鉱物化させる風化促進技術(Enhanced Rock Weathering、以下、ERWとする)*4を対象とします。ERWは海外を中心に玄武岩などの苦鉄質岩を人工的に粉砕・微粉化し、耕作地散布などを実施、風化の過程(炭酸塩化)でCO2を吸収しようとしています。しかし、その適用によって新たに放出されるCO2や、自然循環も含む複雑な炭素収支は定量化が不十分で、日本で実施した場合の地層や岩石ごとに異なる総固定量*5や実際の正味固定量*6は不明でした。

このような背景の下、経済産業省はムーンショット目標4として、「2050 年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」を掲げ、クールアースとして「2030 年までに、温室効果ガスに係る循環技術を開発し、Life Cycle Assessment(LCA)の観点からも有効であることをパイロット規模で確認する」との目標が明記されています。

(2) 今回のプロジェクトで新たに実現しようとすること

日本はプレートの沈み込み帯に位置する地震火山大国ですが、様々な種類の天然岩石が容易に入手可能な利点もあります。そこで、日本の岩石との散布場の特性を生かし、大気からCO2を効率的に回収・固定化する先進的な風化促進技術“A-ERW”を開発することを目指します。

これまでのERWでは、対象は主に玄武岩のみ、粉砕して耕作地に散布することを想定していました。そのため、雨水中に溶解した大気中のCO2(炭酸イオン、炭酸水素イオンを含む)が散布した岩石に作用するのに時間がかかり、正味固定量も多くなく、実際の証拠となる炭素会計に資するデータもほとんどありませんでした。そこで本プロジェクトでは、ERWを「物理的な比表面積拡大(物理的な風化)」×「物質輸送と化学反応によるCO2鉱物化」として捉え直し、可能な限りの少ない追加エネルギーでそれぞれのプロセスの加速法を適用していきます。耕作地散布においても、土壌に合わせた管理法や栽培法を組み合わせることで実質の固定量を増大させます。また、試験データと数値計算モデルによる高度な予測を基に、岩石ごとのCO2鉱物化ポテンシャルと前処理エネルギー*7、散布方法ごとのCO2鉱物化速度や所定時間経過後の鉱物化率などをデータ化していきます。さらに、効率的なモニタリング法の開発と実環境場での試験を通じて予測モデルの妥当性を確認していくとともに、得られたデータを蓄積し、炭素会計LCAのためのエビデンスとして情報基盤(図2)のひな形を整備します。

(3) このプロジェクトにより期待される波及効果

A-ERWでは、地質調査データが豊富な北海道をモデル地域として選定します。各地で得られるA-ERWに適した岩石を効率的に粉砕し、その土地に適した方法で風化促進させることで、大気中のCO2を除去するNETsでありながら、同時に地域に資源循環・コベネフィットをもたらします。

たとえば、耕作地に散布すれば農作物の収量アップ、養分供給、土壌の物理性改善および有機炭素の貯留量増加をもたらします。休廃止鉱山や森林傾斜地への散布では、中和剤用途の石灰から脱却でCO2の発生を抑え、森林傾斜地の地滑りの防止によって結果的に炭素固定量を増加させます。さらには、散布岩石に含まれるCa、Mg、Kなどは、河川を通じて近海のアルカリ化に寄与し、海水中のCO2の保持力向上が期待されます。一方、蛇紋岩など開放地への散布が不適当な岩石は、工業的に大気中のCO2を高速に鉱物化*8させます。

また、シンプルかつ確度の高い炭素会計LCAを国内外に示すことで、国際的なコンセンサスを得つつ、CO2削減クレジットによる早期の社会実装を目指します。

(4) 各機関の役割

本プロジェクトは岩石ごとの前処理エネルギーとCO2鉱物化ポテンシャルを共通データとして、農・工学(Agro-industrial)の強力な連携の下でERWの炭素会計LCAを明らかにしようとする初の試みであり、次のような分担となっています。

早稲田大学

(再委託)ソブエクレー株式会社

  • 研究統括、気固接触による鉱物化率のモデリングと炭素会計法開発
  • 岩石ごとの前処理エネルギー、鉱物化ポテンシャルデータベース作成、

三菱重工エンジニアリング

(共同実施)三菱重工パワー環境ソリューション

  • 鉱物化ハウスによる実環境場試験、大規模化の概念設計と経済性評価

北海道大学(工学系)

(再委託)国土防災技術株式会社、北海道立総合研究機構、森林総合研究所、QJサイエンス株式会社

  • 北海道をケーススタディとした地質学的調査、事業環境調査、効率的なモニタリング法開発、散布場選定風化のラボ試験とモデリング、休廃止鉱山および溶脱優勢な森林傾斜地における実環境場試験、自然環境を含む炭素会計法開発

京都府立大学、北海道大学(農学系)

(再委託)農業・食品産業技術総合研究機構、東京大学、国際農林水産業研究センター、琉球大学

  • 耕作地散布風化促進のラボ試験とモデリング、北海道・関東・南西諸島の異なる土壌での実環境場試験、栽培・土壌管理法・モニタリング法開発、大規模実証試験の概念設計、土壌炭素収支と自然環境を含む炭素会計法開発

 (5) 中垣PM(プロジェクトマネジャー)のコメント

気候安定化とカーボンニュートラル実現のために必要となるNETsとして、CO2削減のコストと国内の総ポテンシャルの観点でERWは現実的な解の一つですが、炭素会計に難がありました。また、受動的な自然作用だけでは進行が遅く、人為的に加速してもそれに伴う追加的なCO2排出によって正味固定量が大幅に悪化しては元も子もありません。本プロジェクトは、幸いにも農・工学の当該分野において日本を代表する研究者・技術者に恵まれ、専門知が集結したオールジャパンチームでこれらの難課題の解決に挑戦して行きます。科学的根拠に基づいて炭素会計が明確になり、国際的にコンセンサスが得られれば、クレジットでビジネス化も可能です。A-ERWがもたらすコベネフィットと併せて地域を豊かにするとともに、ギガトン(10億トン)のCO2固定化で貢献していきたいと考えています。

(6) 研究助成情報

助成名称:NEDO ムーンショット型研究開発事業 目標4「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」
研究開発内容:「炭酸塩化によるCO2吸収:玄武岩などの岩石を粉砕・散布するなど、人為的に風化を加速させる技術(風化促進)」
タイトル:岩石と場の特性を活用した風化促進技術“A-ERW”の開発 Advanced enhanced rock weathering (A-ERW) technology actively combined with site characteristics
実施期間:2022年度から2024年度までの3年間

(参考)NEDOムーンショット型研究開発事業で、新たに5件のプロジェクトを採択
―自然のCO2吸収能力を人為的に加速させる技術の見極めに着手―
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101573.html

 (7) 参画(共同研究)基幹・研究者情報

早稲田大学 理工学術院創造理工学部総合機械工学科 中垣隆雄 教授
北海道大学 大学院工学研究院 佐藤努 教授、大学院農学研究院 信濃卓郎 教授、当真要 教授
三菱重工エンジニアリング株式会社 荒川宜彬(プロジェクト担当窓口)
京都府立大学 生命環境科学研究科 中尾淳 准教授

 (8) 用語解説

*1: ムーンショット型開発研究事業

日本発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する新たな制度で、内閣官房、内閣府、文部科学省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省が連携し、研究開発を推進します。総合科学技術・イノベーション会議で決定された7つのムーンショット目標について、各目標における研究開発全体責任者であるプログラムディレクターの下、プロジェクトマネージャーは、ムーンショット目標達成および研究開発構想実現に至るシナリオの策定、研究開発プロジェクトの設計、研究開発体制の構築、研究開発プロジェクトの実施管理などを行います。

*2: Negative Emission Technologies

大気中のCO2を回収・吸収し、貯留・固定化することで大気中のCO2除去(CDR, Carbon Dioxide Removal)に資する技術。自然のCO2吸収・固定化の過程に、人為的な工程を加えることで加速させる技術やプロセスを差します。

*3: 炭素会計LCA

評価バウンダリを決定し、A-ERWの活動全体の炭素収支をライフサイクルアセスメントとして正確に算定すること。風化促進では、岩石の総固定量から、採掘・粉砕・散布までにかかるエネルギーやその機材の生産によるCO2排出量などを差し引く必要がある。さらに、植物の呼吸と光合成だけでなく、土壌中の微生物による有機物の増減やメタン・亜酸化窒素など地球温暖化係数(GWP)の高いGHGの大気放散、地下水や河川を通じた岩石由来のミネラル分の流出による近海のアルカリ化によるCO2吸収量の増加などが全て含まれる必要がある。

*4: 風化促進技術(Enhanced Rock Weathering)

天然の岩石を粉砕、比表面積を拡大することで、岩石に含まれるカルシウム(Ca)やマグネシウム(Mg)などが炭酸塩として大気中のCO2を鉱物化・半永久的に固定化する自然作用を人工的に促進させる技術。

*5: 総固定量

岩石や地層ごとに異なるCO2鉱物化ポテンシャル(無限時間経過後の理論最大量)と1年などの所定時間経過後のCO2鉱物化率の積で表される。

*6: 正味固定量

ERWの活動によって排出される工学的に算定可能なCO2や、土地利用の変化・土壌中の炭素収支の変化など農学的に算定されるCO2を含むGHGなどを総固定量から差し引いた正味の固定量。

*7: 前処理エネルギー

天然岩石を重機で採掘・輸送し、ミルなどで風化促進に適した粒子径(μm)になるまで粉砕・微粉化するために必要な電力など、施用前の処理にかかるエネルギー。

*8: 工業的に大気中のCO2を高速に鉱物化

Corey A. Myers and Takao Nakagaki, “Direct mineralization of atmospheric CO2 using natural rocks in Japan”, Environmental Research Letters, Volume 15, Number 12 2020で発表済み。2021年11月ICEF発行のCarbon mineralization roadmapの中では、当該論文がBox3-1に大きく取り上げられました。

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/top/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる