実験を電子ノートで記録しAIで解析

実験研究の様子を電子ノートで記録しAIで自動解析するシステムを構築

発表のポイント

  • 日々の化学・材料実験の様子を電子実験ノートとして記録し、実験操作と結果の関連を自動で解析するAIシステムを構築した。
  • AIシステムでの解析を通して、室温で液体に近い伝導度を示す高分子固体電解質の最適な製法や、高性能の鍵となるメカニズムを解明した。
  • 今後、実験研究のDXやオープンサイエンスの促進につながることが期待される。

早稲田大学理工学術院の畠山 歓(はたけやま かん)講師および小柳津 研一(おやいづ けんいち)教授らの研究グループは国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)と協力し、日々の化学・材料実験の様子を電子実験ノートとして記録し、実験操作と結果の関連を自動で解析するAI(人工知能)システムを構築しました。そして、AIシステムでの解析を通して、室温で液体に近い伝導度を示す高分子固体電解質の最適な製法や、高性能の鍵となるメカニズムを明らかにしました。

従来の研究では、研究者が紙面に記録された実験ノートを読み解き、解析用のデータベースを構築するという大きな手間がかかっていました。今回構築したAIシステムによって、複雑な研究を正確にデジタル記録し、データ科学に展開する手段が確立できるようになり、実験研究のデジタルトランスフォーメーション(DX)やオープンサイエンスの促進につながることが期待されます。

本研究成果は、2022年8月17日(水)にNature系雑誌の『npj Computational Materials』のオンライン版で公開されました。

論文名:Exploration of organic superionic glassy conductors by process and materials informatics with lossless graph database

DOI: https://doi.org/10.1038/s41524-022-00853-0

(1)これまでの研究で分かっていたこと

科学研究の記録は実験ノート、学術論文、特許などの媒体で蓄積されてきましたが、公知文献からは実験時の気温、湿度、試薬の合成日などの細かな条件、更には失敗した実験の結果などは割愛され、実験結果に関わる因子が網羅されているとは言い切れません。そこで、これらの情報を統合的に管理するためのAIの応用が検討されています。実験者が日常的に行うアナログで複雑な研究を正確にデジタル記録し、データ科学に展開する手段の確立が、研究室のデジタルトランスフォーメーション(DX)やオープンサイエンスの促進の鍵と言えます。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

日々の材料実験の様子をグラフ構造と呼ばれるデータ形式で記録し、AIで自動解析するシステムを構築しました(図1)。グラフ構造とは情報間の関係性を点と線で繋いだデータ形式で、AIにとって文章や画像よりも処理が容易です。また、実験研究者にとって馴染み深いフローチャートの仲間でもあります。グラフ構造は、実験操作や結果に加え、実施日や気温、装置や試料の状態などの材料特性に影響しうる様々な情報を記録できることから、AIと研究者の双方に適したデータ構造と言えます。蓄積したデータは次項で説明する新たに開発した分析手法によって自動解析されます。

従来の研究では紙面に記録された実験ノートを読み解き、解析用のデータベースを研究者が構築する大きな手間がかかりました。この過程を無くすことで、実験系研究室のDXを一気に促進できます。

図1. 電子実験ノートとデータ解析のスキーム
(図はプレプリントのデータをCCライセンスに基づき一部改編して掲載)

(3)そのために新しく開発した手法

開発手法

蓄積したグラフデータを分析する手段は複数あり、研究グループは過去に深層学習を使ったアプローチを報告しました(2020年7月30日掲載 雑誌名:Communications Materials、論文名:Integrating multiple materials science projects in a single neural network)。前回の手法は多種多様な実験データを同時学習する用途などに適していたものの、AIによる予測過程が分かりにくいという欠点がありました※1。実験研究では予測根拠も知りたいことが多いため、深層学習は常にベストなアプローチとは言えません。

そこで今回はより分析性に優れたFingerprintと呼ばれる手法を新たに採用しました。Fingerprintは特定の実験操作の有無を判定するアルゴリズムで、分子構造と物性の相関解析などの用途で活用されています。本研究では本アイデアを新たに実験操作へ応用することで、人間にも分かり易い形でデータベースを数値化できるようになりました。

実験による有効性評価

本システムは高分子固体電解質※2の実験研究で運用しました。本分野で最近研究グループが提案している化合物の分子設計は従来系とは大きく異なり※3、液体に迫る電気伝導性を示す兆候があります。一方で駆動メカニズムが分かっておらず、更に材料の組成、作製時の粉砕や加熱条件などを少し変えるだけで、その性能が劇的に変化してしまうことも課題でした。

実験を担当した大学院生の努力の甲斐もあり、失敗した実験も含め、500回以上の実験データをグラフ構造として記録しました。一方で何百もの結果があると、実験者であっても全貌を把握するのが困難です。

今回のAIシステムを使って実験結果を解析することで、新材料の性能を規定しうる重要な構造・実験因子を抽出できました。例えば特定の複合条件では電解質内に加えた塩が高分子との相互作用を経て乱雑な構造に変化し、電気伝導度が大幅に向上する機構が示されました(図2)。従来報告された高分子固体電解質に比べ、電池中で大電流を流しやすいなどの特長も明らかになりつつあります。

図2. 研究を通じて明らかになった相互作用や分子構造のイメージ
(図はプレプリントのデータをCCライセンスに基づき一部改編して掲載)

(4)研究の波及効果や社会的影響

構築した電子実験ノートシステムは様々な材料研究へ展開可能で、実験研究のDXを促進する足掛かりになります。研究グループは今回の研究に関わる一連の実験記録を、失敗データや計測情報も含めてweb上に公開しました。このように、世界中の研究者やAIが生の実験データにアクセスできるようになることで、データ科学を介したオープンサイエンスの流れが強まることを期待しています。

本システムを用いて新たに発見したイオン伝導体には、伝導度や安定性、再現性等についてさらに解明しなければならない点も残っています。データ科学を活用した研究の継続により、将来的には車載用の全固体二次電池等で利用されることが期待されます。

(5)今後の課題

本研究では、材料科学の実験データと関連データを、データ科学的手法を用いて統合管理し分析することにより、新たな材料発見につながることが示されました。これは、将来の研究方向として材料・データ科学の一層の融合が必要であることを示す実証事例となっています。

現在は化学・材料実験の記録に特化した管理ツールの構築にも取り組んでいます。多種多様な実験記録から効率的に有用な知見を抽出するノウハウについては更なる検討が必要です。これについては、データ科学の専門家とも協力しながら、課題解決に向けた研究を進めています。

(6)研究者のコメント

研究者の努力の結晶とも言える日々の実験記録やノートを、(研究室の中で眠らせるだけでなく)データ解析に適した形で世界中に公開することで、人類の科学研究は一気に加速するはずです。本研究を含む化学・材料・データ科学の新たな潮流をきっかけとして、オープンサイエンスに参加する研究者が増えることを期待しています。

(7)用語解説

※1 深層学習モデルによる予測
一般に深層学習モデルは予測精度に優れることが知られているが、その予測プロセスは人間にとって必ずしも明瞭ではなく、しばしばブラックボックス予測と呼ばれている。

※2 高分子固体電解質
食塩水などの塩を溶解させた液体はイオン輸送性を示すことが知られ、電解液と呼ばれている。高分子のような固体材料中であっても、適切な分子設計をすればイオン伝導性を発現することが分かっている。固体電解質は全固体二次電池の重要部材としても注目されており、性能向上を始めとする様々な研究が推進されている。

※3 分子設計の違い
従来の高分子固体電解質はゴムのように柔らかい分子設計に基づき、イオン伝導を促進させるアプローチが主流であった。研究グループは最近、ガラス状の高分子であっても高い伝導度を発現可能なケースがあることを明らかにしつつある。そのメカニズム解明に向け、発表の件を含め、継続的に研究を進めている。

(8)論文情報

雑誌名:npj Computational Materials
論文名:Exploration of organic superionic glassy conductors by process and materials informatics with lossless graph database
執筆者名(所属機関名):畠山 歓 (早稲田大学)、梅木 桃花 (早稲田大学)、足立 裕樹 (早稲田大学)、桑田 直明 (NIMS)、長谷川 源 (NIMS)、小柳津 研一 (早稲田大学)
掲載日時(現地時間):2022年8月17日(水)
掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41524-022-00853-0
DOI:https://doi.org/10.1038/s41524-022-00853-0

(9)研究助成

研究費名:基盤研究(A)
研究課題名:有機エネルギーマテリアル化学の確立と展開
研究代表者名(所属機関名):小柳津 研一(早稲田大学)

研究費名:新学術領域研究(研究領域提案型)
研究課題名:特異的作用場としての芳香族高分子による塩の非晶・超イオン伝導化
研究代表者名(所属機関名):畠山 歓(早稲田大学)

研究費名:新学術領域研究(研究領域提案型)
研究課題名: 高度計測の統合利用による蓄電固体界面の物理化学局所状態の解明
研究分担者名(所属機関名):桑田 直明 (NIMS)
課題番号: 19H05814

研究費名:基盤研究(B)
研究課題名:教師無し深層学習による革新有機材料の自動探索
研究代表者名(所属機関名):畠山 歓(早稲田大学)

研究費名:JST 創発的研究支援事業
研究課題名:プロセスに強いMIの創出と複合機能材料での実践
研究代表者名(所属機関名):畠山 歓(早稲田大学)

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