高分子固体電解質をAIで自動設計

高分子固体電解質をAIによる機械学習で自動設計する新たな手法を開発

発表のポイント

  • 全固体二次電池で用いられる高分子固体電解質をAIによる機械学習で自動設計する新たな手法を開発した。
  • 本手法の開発には、機械学習手法の工夫に加え、膨大な候補群の中から最適な分子設計を高速抽出するために量子インスパイアード技術である富士通の「デジタルアニーラ」※1を用いた。
  • 本手法により、データ科学を活用した機能性材料の探索研究の効率化が見込まれる。

早稲田大学理工学術院の畠山 歓(はたけやま かん)講師および小柳津 研一(おやいづ けんいち)教授らの研究グループは富士通株式会社と協力し、全固体二次電池で用いられる高分子固体電解質をAI(人工知能)による機械学習で自動設計する新たな手法を開発しました。

AI技術の発展に伴い、コンピュータによる分子設計の自動化技術が注目を集めていますが、AIは特定の情報しか学習していないため、分子設計の総合的なセンスが欠落しています。そのため、社会実装には適さない候補構造ばかりが提案されることが大きな課題となっていました。

今回研究グループは、AIを用いたアルゴリズムによって材料が満たすべき分子構造の特徴を自動定義し、さらに膨大な候補群の中から最適な分子設計を抽出するため、組合せ最適化問題を高速に解く量子インスパイアード技術である富士通の「デジタルアニーラ」を用いることによって、新たな分子設計システムの構築に成功しました。今回明らかにした手法により、データ科学を活用した機能性材料の探索研究の効率化が見込まれます。研究グループは、今後も異分野のエキスパートと連携しながら、AI技術と新素材の開発を両輪で進めていきます。

本研究成果は、2022年6月27日(月)に『Macromolecular Rapid Communications』のオンライン版で公開されました。

論文名:Automated Design of Li+-Conducting Polymer by Quantum-Inspired Annealing

DOI: 10.1002/marc.202200385

(1)これまでの研究で分かっていたこと

AI技術の発展に伴い、コンピュータによる分子設計の自動化技術が注目を集めています。多量の材料データをAIに学習させることで、人間には思いつかないような革新的な新素材や、二次電池などのデバイスの高性能化に繋がる機能性材料の分子設計をコンピュータが自ら提案できるようになりつつあります。

このようなアイデアは以前から検討されてきましたが、AIによる構造提案には多くの課題があります。その一つが、「分子設計のセンス」です。通常、化学者は自らの実験経験や科学知識に基づいて新素材の設計を着想します。一方、AIがアクセス可能な情報はデータベースのみです。データベースの構築には多大なコストがかかるため、分子構造と電気伝導度の関係のような、特定の相関情報のみしか学習できない事例が大半です。

特定の情報しか学習していないAIは、分子設計の総合的なセンスが欠落しています。例えば、「伝導度は高いが化学的に不安定な材料」のような、社会実装には適さない候補構造ばかりが提案されることが大きな課題となっていました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

次世代の電気自動車への搭載などが期待される全固体二次電池の鍵部材である「固体電解質」をAIに自動設計させるタスクに挑戦しました。電解質の重要指標である電気伝導性に加え、実際に二次電池中で動作させるために必要な諸要件※2を満たす、新たな高分子材料の設計をAIに自動提案させるための手法を見いだしました(図1)。

図1. 新材料のスクリーニングプロセス
(図はプレプリントのデータをCCライセンスに基づき一部改編して掲載)

(3)そのために新しく開発した手法

機械学習手法の工夫に加え、論文の共著者である富士通株式会社が開発した「デジタルアニーラ」の導入により、新たな分子設計システムの動作を実現できました(図2)。AIを用いたアルゴリズムによって材料が満たすべき分子構造の特徴を自動定義し、さらに膨大な候補群の中から最適な分子設計を富士通の「デジタルアニーラ」で高速抽出できたことが本研究の鍵となります。以下にアプローチを示します。

初めに、教師なし機械学習(制限ボルツマンマシン)と呼ばれる手法を用い、従来電解質として検討されてきた材料構造群の特徴をAIに学習させました(モデルA)。これにより、固体電解質の分子的な特徴をシステムに自動認識させることができます。次に、研究室で独自に構築したイオン伝導体データベースをもとに、分子構造と電気伝導度の関係を別のAI(教師あり機械学習、モデルB)に学習させました。

上述したA、Bの機械学習モデルを組み合わせれば、電解質としての諸要件を満たしながらも、優れた電気伝導度を示す新素材を設計することが原理的に可能です。一方、世の中には1060種以上の分子構造が存在しうると言われ、天文学的な種類の候補群から、複雑な要件(≒A×B)を満たす理想構造を抽出するのは困難です。限られた計算時間の中で理想に近い構造を抽出するために、富士通の「デジタルアニーラ」を用いた点が研究推進の一つのポイントになりました。

図2. 教師あり・なし機械学習と富士通の「デジタルアニーラ」を組み合わせた分子構造の設計
(図はプレプリントのデータをCCライセンスに基づき一部改編して掲載)

新規開発した分子設計システムの有効性は、実際の材料実験で検証しました。提案された構造をもとに新たな高分子材料を合成し、本部材が全固体リチウム電池の電解質層として機能することを明らかにしました(図3)。材料研究の現場で求められる高分子の分子構造をダイレクトに提案できるAIシステムはまだ成功例が少なく、コンピュータによる自動材料設計の技術が一歩前進したと言えます。

図3.新たに合成した高分子材料の様子と化学構造
(図はプレプリントのデータをCCライセンスに基づき一部改編して掲載)

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究で提案されるアプローチの活用を通し、「既知の素材a、b、c、d、…の特長は保ちつつ、あるパラメータeも向上させたい」というような、研究現場でしばしば直面する分子設計の要望に応えることができつつあります。今後、材料科学者がAIを駆使しながら新材料を設計するスタイルが波及し、エネルギー・環境問題等の解決に向けた材料開発も加速できると期待されます。

(5)今後の課題

AIによる材料設計は少しずつ実験研究の現場にも浸透し始めています。一方で課題も多く、例えば材料物性の予測精度が不十分です。機械学習アルゴリズムやデータベース構築の方法論、解探索の手法など、取り組むべきチャレンジが多く残っており、今後も継続して研究に取り組んでいきます。

(6)研究者のコメント

実際の材料合成や計測に取り組む実験研究者の立場で、現場での運用に耐えうる設計ツール開発に取り組んでいます。今回は量子インスパイアード技術の専門家とチームを組むことで、解探索の問題が一部解決されました。今後も異分野のエキスパートと連携しながら、AI技術と新素材の開発を両輪で進めていきたいと思います。

(7)用語解説

※1 「デジタルアニーラ」
現在の汎用コンピュータでは解くことが困難な組合せ最適化問題を高速に解く富士通独自の量子インスパイアード技術。
参考サイト: https://www.fujitsu.com/jp/digitalannealer/

※2 固体電解質の要件
例えば高分子電解質を全固体二次電池に用いる場合、その材料は電気伝導性・充放電反応中の分解耐性・熱安定性・機械強度・結着性・特定の有機溶剤に対する溶解性・有機反応での合成可能性などの性質を持つことが好ましいとされている。

(8)論文情報

雑誌名:Macromolecular Rapid Communications
論文名:Automated Design of Li+-Conducting Polymer by Quantum-Inspired Annealing
執筆者名(所属機関名):畠山 歓 (早稲田大学)、足立 裕樹 (早稲田大学)、梅木 桃花 (早稲田大学)、柏川 貴弘 (富士通株式会社)、木村 浩一 (富士通株式会社)、小柳津 研一 (早稲田大学)
掲載日時(現地時間):2022年6月27日
掲載URL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/marc.202200385
DOI:10.1002/marc.202200385

(9)研究助成

研究費名:基盤研究(A)
研究課題名:有機エネルギーマテリアル化学の確立と展開
研究代表者名(所属機関名):小柳津 研一(早稲田大学)

研究費名:新学術領域研究(研究領域提案型)
研究課題名:特異的作用場としての芳香族高分子による塩の非晶・超イオン伝導化
研究代表者名(所属機関名):畠山 歓(早稲田大学)

研究費名:基盤研究(B)
研究課題名:教師無し深層学習による革新有機材料の自動探索
研究代表者名(所属機関名):畠山 歓(早稲田大学)

研究費名:JST 創発的研究支援事業
研究課題名:プロセスに強いMIの創出と複合機能材料での実践
研究代表者名(所属機関名):畠山 歓(早稲田大学)

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