遷移金属酸化物の近藤効果を実証

遷移金属酸化物の近藤効果を初めて実証

~電子相関物性の設計・探索の新たなプラットホームを開拓~

大阪府立大学(学長:辰巳砂 昌弘)大学院 工学研究科 播木 敦 助教、博士前期課程1年 加瀬林 啓人さん、早稲田大学 理工学術院 溝川 貴司 教授、京都大学 化学研究所 島川 祐一 教授、広島大学 田中 新 准教授らは、マックスプランク研究所 Liu Hao Tjeng 教授、ウィーン工科大学 Jan Kuneš 教授らのグループと共同で、銅(Cu)とルテニウム(Ru)からなる酸化物(CaCu3Ru4O12)のX線光電子分光(注1)を測定し、独自に開発した計算パッケージを用いて、高精度な理論解析を行いました。

その結果、CaCu3Ru4O12では、遷移金属の酸化物ではほとんど報告例がない近藤効果(注2)が実現していることを初めて実証しました(図1)。近藤効果は、電気抵抗がゼロになる超伝導現象や電子の質量が有効的に異常増大する重い電子現象など、様々な量子物性の発現メカニズムと密接な繋がりがあります。今回の結果は、近藤効果が実現する遷移金属酸化物の物質群(四重ペロブスカイト遷移金属酸化物、注3)の存在を示唆するもので、更なる物質合成を進めることで、近藤効果に由来する新奇物性の発見が期待されます。

なお、この成果は、米国物理学会が刊行する学術雑誌「Physical Review X」にて、1月27日(日本時間)にオンライン掲載されました。

<本研究のポイント>

ペロブスカイト遷移金属酸化物CaCu3Ru4O12のX線光電子分光実験データを測定し、最新の量子理論手法を用いて解析した結果、近藤効果が実現していることを実証した
希土類化合物だけでなく、遷移金属酸化物でも近藤効果が発生することを示した
今後、遷移金属酸化物の構成元素を制御することで、近藤効果が紡ぎ出す磁気応答や超伝導、重い電子状態などの新奇量子物性の発見が期待される

<研究の背景>

遷移金属の酸化物や希土類元素(注4)からなる化合物は、電気抵抗がゼロになる超伝導体や磁性材料として、現代のテクノロジーを支えています。これらの物質の多種多様な性質には、電子が持つ磁石のような性質 -スピン- が重要な役割を果たしています。スピンは電子に内在する性質で、このスピンが規則的に配列すると、我々が普段目にする磁石が出来上がります。しかし、ある物質では温度を下げると、この電子のスピンが巨視的なスケールで消失する現象が起こります。これが、近藤効果と呼ばれる現象です。1964年に近藤淳博士により、この現象は「磁性元素と伝導電子の間の量子力学的な相互作用」に由来することが明らかにされましたが、その後の研究から、超伝導や磁性から素粒子物理学や原子核物理学まで、広範囲の物理現象の根幹と深い関わりがある現象であることがわかってきました。材料科学においては、量子情報デバイスの素子としても期待される半導体量子ドットの設計や、電子のスピンを利用して高効率デバイスの創造を目指すスピントロニクスの分野でも重要な役割を担い始めています。近藤効果は、希土類元素の化合物では多くの物質で発見されており、電子質量が異常増大する重い電子現象や超伝導などを理解・設計する基本概念として定着しています。その一方で、遷移金属の酸化物では、近藤効果の実現がはっきり裏付けられた物質はこれまで見つかっていませんでした。

<研究内容>

本研究では、銅(Cu)とルテニウム(Ru)の2つの遷移金属元素を含む酸化物CaCu3Ru4O12(図2)に着目し、近藤効果の検証に挑みました。この物質に関しては、近藤効果を示唆する過去の実験結果もありますが、一方で近藤効果とは全く相寄れない実験結果も報告されていました。この状況を打破すべく、本研究グループは、高純度なCaCu3Ru4O12のサンプルを合成し、CuとRuの電子を直接観測できるX線光電子分光の実験を行いました。国内外の高輝度放射光施設(国内のSPring-8、台湾の國家同歩輻射研究中心、韓国の浦項放射光源)を利用し、広い範囲の波長の入射X線で実験することで、CuとRuの電子それぞれを分離して観測することに成功しました。その結果、Cuの電子は、近藤効果を示す希土類化合物と類似のスペクトル(運動エネルギー)を示すことが確認できました。この新しい実験データを、独自に開発した第一原理手法(密度汎関数理論)と量子多体手法(動的平均場理論)を実装した解析パッケージにインプットすることで、CaCu3Ru4O12の結晶内部のCuとRu電子の運動(図2)を再現できる理論モデル(多軌道ハバードモデル)が完成しました。

この理論モデルを、スーパーコンピュータ(オーストリア・ウィーンのVienna Scientific Cluster)を用いて数値的に解くと、低温下で存在するべきであるCu電子のスピンが消失する様子が我々の目の前に浮かびあがりました。詳細に解析すると、Ruの伝導電子が雲のようにCu電子のスピンを取り囲んで結合し、スピンを打ち消した(遮蔽した)多体束縛状態(注5)を形成していることがわかりました(図1、図3を参照)。さらに、この束縛状態が壊れ始める温度、すなわちCuのスピン(局在モーメント)が見え始める近藤温度と呼ばれる特性温度が非常に高い(500K以上)ことを突き止めました。実験的にこの温度に到達するのは困難を極めますが、今回正確な理論モデルが得られたおかげで、高精度数値シミュレーションを利用して近藤温度の評価が可能になりました。これは、過去の実験で、温度を上げてもCuのスピンが現れないという近藤効果と一見矛盾する結果が得られた問題を解消する重要なポイントで、CaCu3Ru4O12の近藤効果を決定づけるものです。

今回の解析から、四重ペロブスカイト構造(化学組成式AA’3B4O12)の、A’部分にCuを、B部分に遍歴性の高い伝導電子を提供できる遷移金属元素(今回はルテニウム)を配置することで、近藤効果を実現できることがわかりました。今後、B部分を他の元素で置換することで、Cu電子のスピンとの伝導電子の相互作用を調整し、近藤効果の強弱(近藤温度)を制御できると考えられます。したがって、四重ペロブスカイト構造を有する遷移金属酸化物は、近藤効果が紡ぎ出す磁気応答や重い電子現象、超伝導などの現象を探索・探究する新しいプラットホームになると期待されます。

<社会的意義、今後の予定>

本研究により、遷移金属酸化物のCaCu3Ru4O12で近藤効果が初めて実証されました。本研究で得られた結果は、物性物理学を中心に広範囲の物理現象の源である近藤効果を実現・探究する新たなプラットホームを提案するという学術的な意義があります。また、現在のテクノロジーを支える遷移金属を用いた材料科学の分野に、近藤効果に由来する特異な磁気・電気応答を示す物質(四重ペロブスカイト構造の遷移金属酸化物)を設計・合成するための新たな指針を与えます。遷移金属の酸化物において、近藤効果が普及し、化学的制御が可能になることで、次世代量子情報デバイスやスピントロニクスにおける新しい素子やスピン伝導の制御法の開発に繋がると考えられ、今後の研究が期待されます。

<発表雑誌>

本研究の成果は、米国物理学会が刊行する学術雑誌「Physical Review X」にて1月27日(日本時間)にオンライン掲載されました。

<雑誌名>Physical Review X

<論文タイトル>CaCu3Ru4O12: A High Kondo-Temperature Transition Metal Oxide

<著者>播木敦、加瀬林啓人(大阪府立大学)、溝川貴司(早稲田大学)、島川祐一、菅野聡(京都大学)、田中新(広島大学)、Liu Hao Tjeng, Takegami Daisuke, Chun-Fu Chang, Deepa Kasinathan, Simone Altendorf, Katharina Höfer, Federico Meneghin, Andrea Marino, Junwon Seo, Dong-Hoon Lee, Gihun Ryu, Alexander Christoph Komarek (マックスプランク研究所)、Yen-Fa Liao, Ku-Ding Tsuei, Chien-Te Chen (国立シンクロトロン放射光研究所)、Chang-Yang Kuo(マックスプランク研究所、国立シンクロトロン放射光研究所)、Cheng-En Liu,(マックスプランク研究所、国立交通大学)、Chi-Nan Wu,(マックスプランク研究所、国立清華大学)、Jan Kuneš(ウィーン工科大学)、Kyung-Tae Ko, Jonghwan Kim(浦項工科大学)、 Axel Günther(アウクスブルク大学)、Stefan Ebbinghaus(マルティン・ルター大学)

<DOI番号>10.1103/PhysRevX.12.011017

 <SDGs達成への貢献>

大阪府立大学は研究・教育活動を通じてSDGs(持続可能な開発目標)の達成に貢献をしています。本研究はSDGs17のうち、「7:エネルギーをみんなにそしてクリーンに」、「9:産業と技術革新の基盤をつくろう」等に貢献しています。

 <研究助成資金等>

本研究の一部は、科学研究費助成事業(科研費)(21K13884、19H05823 and 20H00397)、研究拠点形成事業(A.先端拠点形成型)、European Research Council(No.646807-EXMAG)、Deutsche Forschungsgemeinschaft (No.320571839) and SFB 1143 (No.247310070)、 からの支援を受けて行われました。

 <用語解説>

(注1)X線光電子分光

X線を物質に照射すると、アインシュタインの発見した光電効果により、光電子が物質の表面から放出されます。この光電子の運動エネルギーを精密に測定することで、物質内部の構成元素の周りを運動している電子のエネルギー状態(バンド構造)を調べることができます。これをX線光電子分光と呼びます。

(注2)近藤効果

通常の金属は温度を下げると、原子の熱振動が抑制されるため、電気抵抗が減少します。しかし、磁性を持った不純物原子(例えば、ニッケルや鉄原子)が金属の中に存在した場合、温度を下げるとある温度以下で電気抵抗が上昇に転ずる場合があります。この現象そのものは1930年代から知られていましたが、その微視的な説明は1964年に近藤淳博士によって初めて与えられ、「近藤効果」と呼ばれています。

(注3)四重ペロブスカイト遷移金属酸化物

四重ペロブスカイト遷移金属酸化物は、一般式AA’3B4O12で表され、A’とBに遷移金属元素が入ります。Aには、アルカリ金属、アルカリ土類金属などのイオンが入ります。広く普及している従来のペロブスカイト遷移金属酸化物(一般式ABO3)と比べて、2種類の遷移金属元素が含まれ、その間の電荷やスピンの相互作用が新たな自由度として働き、多彩な物性が現れることが知られており、精力的に研究が行われています。

(注4)希土類元素

希土類元素とは、原子番号57のランタン(La)から71のルテチウム(Lu)の15元素に、原子番号21のスカンジウム(Sc)と39のイットリウム(Y)を加えた17種類の元素の総称です。現代のテクノロジーを支える様々な分野で使用されており、私たちの身の回りの光ファイバ、レーザー、磁石、光磁気ディスクの中に含まれています。

(注5)多体束縛状態

近藤効果を示す物質では、局在したスピンとその周りを運動する伝導電子のスピンが互いに反対を向いている場合には、有効的に引力相互作用が働きます。この相互作用が十分強い場合、そのエネルギースケールより十分温度を下げると、伝導電子の集団はスピンに束縛されることになります。この状態を多体束縛状態(近藤一重項)と呼びます。

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