固体中の核生成-核成長による相転移

世界初・無機固体中の電子の核生成-核成長による相転移を発見

発表のポイント

  • 無機固体中の電子によって「柔らかい」2つの相が出現し、相の間の表面張力により核生成-核成長と呼ばれる相転移が起こることを世界で初めて発見した
  • 従来の方法では難しかった2つの相の体積比や形状の制御を容易にし、物質の特性向上に資することが期待される

早稲田大学理工学術院の勝藤拓郎(かつふじたくろう)教授、東京大学大学院総合文化研究科の上野和紀(うえのかずのり)准教授らの研究グループは、無機固体中の電子が、水蒸気と水のような「柔らかい」2つの相をつくり、相の間の表面張力によって核生成-核成長と呼ばれる相転移を起こすことを世界で初めて発見しました。これまで2つの相の体積比や形状を制御することは難しいとされてきましたが、今回発見された核生成-核成長する「固体中の柔らかい状態」によって、2つの相の体積比や形状を制御することを容易にし、物質の特性向上に資することが期待されます。

本研究成果は、2020年5月11日午前10時(英国時間)に英国科学誌『Nature Communications』のオンライン版で公開されました。

【論文情報】
雑誌名:Nature Communications
論文名:Nucleation and growth of orbital ordering
DOI:10.1038/s41467-020-16004-2

(1)これまでの研究で分かっていたこと

図1:核生成-核成長の模式図

水蒸気が水になるような現象は相転移と呼ばれています。このとき、水蒸気中に水の小さな粒(核)が形成され(核生成)、その粒が大きくなることによって(核成長)、全体が水蒸気から水へと変化します(図1)。このような過程は核生成-核成長モデルと呼ばれ、水蒸気-水の相転移に限らず、様々な相転移で起こることが知られています。一方、固体中の電子も様々な相転移を起こすことが知られていますが、無機物質中の電子が起こす相転移の中で核生成-核成長を起こす例は知られていませんでした。これは、核生成-核成長過程においては、2つの相(水蒸気と水など)の間の表面張力が重要であるのに対して、固体は液体や気体よりはるかに固いため、固体中の電子の相転移においては表面張力の効果が非常に小さいためです。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

遷移金属を含む酸化物において、遷移金属中の電子の軌道※1の方向が整列する軌道整列※1と呼ばれる相転移が起こることが知られています。この相転移において、核生成-核成長モデルに従うものを見出しました。無機固体中において、水と水蒸気のような「柔らかい」相が出現し、その間に表面張力があることが世界で初めて明らかになりました。

(3)そのために新しく開発した手法

バナジウム(V)とバリウム(Ba)からなる酸化物BaV10O15という物質において、Vの電子が占有する軌道の方向が整列する軌道整列と呼ばれる相転移が、絶対温度130K付近で起こることが本研究グループによって見出されていました。今回は、バナジウムの一部を周期表で左隣のチタン(Ti)に置き換えることにより、軌道整列の相転移を精密に制御することに成功しました。そのような物質の軌道整列相転移において、電気抵抗率、磁化率、歪の時間依存性を測定することにより、物質中で核生成-核成長が起こっていることを明らかにしました。

図2: バナジウム-バリウム酸化物における歪の時間依存性

具体的には、 BaV10O15のVの1.5%をTiで置き換えた物質において、歪が図2に示すような時間依存性を示すことを見出しました。この歪みの時間依存性を解析した結果、Vの電子の軌道が整列していない相(高温相)の中に、整列している相(低温相)の核が生成し、それが成長して最終的にすべて低温相となるような、典型的な核生成-核成長のモデルに従っていることが明らかになりました。このとき、核成長が始まる時間(変態時間)が温度に対してUの文字の形状の関数となっていることが特徴です。また、この変態時間の温度依存性の詳細な解析から、高温相と低温相の間の表面張力を見積もることにも成功しました。これは、酸化物という固い物質の中に、2つの柔らかい相が出現して、その間の表面張力が相転移の過程を支配していることを示しています。

(4)研究の波及効果や社会的影響

2つの相を混合することによって望ましい特性を得る方法は、さまざまな物質やデバイスによって試されていますが、多くの場合2つの相の体積比や形状を制御することが難しい点がありました。今回発見された核生成-核成長する「固体中の柔らかい状態」は、2つの相の体積比や形状を制御することが容易であることが予想され、物質の特性向上に資することが期待されます。BaV10O15は、温度差から電力を得る熱電材料としての性能が優れていることが知られており、2相が共存した状態をつくることによる特性向上が期待されます。さらに、この物質において核生成-核成長が起こるのは、2相の間の表面張力が大きいためであり、これは電子の「軌道」と「スピン」という2つの自由度が結合した結果であることが明らかになっています。こうした電子の複合自由度のもたらす新規な現象という観点からの研究の進展も期待されます。

(5)今後の課題

2つの相が混在した状態での様々な物理量を測定し、物性がどのように変化するか、機能性材料としての特性がどのように向上するかを調べることが第一の課題となります。さらに、核生成-核成長が起こるのは無機化合物においては本物質が初めての例ですが、他においても同様なことが起こらないかを探索することも課題となります。特に、BaV10O15は比較的等方的な物質、すなわち固体中の方向による物性の違いが大きくない物質ですが、そうではない異方的な物質において核生成-核成長過程がどのように変化するかを調べることも重要であると考えます。

(6)用語解説

※1 軌道、軌道整列

  • 原子の中にある電子は、量子力学によって決定される軌道と呼ばれる状態をとることが知られている。軌道はいろいろな方向を向いたものがあり、原子が整然と並んだ固体中において、電子が特定の方向の軌道をとることを軌道整列という。

(7)論文情報

雑誌名:Nature Communications
論文名:Nucleation and growth of orbital ordering
執筆者名(所属機関名):Takuro Katsufuji (早稲田大学)、 Tomomasa Kajita(早稲田大学)、 Suguru Yano (早稲田大学)、Yumiko Katayama(東京大学)、Kazunori Ueno(東京大学)
掲載日時(英国時間):2020年5月11日(月)午前10時
掲載日時(日本時間):2020年5月11日(月)午後6時
DOI:10.1038/s41467-020-16004-2

(8)研究助成

研究費名:JST CREST 「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」領域
研究課題名:軌道/電荷の揺らぎを用いた低熱伝導性-高電気伝導性素子の開発
研究代表者名(所属機関名):勝藤拓郎(早稲田大学)

研究費名:科学研究費補助金 基盤研究(B)
研究課題名:強相関電子系における軌道/電荷揺らぎと新奇物性
研究代表者名(所属機関名):勝藤拓郎(早稲田大学)

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