純チタン表面構造のナノレベル規格化

純チタン表面構造のナノレベルでの規格化を実現
デンタルインプラントをはじめとした医療分野への応用に期待

発表のポイント

  • 技術的に困難であった純チタンのナノサイズ微細構造形成の規格化を実現。
  • 純チタン製デンタルインプラント(※1)表面上にある細胞挙動の詳細分析が新技術により可能となった。
  • 周辺組織制御可能な体内埋め込み型生体材料開発に向けた基盤技術への応用が期待される。

早稲田大学(以下、早大)ナノ・ライフ創新研究機構の水野潤(みずのじゅん)研究院教授、同大理工学術院の桑江博之(くわえひろゆき)助教、同大基幹理工学研究科電子物理システム学専攻修士2年(研究当時)の塩澤茉由子(しおざわまゆこ)氏、新潟大学大学院医歯学総合研究科の魚島勝美(うおしまかつみ)教授、秋葉陽介(あきばようすけ)講師らの研究チームは、半導体ナノ加工技術を用いることで表面粗さ0.6 nm、1.7 nmの平滑基盤および高さ10、25、50、100 nm、ピッチ100 nmの規格化ナノチタン構造基板の作製に成功しました。この技術の確立により、これまで困難とされてきた純チタン表面構造のナノレベルでの規格化の実現をもたらすことができました。これにより、生体材料に対する細胞の挙動をたんぱく質レベルで解析し、細胞分化等の意図的制御が可能になることが期待できます。本研究成果はデンタルインプラントに限らず、医療分野への応用が高く望まれ、周辺組織制御可能な体内埋め込み型生体材料開発への重要な基盤技術となると考えられます。

本成果の詳細は、Nature Research が運営する英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』に2020年2月12日(現地時間)に掲載されました。

本研究は文部科学省の科学研究費補助金(基盤研究(C))の助成を受けて実施されたものです。

(1)これまでの研究でわかっていたこと

デンタルインプラントは埋め込まれた部位の骨と結合することでその機能を発揮し、その粗面構造が骨形成を促進することが知られています。近年では、ブラスティング、エッチングなどの処理によってナノサイズ(100〜500 nm)の表面構造が付与されています。しかし、この粗面構造はランダムな構造で、ナノサイズの微細構造が骨形成を促進する機序を解明するには、精緻で多様な形態形成が可能な規格化ナノチタン構造形成技術が求められていました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたことおよびその独自の手法

本研究は、デンタルインプラント表面のナノサイズの微細構造が周囲骨組織の形成に与える影響を検索するために、ランダムではなく、規格化ナノチタン構造を純チタン表面に付与することを当初の目的としました。従来の規格化ナノチタン構造はレーザーやスパッタリングによるものが中心でしたが、本研究チームは半導体ナノ加工技術である紫外線ナノインプリントリソグラフィ(※2)、イオンビームスパッタリング、電子ビーム蒸着(※3)を用いることで、従来にない精度での規格化ナノチタン構造を任意に付与できる技術を確立しました。今回はこの新規技術を用いて、表面粗さ0.6 nm、1.7 nmの平滑基盤および高さ10、25、50、100 nm、ピッチ100 nmの線状ナノ構造チタン基板を作製し、その表面での細胞挙動を検索しました。

(3)今回の研究で得られた結果および知見

平滑基盤に対する評価では、表面粗さ0.7 nmの基板は表面粗さ1.6 nm基板と比較して親水性が高くなり、基板上で培養した細胞の細胞増殖能は低くなりました。一般的には、浸水性の高い表面では細胞増殖が促進されると考えられていますが、今回は逆の結果となりました。これは、過度に平滑化した表面では親水性は高くなるものの、細胞増殖に必要な細胞接着部位が十分に確保できないことによる可能性が高いと考えられます。細胞の接着にはそれに先立つたんぱく質の接着が重要であることから、この背景には高度に平滑化した表面に対するたんぱく質の接着低下があると考えられます。一方、各種線状ナノ構造チタン基板上で細胞を培養したところ、高さ100〜50 nmの構造表面では、構造に沿った配向性を示しながら細胞が分裂・増殖しましたが、25 nm以下の高さでは配向性を示しませんでした。

以上の結果から、細胞はその増殖能に関して表面粗さ1 nm程度の構造サイズによって影響を受けるものの、形態的には25 nm以上の構造に対して感受性を持つ可能性が高いことが明らかとなりました。このことは、ナノサイズの規格化微細構造制御によって組織形成を制御できる可能性を示唆しています。

(4)研究の波及効果や社会的影響

これまでのデンタルインプラントと周囲骨組織の関係に関する研究は、試行錯誤によって臨床的に良好な結果を得ようとするもので、生体の反応を意図的に制御するために必要な細胞工学的、たんぱく質工学的な背景・根拠はほとんど示されてきませんでした。本研究で確立したナノサイズの規格化微細構造形成技術は、生体材料に対する生体反応を細胞レベル、たんぱく質工学レベルで検索することを可能とします。一般的に原子の大きさが0.1nm程度、比較的小さなたんぱく質の大きさが数nmであるので、ナノサイズの表面構造に対する細胞の反応を検索することで、その表面に対するたんぱく質レベルでの変化をとらえ、制御することができると考えられるからです。このことは、デンタルインプラントのみならず、生体内に留置される各種生体材料や、再生医工学に関わる基礎的な背景解明に広くかつ大きく寄与すると考えられます。

(5)今後の課題

自然界では表面の微細構造が細菌や多細胞生物の細胞に影響を与えている現象が珍しくありません。今後は、多様な形状の規格化ナノチタン構造を作製し、これらに対する細胞接着・増殖、分化(機能発現)の違いを検索する必要があります。また、細胞分化はたんぱく質によって制御されることから、各種構造表面でのたんぱく質接着やその機能発現の解析も必要です。これらを通して、最終的には意図的生体機能促進作用を持った生体デバイスの開発につなげたいと考えています。

(6)各機関の役割

早稲田大学
  • 紫外線ナノインプリントリソグラフィによる微細構造を形成し、適切なチタンの成膜方法を用いることでサイズ、ピッチ、形状を制御することが可能な規格化ナノチタン構造基板の作製に取り組み、これを成功させた。
  • これまで形成困難であった極めて平滑な表面をもつチタン基板の作製にも成功した。
新潟大学
  • 早大が規格化に成功したナノチタン構造基板上で骨髄由来細胞を培養し、細胞の増殖活性が表面粗さによって変化すること、ならびに規格化ナノチタン構造によって細胞が配向性を持って増殖することを検証し、これを確認した。

(7)用語解説

  • ※1 デンタルインプラント:デンタルインプラントとは、失った歯を補うために直接顎骨に埋め込む人工歯根で、人工臓器の一つである。純チタン製のデンタルインプラントが広く用いられており、長期安定使用のためには、純チタンと骨の強固な癒合とその維持が非常に重要である。
  • ※2 紫外線ナノインプリントリソグラフィ:紫外線とその波長を透過するモールドを使い、ナノ構造を転写する方法で、ナノパターンを作製する一つの重要な技術である。
  • ※3 電子ビーム蒸着:真空中で電子銃から発生する電子ビームを蒸発材料に照射し、加熱・蒸発させ、基板やレンズ等の被成膜物へ薄膜を形成する方法である。

(8)論文情報

  • 雑誌名:Scientific Reports
  • 論文名:Biological reaction control using topography regulation of nanostructured titanium
  • 執筆者名:Mayuko Shiozawa, Haruka Takeuchi, Yosuke Akiba, Kaori Eguchi, Nami Akiba, Yujin Aoyagi, Masako Nagasawa, Hiroyuki Kuwae, Kenji Izumi, Katsumi Uoshima, Jun Mizuno.
  • 掲載日(現地時間):2020年2月12日
  • DOI10.1038/s41598-020-59395-4
  • 掲載URL:https://www.nature.com/articles/s41598-020-59395-4

(9)研究助成

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