人の可能性を拡張するために

世界に「先駆ける」研究で、未知の領域に挑戦する

創造理工学部 岩田浩康教授

機械工学の分野で第一線を走り続ける若きトップランナー。研究テーマは人の可能性を引き出すライフ・サポート・ロボティクス。その対象は医療、生活、福祉さらにはアスリート支援まで多岐にわたる。先日、パナソニックとの産学連携プロジェクト「Robotics hub」が発表され、その中で学術界のキーマンとして大きな役割を果たすことが明らかとなった。勢いにのる岩田教授の目指すものとは。

パナソニックRobotics hub記者会見の一コマ

2019年1月25日に発表されたパナソニックの「Robotics hub」は、同社が産学連携の強化のために立ち上げたプロジェクトで、早稲田大学をはじめとした6つの大学との共同研究により、次世代ロボットを実用化まで持っていくことを目的としている。人間が本来持っている能力を高める「自己拡張=Augmentation」がキーワードとして掲げられた。岩田教授はその中で、「第3の腕」というロボットアームの研究を紹介。発表会当日にはデモも行われた。

「第3の腕」を用いた天井へのビス打ち

「人の可能性を引き出す、人の可能性を拡張するようなロボットを志向しています。本日の発表で、パナソニックの小川執行役員から『真の幸せを追求するロボティクス』というお話がありましたが、非常に共感するところです」

岩田教授の開発した「第3の腕」はその名の通り、このロボットを装着することで、あたかも腕が1本増えたかのように様々なものを扱えるようにするもの。使用方法はいたってシンプル。まず、使用者はセンサを搭載したメガネを装着し、対象物に顔を向ける。次に「取って」などの動詞で命令することで、腕の挙動をコントロールすることができる。デモでは施工現場を想定した天井へのビス打ちが行われた。この作業は1人での作業が困難で、簡単に見える作業でありながら、常に人の作業者が必要という所謂ボトルネックになっている部分であった。

「第3の腕にはいろいろな活用があると思いますが、実際に現場で困っていて、メリットが大きいということでこのタスクを選びました。かゆいところに手がとどくというか、困っていることを現実に改善できるのが良い所だと思います。ロボットの目的の1つは、人間のライフをより良くすることにあります。ライフには3つの意味がありますが、その全てに貢献したい。すなわち、人の『生命』を守り、『生活』を便利にし、『人生』を豊かですばらしいものにするということ」

そのためには、人間が一人でできることを増やし、身体機能を拡張することが不可欠だと岩田教授は言う。たとえば、天井へのビス打ちは全自動のロボットが人間の代わりに行うという方法も考えられる。だが、寝たきりの人の支援を全自動のロボットに任せるとしたらどうだろう。使う人を退化させてしまうのではないか。そのようなロボットでは人のためになっているとは言えない。岩田教授はそう主張する。

「自分でできることを増やしていくということが重要なんですね。ロボットによるほんの少しのサポートがあることで、ベッドから自力で起き上がれたり、起き上がってみようという気になったりするような、人の残存能力をしっかり活かせるものにしたい。人がもう少し頑張って良い方向に向かうのか、逆に諦めてしまって悪い方向に落ちていってしまうのかは本当に紙一重。これは寝たきりの方のように、衰えた機能を改善する場合だけでなく、アスリートのパフォーマンスについても同じことが言えます。また、使う人が、余計なお世話だと思うものでは使ってもらえません」

余計なお世話にならないために必要なのは機械の適応性や柔軟性だという。例えば第三の腕を使って何かモノを拾おうとした時に、腕の先端の位置が指示したところと少しずれただけで、モノをかめなかったりすると、使う気をなくしてしまうだろう。このとき、手の部分に柔らかい部品を用いることで、誤差を吸収してくれたり、AIによる学習を通じて意のままに動いてくれるようになったりすることが、イライラの解消には不可欠。このような細やかな配慮も重要なのだ。

早稲田機械の伝統は、実際に社会の役に立つ技術を生み出すということ

「配慮という意味では、私の研究のもう一つの軸である『人間支援ロボティクス』の分野にも共通しています。これは困っている人を手助けしたいという思いが出発点となりました。具体的な対象としては、妊婦の方の遠隔エコー検査に取り組んでいます。ここで重要になるのは、何と言っても安全性。母体に負担をかけることは許されません。一方で、鮮明な映像を撮るためにはある程度の力をかけなくてはいけません。しかも、母体の形状には個体差があります。人の手だからこそできる作業と思われていました」

では、どのようにこの難局を突破したのか。

「綺麗な映像が撮影できる程度に、一定の荷重をかけ続ける必要があります。これには定荷重バネという特殊なバネを使うことが有効でした。このバネを使えば常に腹部の高さに適応しつつ、一定の力をかけられるので、どのような大きさのお腹にも対応できます。ただ、一定の力をかけるだけではエコー映像の一部が欠落してしまいました。」

遠隔でのエコー検査

エコー検査機器(プローブ)の当て方に問題があった。かかる力は一定なのだが、機器の当たり方がお腹に対して垂直ではなかったのだ。

そこで、岩田教授はプローブ先端にリング状の機構を取り付けることにした。これにより、お腹のカーブに合わせて、常にプローブが垂直に当たるようになり、検査映像として問題ないものを、遠隔でも撮影できるようになった。今は実用化に向けた検討がなされている。それだけでなく、この「人が介在しない遠隔の医療検査」という発想には、心臓病の検査などさまざまな分野への活用が期待されている。

エコー機器の改善のように、次々と降ってくる課題に対し、常に柔軟に対応するのは簡単なことではないはずだ。その源泉はなんなのか。

「早稲田の機械科の伝統でしょう。大隈重信公の時代から『実学』を掲げ、実際に社会に役立つことを命題としてきたわけですから、ある意味で身体に染み付いています。社会に役立つものを生み出すには、とにかく『まずやってみる』ことですね。たとえ失敗しても、その原因を突き止めて改善していけば着実に成功に近づいていく。それが結局一番早い。学生にいつも指導していることです」

「自分」は探すものではなく、自ら創っていくもの

パナソニック「Robotics hub」のデモ現場でも、学生たちがきびきびと動く姿が印象的だった。メディアからの質問にも的確に対応し、自らの言葉で研究について語っている姿は学生とは思えないほど。

「学生には『まずはやってみよう』と常にハッパをかけています。そのうえで『先駆けて欲しい』と思っています。新しい技術がどんどん出てきますが、それらの多くは必要とされてから開発したものではありません。世の中が必要と思ったときにはもう遅いのです。さらに失敗を恐れない精神力も持って欲しい」

自分らしさを固定しないことも大事だと岩田教授は言う。

「大学に入ってくる二十歳前後の年齢でも、意外と自分のイメージや自分らしさのようなものを固定してしまっている人が多い。それではもったいないなと思います」

では、どのように「自分」を確立すれば良いのか。

「自分探しをしても、そんなものはどこにも落ちてはいない。自ら創るものだと私は思います。やっぱり自らが興味を持った分野でなにかに挑戦する。やってみることです。せっかくAIやロボットに興味を持って総合機械工学科にきたのだから、研究を思う存分やって欲しい。そうすれば自分だけに見えてくるものが必ずあるはずです」

自分はどんな時に喜びを感じるのか、どんなことに我慢ならないのか。あるいはどんなことをすると、周りの人が笑顔になってくれるのか。そうした様々な経験を積み上げていくことで、自分が何者なのかわかってくるのだと岩田教授は言う。

「我々の取り組みを一言で言えばイノベーションですが、実は、これには自分を見つけることに近い部分があるんです。高校までは受験勉強がメインですから、与えられた課題を解いて、それを再現することに重きが置かれます。それに対してイノベーションを起こすというのは、今までにないものを創り出し、新しい価値を世の中に提供すること。新しい価値とは何かについて考え抜く過程において、必然的に自分と向き合うことになる」

たじろいでしまう学生もいるかもしれない。高校までの「課題を与えられる」学び方の方が良いという考えもあるだろう。

「大丈夫。全力でサポートするというか巻き込みます(笑)。私は少し破天荒というか、常識にとらわれない方法で研究に取り組んできましたから、小さな失敗も多かった。その分、小さな失敗をしながら、すごいロボットを作る方法を知っていますし、その面白みはどんなタイプの学生にも必ず伝わります。

教えられたことだけやって得られるのは知識だけです。それを知恵に化けさせるのが研究の醍醐味だと思います。そういった経験を通じて、学生たちが自分自身を輝かせていく過程を見るのは本当に楽しい。彼らを導くのが私の使命だと考えています」

岩田研の学生を見ると、その使命は充分に果たされていると実感できるはずだ。

早稲田大学創造理工学部・研究科広報誌「創造人」23号より転載

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