早稲田大学理工学術院英語教育センターのエマニュエル・マナロ教授、クリス・シェパード准教授、渡邊恭子非常勤講師が最近行った学生の英語スキルと批判的思考に関する研究では、以下の3点が明らかになりました。
- 学生の英語スキルは彼らの思考、具体的には情報を評価する思考スキルに影響を与えるということ。
- 理工学術院英語教育センターで1・2年生を対象に行われている英語の授業は彼らの批判的思考スキルを伸ばす効果があったということ。
- 学生が英語で教授され習得した批判的思考スキルは日本語にも転移したということ。つまり、英語で習得した思考スキルを日本語でも使うことができたということ。
これまで日本の教育分野では「学生の英語能力の向上」と「批判的思考スキルの向上」が課題とされており、中には日本語の構造(間接的・帰納的表現が多い等)が批判的思考の向上を妨げているという学説もありましたが、今回の発表内容はこうした課題にとって重要な示唆を含むものです。
批判的思考とは
情報を無批判に受けいれず、証拠に基づいて論理的で偏りなく、物事を多面的にとらえる思考です。例えば、ある研究調査では、社員の労働時間と結婚生活の難しさについてレポートした結果の間に有意な相関関係が見られ、研究者はこの結果から、労働時間が長いことは明らかに結婚生活の問題の原因になっていると結論づけました。 これについて批判的に考えるとすると、例えば長時間労働が結婚生活の問題の原因ではなく、その逆、つまり結婚生活に問題があるから長い時間働くのではないか、と考えたり、または経済的な問題、その人物の性格などその他の要因もあるのでは、と多角的に考えることができます。
同分野の先行研究には、大学が提供する英語の授業が学生の言語スキルと批判的思考スキルに実際にどのような影響を与えるのかを実験的証拠で明らかにしたものがほとんどありませんでした。
研究の方法
データは理工学術院の2年生で英語コミュニケーションスキル発達コースを履修していた111人の学生から集められました。このコースは研究に必要なスピーキング、ライティング、思考スキルを使用してタスクを行う授業で、その内の一つにタイタニック号沈没事故とスペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故の2つを引き起こした原因についてグループで考え話し合うものがあります。ディスカッションの中で学生は思考し、自分の意見を述べ、またいくつか挙げられている原因の重要性を比較しディベートすることが求められる。ディスカッションを終えたあと、一番重要だと思う原因についての2つのレポート(日本語、英語で一つずつ)が課題として出されました。
集められたレポートの中の、全体の文(文章の総数)・「評価した文」(「〜が最も重要な事故原因である」「〜は〜より価値がある」など)、「テーマに関して評価した文」(事故について評価した文限定で、それ以外について、例えば「人生では〜が大事である」、などはこの項目には含めない)、「根拠をもって評価した文」(その評価の根拠も挙げられているもの)の割合を調べました。また指導の効果の有無を見るために、指導を受けていない1年生44人からも同じデータを集め2年生の結果と比較しました。
研究から明らかになったこと
学生は授業は英語で行われたのにも関わらず、日本語の方が評価する文、つまり批判的思考を表す文章を多く書いたということが分かりました。このことから、日本語の言語構造は批判的思考を表現するのに不利ではない、つまり言語構造の問題ではないということが言えます。
さらに、学生のTOEICのスコア(対象学生の英語レベル)と評価した文のデータが正の相関関係があることが分かりました。 つまり、英語能力の高さは英語を使った批判的思考スキルの高さに比例すると考えられます。
また1年生よりも2年生の方が評価する文を多く書いていたことから、指導すれば批判的思考スキルは伸びることが分かります。 英語だけでなく日本語で書いた評価する文も2年生の方が多いことから、英語で習得したスキルは日本語でも使うことが可能だと考えられます。
今後の検討課題
日本の教育分野において
- コースのデザインの仕方によって、語学スキルと思考スキルの両方を伸ばすことが出来る。
- 早稲田大学で行っているタスクベースのアクティビティは語学力、問題解決能力、思考スキルを同時に向上させるということ。
- 英語教育を通して(日本語でも使える)批判的思考スキルを伸ばすことが可能ということ。
教育分野の理論発展において
- 言語能力が批判的思考に影響を与えるという実験的証拠が得られた。
- 言語構造が批判的思考スキルに影響を与えるという根拠は示されなかった。
- 学生の言語能力と思考スキル向上の関係性が明らかになった。
- 批判的思考スキルを伸ばすために効果的な指導方法の開発に可能性がある。
この研究結果は7月31日〜8月3日にドイツのベルリンで行われた Cognitive Science Society (認知科学会)の年次大会にて英語・日本語の両方で発表されました。
この研究結果に関するお問い合わせ先:
- MANALO, Emmanuel (マナロ エマニュエル) [email protected]
- SHEPPARD, Chris (シェパード クリス) [email protected]
- 渡邊 恭子(ワタナベ キョウコ) [email protected]