2012年度 大学院入学式 鎌田総長による式辞

2012年度大学院入学式式辞

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本日、ここに2012年度大学院入学式を挙行するにあたり、早稲田大学を代表して、新入生の皆様およびご家族・ご関係の皆様に、心よりお祝いを申し上げます。

今般、晴れて早稲田大学大学院に入学される方々は、修士課程2,197名、専門職学位課程780名、博士後期課程356名、合計3,333名に上ります。これらの研究心に燃える精鋭を迎えたことは、本学にとって、この上ない慶びであり、誇りでもあります。

昨年3月の東日本大震災と原子力発電所の事故により、わが国は広範かつ甚大な被害を受けました。この未曾有の大災害は、人間の力や科学技術の限界をまざまざと見せつけるとともに、以前から少子高齢化の進行や政治・経済の混迷、新興諸国の台頭などで閉塞感のあった日本社会に、さらなるダメージを加えました。

しかし、私たちは、悲観主義に陥って立ちつくすことはできません。科学技術に限界があることは間違いありませんが、東北新幹線が全く無事故であったという例を引くまでもなく、科学技術の進歩は確実に安全性の向上に役立ってきたのです。しかも、資源のないわが国が再び活力を取り戻すためには、科学技術立国と教育立国を目指すほかに道はありません。したがって、科学技術の発展と高度な能力を持った人材の育成を担う大学こそが、国力回復の鍵を握っていると言っても過言ではありません。

ただし、わが国と地球社会の未来を築くための研究に身を捧げようとしている皆さんには、この大災害を通じて、研究者集団の間に、研究者の役割や現代文明のあり方を根本的に問い直さなければならないという問題意識が強く芽生えてきたということを忘れないようにしてもらいたいと希望いたします。

ところで、近年、大学院進学者の数は急速に増えて参りました。その要因の一つに、実務界・産業界において、より高度な専門的能力が求められるようになったことがあります。しかし、大学院教育は、高度職業人の養成を目的とする場合であっても、学問研究を基盤とし、かつ、学問研究の発展に寄与する役割をも担っているという点で、単なる技術・技能を伝授する専門学校の教育とは質的に異なっています。

科学技術も経済的な仕組みも高度で複雑なものとなる一方で、グローバル化も急速に進展している現代社会においては、誰も考えたことのない事象が次々と現れ、一方では狭い範囲での極めて高度の専門的知見が要求され、他方では幅広い視点から総合的に問題解決を図ることが求められるようになっています。そのいずれの場合であっても、学問研究を遂行する上で必要とされる能力として、国際化に対応する能力、独創的な研究をする能力、そして、自らの研究のもつ社会的な意義を客観的に評価しうる能力があります。

第1の、国際化対応能力に関しては、今さら多言を要しないと思いますが、一部の学問領域を除いて、議論は常に国際的な舞台で展開されています。わが国の研究水準が国際的なそれに遅れることは、わが国の企業活動の国際的な地位の低下を招くことにもなります。そうした観点から、国においても、「グローバル30」や「大学の世界展開力強化事業」など、国際的な人材交流を促進するさまざまな取り組みを進めています。実際にも、語学力等を新規採用の条件にする企業も少なくないのですから、本日ご出席の皆さんも、大いに国際化対応能力を高めていただきたいと期待します。

第2の、独創性に関して、すぐに思い浮かぶのは、早稲田大学教旨が、「早稲田大学は学問の独立を本旨と為すを以て之が自由討究を主とし常に独創の研鑽に力め以て世界の学問に裨補せん事を期す」と述べていることです。

早稲田大学教旨は、1913年(大正2年)10月13日の本学創立30周年式典において公表されたものですが、この時期に学問の独創性を謳ったのは極めて先駆的であるといわれています。ここにいう独創性とは、文字通り、他人の考えに頼ることなく、自分の頭で考え、創造するということであり、また、権威におもねったり、目先の利害に左右されることなく、行動するという意味でもあります。独創性を発揮するためには、問題を発見し、議論を通じて最善の解答を見いだす力、あえて縮めて言えば「自分で考える力」を涵養するよう努めることが必要です。

「自分で考える力」というと、知識を身につけるための努力は不要と思う人がいるかもしれません。しかし、不毛の砂漠に豊かな実りは生まれません。できるだけ多くの知識を身につけることが、発想の豊かさを導くということを忘れないでほしいと思います。

また、独創的であるということが独りよがりと違うことは言うまでもありません。早稲田大学教旨も、「学問の独立」に続けて、「学問の活用」によって社会の発展に貢献すべきことを謳っています。ただし、このことは直ちに実益には結びつかない基礎的な研究に意味がないという趣旨ではありません。目先の利害にとらわれた小手先の研究が蔓延する時代には、基礎的な研究こそが社会の発展に貢献すると言って良いでしょう。

研究者に必要とされる能力の第3に、自らの研究のもつ社会的な意義を客観的に評価しうる能力をあえて挙げたのは、近年、学問研究の倫理性・道徳性が強調される傾向があることを意識しています。この傾向は、現実の社会において、過度の拝金主義が蔓延するなど、倫理的な歯止めのきかない形で学問研究の成果を活用する例が増えているという事情を反映しているものと思います。

大隈重信も、創立30周年の式典で、早稲田大学教旨の最後の一節「広く世界に活動す可き人格を養成せん事を期す」に関連して、学問を身につけた者が利己的になる傾向にあることに危惧を示し、教育の本当の目的は道徳的な人格の養成にあることを強調しています。

早稲田大学の校友には、こうした理念を体現された方が多く存在していますが、ここでは、本学の前身・東京専門学校の第1回卒業生・小河滋次郎を紹介しておきたいと思います。

小河は、ドイツ留学で監獄行政の研究を積み、内務省に入ってからは囚人の人権を考慮した人道的な行刑を主張して、監獄法の制定等に力を尽くし、監獄学の理論体系も構築いたしました。小河は、それまでの研究や実務経験を通じて、犯罪が起こる原因のひとつは貧困や家庭の崩壊にあると考え、大阪府において、ドイツの制度等を参考に、地域の社会福祉を担う「方面委員」制度を創設します。その大阪での成功が、やがて全府県に波及して、現在の民生委員制度につながるなど、日本の近代社会事業の先駆者として、数多くの功績を挙げています。

グローバルな視点をもって学問を研鑽し、その実践への応用を通じて社会に貢献することを第一義に行動した小河滋次郎の生き方は、道徳的人格に基づいた「学問の活用」の模範として、皆さんにとっても優れた目標となるものと思われます。

最後になりましたが、皆さんが、本学建学の精神を胸に刻みつつ、研鑽に励み、実り多い大学院生活を過ごされることを心から願って、お祝いの挨拶とさせていただきます。

ご清聴有り難うございます。

早稲田大学 総長 鎌田 薫

以上

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