理工・石渡教授ら、MCAKが張力を発生する分子モーターであることを発見
癌や先天的な病気などに繋がる染色体分配の分子メカニズム解明に寄与
2011/05/24
記者説明会の様子
早稲田大学理工学術院の石渡信一教授らのグループは、染色体分配に関与することで知られているMCAKという微小管脱重合因子が、張力を発生する分子モーターであることを発見しました。
これまでは複製された一対の染色体を二つに分裂させるのに必要な力のもとは、微小管の構造変化によるという説が有力でした。異常が生じた場合、癌や先天的な病気へと繋がる染色体分配のメカニズムは、半世紀以上にわたって多くの研究者が挑戦し続けているテーマですが、MCAKが分子モーターとして染色体を牽引し得る性質を持つことが証明されたことで、染色体分配の分子メカニズムの解明が一段と進むものと期待されます。
この成果は、国際科学雑誌『Nature Cell Biology』に掲載予定ですが、それに先立ち、オンライン版(5月22日付け:日本時間5月23日)に掲載されます。
概要
細胞分裂の中核をなす染色体分配の分子メカニズムは未だに解明されていません。私たちは、染色体分配に関与することで知られているMCAKという微小管脱重合因子が、張力を発生する分子モーターであることを発見しました。これまで、複製された一対の染色体を二つに分裂させるのに必要な力のもとは、微小管の構造変化によるという説が有力でした。MCAKが分子モーターとして染色体を牽引し得る性質を持つことが証明されたことで、染色体分配の分子メカニズムの解明が一段と進むものと期待されます。この成果は、国際科学雑誌『Nature Cell Biology』に掲載予定ですが、それに先立ち、オンライン版(5月22日付け:日本時間5月23日(月))に掲載されます。
本研究の背景と目的
染色体分配(有糸分裂)は、私たちの生命活動にとって最も重要な細胞機能の一つです。細胞分裂期において、複製された染色体は娘細胞に驚くべき正確さで「均等」に分配されます。もし、染色体分配に異常が生じると癌や先天的な病気へと繋がります。この染色体分配のメカニズムは、半世紀以上にわたって多くの研究者が挑戦しつづけているテーマですが、未解決の問題が数多く残されています。染色体を娘細胞へと分配する(運搬する)原動力となる因子を特定することも、そのような問題の一つです。
細胞分裂期において、染色体の一部である動原体は極から伸びてきた微小管と結合し、姉妹染色体間に張力を発生します(図1A上段)。そして、姉妹染色体間を繋ぐ因子が外れると、それぞれの姉妹染色分体は極へと運搬されます(図1A下段)。これまでの研究によって、一対の染色体を二分したり、運搬する原動力は、微小管の自発的な脱重合(短縮)にあるとされてきました。一方で、この現象にキネシン、ダイニンといった微小管上で運動するモータータンパク質の寄与も考えられており、染色体分配の原動力となる因子の特定は、完全にはなされていません。キネシンの一種であるMCAKも染色体の運搬に寄与することが示唆されていますが、詳細は分っていませんでした。
MCAKは他のキネシンモーターとは異なって、微小管を両端から脱重合する性質を持つことが知られています。動物種や細胞周期にもよりますが、MCAKは主に動原体に局在し、微小管の端を脱重合します(図1B)。染色体が確実に極へと運搬されるためには、動原体と微小管は十分に強く結合している必要があります。と同時に、この結合を維持しつつ、微小管を短くする必要があります。この一見矛盾する動作をMCAKは実現できるでしょうか。そこで私たちは、MCAKを直径1 μmのポリスチレン製の微粒子(ビーズ)の表面に結合し(図1C, 以後MCAKビーズと呼びます)、細胞内での染色体分配のような現象を再現できるかどうかを、検討しました。
図1. A) 細胞分裂期に発生する姉妹染色体間の張力(上段)と染色体の運搬の模式図(下段). B) MCAKの微小管脱重合活性による染色体の移動・張力発生のモデル. C) MCAKビーズと微小管相互作用の模式図. ビーズ表面には多数のMCAK分子が結合しているが、微小管の直径が25 nmほどであることから, 微小管の端に一度に相互作用しうるMCAK分子は高々2,3個だと見積もられる.
本研究で開発した新しい手法
2個のMCAKビーズを、光ピンセットによって捕捉操作し、溶液中に浮遊する一本の微小管に近づけます。すると、これらのビーズは簡単に微小管の両端を捉えることが出来ます(図2A)。このとき、片方のレーザー光を切ってMCAKビーズを自由に動けるようにすると、そのビーズは微小管を短く(脱重合)しつつ、かつ、微小管との結合を維持したまま進んでいくことがわかりました(図2A,B)。これは、染色体が運搬される状況を再現できたことになります。
図2. A) MCAKビーズによる微小管の脱重合を観測する実験系. B)蛍光顕微鏡によって観察した MCAKビーズが移動する様子. C) MCAKビーズの移動速度とビーズに結合したMCAK分子数の関係.
本研究で得られた結果と知見
本研究は、MCAKが微小管を脱重合しつつ、それに結合している物体(この実験ではポリスチレンビーズ)を運搬できることを示しました。その移動速度はビーズ表面に結合するMCAKの分子数とともに増加します(図2B)。これまでは、動原体が特殊な構造(微小管が入り込むトンネルのような構造)をとることと、その構造を形成するタンパク質群が染色体の分配・運搬に必須のものだと考えられてきました。それに対し本研究結果は、染色体の運搬にそのような特殊な構造は必ずしも必要でないことを意味します。さらに驚いたことに、このような動作に伴って、ピコニュートン(pN)オーダーの張力が発生することが分りました(図3A)。この発生力も、移動速度と同様に、MCAKの分子数とともに増加します。また、微小管には方向性(プラス端、マイナス端)がありますが、MCAKによる物質の運搬、張力発生は、プラス端・マイナス端どちらでも行えることを明らかにしました。
これらの結果は、染色体の移動速度や、姉妹染色体間に加わる張力の大きさは、関与するMCAK分子数によって制御されることを示唆します。実際、細胞内においてMCAKはリン酸化とよばれる化学修飾を受けて不活性化することが報告されています。このような機構によって活性状態にあるMCAK分子数を調節することで、姉妹染色体間に働く張力の大きさや、染色体の移動速度を簡単に制御できると考えられます。
図3. A) MCAKによる脱重合力(微小管を脱重合することで発生する張力)を測定する実験系. B) 脱重合力とビーズに結合するMCAK分子数の関係.
本研究の波及効果
細胞分裂は、多種多様なタンパク質分子が集合し、組織化することで実現します。遺伝子操作によって特定のタンパク質を細胞から欠損させると、細胞分裂が正常に起こらなくなることがあります。このような手法によって、それぞれのタンパク質の役割をある程度特定できますが、特定のタンパク質を欠損したとしても、役割を補完するタンパク質が多数存在することも十分に予想されます。このような従来法に対し本研究の特徴は、MCAKのみを顕微鏡下で扱い、一分子力学操作によって、その性質を直接検討できたことです。実際に本研究で明らかにしたMCAKの性質は、従来の方法では分りませんでした。また、本研究で確立した実験系をもとに、これに幾つかのタンパク質を加えることで、人工染色体分配装置を作り上げることも十分に可能です。本研究の手法を用いれば、細胞分裂に関与する個々のタンパク質分子の特性を解明し、染色体分配の制御機構の全貌を理解することにも繋がると期待されます。
論文題目:The bidirectional depolymerizer MCAK generates force by disassembling both microtubule ends
微小管脱重合因子MCAKは微小管の両端を脱重合することによって張力を発生する
Nature Cell Biology誌の5月22日付けオンライン版に掲載。
著者:小口 祐伴(早稲田大学理工学術院・次席研究員、現在理化学研究所 横浜研究所オミックス基盤研究領域・博士研究員)
内村 誠一(理化学研究所 脳科学総合研究センター・博士研究員)
大木 高志(早稲田大学理工学術院客員講師)
Sergey V. Mikhailenko(早稲田大学理工学術院助教)
石渡 信一(早稲田大学理工学術院教授・早稲田大学バイオサイエンスシンガポール研究所所長)
以上