神経幹細胞の増殖に働く遺伝子を発見  細胞内品質管理機構の新たな役割

発表のポイント

  • 大脳形成における細胞膜タンパク質の品質管理機構の役割は不明だった
  • γ-セクレターゼ量を調節することで神経幹細胞の増殖や維持にはたらくことを発見
  • 発生や幹細胞維持に関係する疾患の発症機構や治療への応用に期待

概要

早稲田大学人間科学学術院原太一教授は、大脳形成における神経幹細胞の増殖や維持に、細胞膜タンパク質の品質管理機構が重要な役割を果たしていることを発見しました(本研究は、群馬大学生体調節研究所細胞構造分野の佐藤健教授との共同研究グループとして実施いたしました)。

細胞膜タンパク質の一種であるγ-セクレターゼ(注1)は、脳の作られる時期において神経幹細胞の増殖や維持に働くNotchシグナル(注2)を制御することが知られています。また、Rer1(注3)はゴルジ体に存在し、異常なタンパク質や組み立てに失敗したタンパク質を小胞体に送り返す役割をしていることが分かっています。

本研究により、Rer1が欠損するとγ-セクレターゼの一部が組み立て完了前に小胞体以降に搬出されてしまい、その結果、不良品としてリソソーム(注4)へと輸送され分解されることが明らかとなりました。 Rer1をマウスの脳形成時に欠損させると、脳内のγ-セクレターゼ量が減少することによりNotchシグナルが低下し、神経幹細胞の量が減少することが分かりました。このようなマウスは、脳の形成異常や様々な行動異常を示すことから、Rer1によるγ-セクレターゼの品質管理が、正常な脳の発達や高次脳機能に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。

γ-セクレターゼはアルツハイマー病の原因の1つであるβアミロイドの産生に働くことが知られています。また、個体発生や幹細胞維持に機能するNotchシグナルの異常は、神経疾患やガンを含めた様々な疾患を引き起こすことが知られています。このことから、今回の成果は、γ-セクレターゼや幹細胞の関係する疾患の発症機構の解明や治療法開発への応用が期待できます。

本研究成果は、2018年9月27日(木)午後14時(米国時間)に米国科学誌「PLOS Genetics」Rer1-mediated quality control system is required for neural stem cell maintenance during cerebral cortex development(PLoS Genet 14(9): e1007647. DOI:10.1371/journal.pgen.1007647)のオンライン版で公開されました。

(1) これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)

人の体を構成する細胞の表面は細胞膜で覆われています。この細胞膜の上には様々なタンパク質が存在しており、細胞外からの栄養の吸収や情報伝達などの多くの役割を担っています。このような細胞膜で働くタンパク質はまず細胞の中にある小胞体(タンパク質生産工場)で作られ、その後、ゴルジ体(タンパク質加工工場)を通って細胞膜へと輸送されます。しかしながら、この過程でタンパク質の折りたたみや組み立てに異常があると修復を試みるか、修復が困難な場合には分解する、不良タンパク質を細胞膜に送らないようにする品質管理システムが存在します(図1)。細胞膜タンパク質の品質管理の主要な場所は小胞体であると考えられていますが、最近の研究からゴルジ体や細胞膜にも不良タンパク質を認識するシステムが存在することが知られています(図1)。Rer1はゴルジ体に存在し、異常なタンパク質や組み立てに失敗したタンパク質を小胞体に送り返す役割をしています(図1)。また、Rer1は、アルツハイマー病の発症原因となるβアミロイドの産生や神経発生の制御に重要なNotchシグナルの調節に関わるγ-セクレターゼの形成に関与することが知られていましたが、動物個体の神経発生におけるRer1の役割は謎のままでした。

図1:細胞膜タンパク質の品質管理機構

(2) 今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

本研究では、これまで不明な点を多く残していた、神経発生におけるRer1の役割とその分子機構を明らかにすることを目的としました。その結果、ゴルジ体における細胞膜タンパク質品質管理システムの哺乳動物個体における重要性が明らかになりました。

(3) そのために新しく開発した手法

今回の研究では、動物個体におけるRer1の生理的重要性を検討するために、全身性にRer1を欠損するマウスを作成しました。このマウスは着床直後に致死となることから、神経発生や出生後のRer1の脳機能における役割を解析するために、大脳興奮性細胞で特異的にRer1の機能をはたらかなくさせるマウスを作成しました 。

(4) 今回の研究で得られた結果及び知見

Rer1による細胞膜タンパク質品質管理機構の哺乳動物個体における生理的役割明らかにするために、全身性にRer1を欠損させたマウスを作成しました。このマウスは着床直後に致死となることから、Rer1が個体発生において必須の役割を果たしていることが明らかになりました。

そこで、大脳興奮性神経細胞特異的にRer1の機能を欠損させたマウスを作成し、大脳形成や機能維持におけるRer1の役割を調べました。Rer1を欠損させたマウスでは、成体において脳の形成異常と様々な行動異常が観察されました(図2 )。また、神経細胞の脱落とグリオーシス(神経脱落による脳炎症によって誘導される)を認めました。

図2:大脳特異的Rer1欠損マウス(引用:Hara T et al., Plos Genetics. ,2018, 14(9), e1007647, DOI: 10.1371/journal.pgen.1007647)

次にRer1欠損の脳形成異常の原因を調べるために、神経発生におけるRer1の役割を調べました。その結果、Rer1欠損大脳では、脳形成の後期に産生されるニューロンが著しく減少することが分かりました。神経細胞の分化は正常であることから、神経幹細胞の増殖異常により脳形成に必要な神経細胞が産生できない可能性が疑われました。そこで、Rer1欠損大脳の脳切片を様々な神経幹細胞マーカーで染色した結果、神経幹細胞の分裂する領域において著しく減少していることが観察されました。また、Rer1を欠失させた神経幹細胞の培養モデルにおいても、Rer1の欠損が神経幹細胞の増殖を著しく阻害することが分かりました(図3)

図3:大脳形成におけるRer1の役割

さらに、Rer1を欠損した大脳では、脳内のγ-セクレターゼの量と活性が減少しており、その結果神経幹細胞の未分化性を制御するNotchシグナルが低下し、神経幹細胞の増殖・維持に異常を生じることが示唆されました。また、Rer1欠損細胞を用いた解析から、Rer1遺伝子を欠損するとγ-セクレターゼの一部が組み立て完了前に小胞体以降に搬出されてしまい、リソソームへ運ばれ分解されることが明らかとなりました(図4)

図4:Rer1欠損細胞ではγ-セクレターゼ量が低下している

以上の結果より、大脳においてRer1の機能を欠損させると、γ-セクレターゼの細胞膜量が減少し、神経幹細胞の増殖・維持に関わるNotchシグナルの不全が起こることが明らかになりました。その結果として大脳形成異常や行動異常を引き起こしている可能性が示されました。

(5) 研究の波及効果や社会的影響

弧発性のアルツハイマー病や重度の精神発達遅延の症状を来す1p36症候群において、Rer1の発現低下が認められています。また、個体発生や幹細胞維持に機能するNotchシグナルの異常は、神経疾患やガンを含めた様々な疾患を引き起こすことが知られています。今回の成果は、難病の発症機構の解明や神経幹細胞を用いた治療法の開発への応用が期待できます。

(6) 今後の課題

今回、大脳形成におけるRer1の役割が明らかになりましたが、他の組織における役割やRer1の標的タンパク質、疾患との関連に関しては不明な点を多く残しています。これらの謎を明らかにしていくことが、今後の研究の重要な課題となると考えられます。

用語解説

  • (注1)γ-セクレターゼ
    Presenilin1, Nicastrin, APH-1, Pen2の構成因子からなる膜タンパク質を細胞膜の中で切断する酵素。
  • (注2)
    Notchシグナル:発生過程や成体の組織幹細胞の細胞増殖や分化に機能し、組織構築や恒常性維持に重要な役割を果たしている。細胞膜タンパク質Notchがγ-セクレターゼにより細胞膜上で切り出されることで、下流遺伝子の発現が制御されている。
  • (注3)Rer1
    酵母からヒトにまで高度に保存されたゴルジ体膜タンパク質である。哺乳類においては、複合体を形成していない膜タンパク質や膜貫通領域に変異をもつ疾患関連異常膜タンパク質の小胞体局在化にはたらくことが報告されている。
  • (注4)リソソーム
    細胞内小器官の一つ。リソソーム内には各種加水分解酵素が存在し基質を消化する。

論文情報

  • タイトル:Rer1-mediated quality control system is required for neural stem cell maintenance during cerebral cortex development
  • 雑誌:PLOS Genetics. 14(9): e1007647, DOI: 10.1371/journal.pgen.1007647
  • 著者名:Taichi Hara1, 2, Ikuko Maejima1, Tomoko Akuzawa1, Rika Hirai1, Hisae Kobayashi1, Satoshi Tsukamoto3, Mika Tsunoda1, Aguri Ono2, Shota Yamakoshi2, Satoshi Oikawa2 and Ken Sato1
  • 論文著者:原太一(1,2),前島郁子(1)、阿久澤共子(1)、平井里香(1)、小林久江(1)、塚本智史(3)、角田美香(1)、大野あぐり(2)、山越正汰(2)、及川哲志(2)、佐藤健(1)
  • 所属
  • 1) 群馬大学 生体調節研究所 細胞構造分野
    2) 早稲田大学 人間科学学術院 健康福祉科学科
    3) 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 量子科学技術研究開発機構放射線医学総合研究所 技術安全部

研究に関するお問い合わせ先

早稲田大学人間科学学術院健康福祉科学科
教授:原太一(はらたいち)
Tel:04-2947-6763 Fax:04-2947-6816  E-mail:[email protected]

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/top/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる