市販品試薬からわずか2工程、らせん状低分子有機化合物の合成法を開発

市販品試薬からわずか2工程、らせん状低分子有機化合物の合成法を開発
高輝度液晶ディスプレイ等、高度な光情報処理技術への応用に期待

早稲田大学理工学術院の柴田高範(しばたたかのり)教授、阿南工業高等専門学校の大谷卓(おおたにたかし)講師、東京理科大学理学部の河合英敏(かわいひでとし)准教授らの研究グループは、市販の試薬から僅か2工程で、高い蛍光量子収率*1と円偏光発光異方性因子(g値)*2を併せ持つ低分子有機化合物の合成法を開発しました。

現在、キラルな光である円偏光(CPL)が、高輝度液晶ディスプレイの光源や新たな光情報通信の基盤技術として注目されており、円偏光発光材料*3としての低分子有機化合物の開発が強く求められています。中でも、ヘリセン*4と呼ばれるベンゼン環などの芳香環がらせん状に連結された化合物に関する研究が活発に行われています。しかしこれまでの七環式以上のヘリセンの合成法では、市販の試薬から多くの工程数が必要であるため、大量合成が困難でした。さらに、ヘリセンは有機化合物の中では比較的高い円偏光発光異方性因子(g値)を示しますが、一般的に発光特性(蛍光量子収率)が低いことが、ヘリセンを光学材料として応用する上での大きな課題となっていました。

今回、本研究グループは市販品から僅か2工程で含窒素七環式ヘリセン類の合成を達成し、熱安定性が高い構造であること、かつそれらが高い蛍光量子収率と円偏光発光異方性因子を両立し得る化合物であることを見いだしました。本合成手法は、さらに環数の多い高次のヘリセンや、環同士の連結形式の異なるヘリセンの合成にも適用が可能です。今後、種々の類似の化合物を合成することにより、さらに円偏光発光特性の優れた材料となるヘリセンを創製する予定です。将来的には、高輝度液晶ディスプレイ用の偏光光源、3次元ディスプレイ、セキュリティーペイントなどの高度な光情報処理技術を実現する機能性有機化合物の開発が大きく期待されます。

本成果はWiley-VCH社発行の化学系学術誌Angewandte Chemie International Editionに2017年3月27日に掲載されました。その後Thieme 社が発行している国際的学術抄録誌Synfactsの6月号で紹介され、さらに“材料と非天然物合成”分野の最注目論文“Synfacts of the month”に選出されました。

ポイント

  • 市販の試薬から僅か2工程で光学材料への応用が期待される含窒素七環式ヘリセン化合物を合成。
  • このヘリセン化合物は、円偏光発光材料としての応用に必要な高い蛍光量子収率と円偏光発光異方性因子を併せ持つ。

1.研究の背景と経緯

次世代のディスプレイや照明を実用化するためのデバイスのもととなる材料が、「発光性有機分子」であり、新規な有機化合物の開発が産学を問わず進められています。ポリマーと呼ばれる分子量の大きい高分子有機化合物を用いた場合、一般に発光効率や輝度が低いことや、層状のデバイス作成が困難であることが課題です。一方、低分子有機化合物の場合、蒸着により薄膜化・積層化できるため容易にデバイス作成が可能ですが、化合物の合成法、安定性などの問題点がありました。さらに最近、キラルな光である円偏光(CPL)が、高輝度液晶ディスプレイの光源や新たな光情報通信の基盤技術として注目される中で、円偏光発光材料としての低分子有機化合物の開発が強く求められており、中でもヘリセン類の有する円偏光発光特性に関する研究が活発に行われています。しかし、これまでの七環式以上のヘリセンの合成法では、市販の試薬から多くの工程数が必要であるため、大量合成が一般的に困難でした。さらに、ヘリセンは有機化合物の中では比較的高い円偏光発光異方性因子(g値)を示しますが、一般的に発光特性(蛍光量子収率)が低いことが、ヘリセンを光学材料として応用する上での大きな課題でした。

2.研究の方法

従来、炭素原子のみから構成される”カルボヘリセン”が数多く報告されていました。一方、我々の研究室では、炭素に代え、ケイ素原子を導入した”シラヘリセン”の不斉合成を達成しました。さらに本研究では、窒素原子を導入した”アザヘリセン”に着目しました。窒素原子により、ヘリセンのらせん構造が変化するとともに、窒素原子の持つ非共有電子対による塩基性から、酸を添加した場合の物性の変化(酸応答性)を期待しました。

3.研究の結果

本研究では、市販の試薬から、わずか2工程で窒素原子を4つ有する七環式アザヘリセンを合成できることを明らかにしました。本手法では、最初の反応に用いるアニリン誘導体を選ぶことにより、様々な含窒素ヘリセンの合成が可能であり、本研究では5種類のヘリセンの合成を達成しました。多工程を要していた従来法と比較し、遷移金属錯体を用いずにわずか2工程で七環式ヘリセンの合成を達成したことは特筆すべき点です。

さらに、得られたヘリセンの固体構造をX線単結晶構造解析により決定し、ヘリセン骨格の中心部は大きくねじれ、両端はほぼ平面構造を有する特異な構造をとることを明らかにしました。得られた生成物は右巻き(P体)と左巻き(M体)の1:1の混合物(ラセミ体という)ですが、市販の光学活性カラムを用いることにより、1回に50 mgを分離することが可能であり、それぞれの化合物が、逆符号の円偏光二色性吸収・円偏光発光を示すことを明らかにしました。

また、右巻きと左巻きのヘリセンは、加熱によって互いに変換する場合がありますが、今回合成したヘリセンはらせん構造が熱的に安定であることがわかりました。そしてこのヘリセンは、円偏光発光材料としての応用に必要な高い発光特性(蛍光量子収率)と円偏光発光異方性因子(g値)の両方の物性を併せ持ち、これまでに報告された七環式ヘリセンの中で”最も大きい蛍光量子収率と極めて大きいg値”を達成しました。

4.今後の展開

本合成手法は、さらに環数の多い高次のヘリセンや、環同士の連結形式の異なるヘリセンの応用にも適用可能です。今後、種々の類縁体を合成することにより、さらに円偏光発光特性の優れた材料となるヘリセンを創製する予定です。ただ現在、2工程いずれにおいても、過剰量の試薬を用いる必要があり、デバイス評価を指向した大量合成を考慮した場合、原子効率の低さ、精製操作の煩雑さの点で改善の余地があります。また、生成したラセミ体を光学活性カラムにより分割しておりますが、今後は触媒的不斉反応により、右巻き(P体)、あるいは左巻き(M体)を選択的に合成する手法の開発を目指します。そして、高輝度液晶ディスプレイ用の偏光光源、3次元ディスプレイ、セキュリティーペイントなどの高度な光情報処理技術を実現する機能性有機化合物の創製を最終目標としています。

5.参考図

・歴史的に有名な六環式ヘリセン化合物である右巻きの(P)-[6]ヘリセンと左巻きの(M)-[6]ヘリセン

・今回開発した窒素原子を4つ有する七環式ヘリセンの2段階合成法とX線結晶解析により決定した固体構造、ならびに光学的特性

6.研究助成

本成果は、以下の研究領域・研究課題によって得られました。

JST戦略的創造研究推進事業
研究領域:「低エネルギー、低環境負荷で持続可能なものづくりのための先導的な物質変換技術の創出」(ACT-C)
研究総括:國武 豊喜(九州大学高等研究院 特別主幹教授)
研究課題名:「触媒的不斉反応を駆使した精密制御によるキラルπ空間の創製と評価」
研究代表者:柴田高範(早稲田大学理工学術院 教授)
研究期間:平成24年10月〜平成30年3月

科学研究費補助金
研究課題名:「優れた蛍光特性を有するヘテロヘリセンの効率的合成法の開発」
研究種目:基盤研究(C)(JP16K05710)
研究代表者:大谷 卓(阿南工業高等専門学校創造技術工学科 講師)
研究期間:平成28年4月〜平成31年3月

7.100字程度の概要

早大の柴田高範教授の研究グループは、市販の試薬からわずか2工程により、らせん構造を有する含窒素七環式ヘリセンの合成に成功しました。そして4つの窒素原子を有する本化合物は、極めて高い蛍光発光特性と優れた円偏光発光特性の両立を達成しました。

8.論文情報

<用語解説>
*1)蛍光量子収率:吸収した励起光の光子数に対し、蛍光として放出された光子数の割合。この値が1.0に近い程、蛍光として発光される効率が良いことを示す。
*2) 円偏光発光異方性因子:円偏光発光の程度を表す値。この値が大きいほど、優れた円偏光発光材料であることを示す。
*3) 円偏光発光材料:光の波の振動面がらせん状に回転しながら進む光である”円偏光”を発光する特性をもつ材料。
*4) ヘリセン:ベンゼン環などの芳香環がらせん状に連結された化合物。ベンゼン環は平面構造だが、多くのベンゼン環がつながると、その両端でベンゼン環同士が“ぶつかり”(立体障害)を避けるため、上下にずれて三次元のらせん構造をとる。その結果、右巻き(P体)と左巻き(M体)という鏡像関係にある化合物が生じる。

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