ヒトの体内時計と連動して唾液中の細菌も24時間のリズムを刻む

世界初・唾液フローラの概日リズム(サーカディアンリズム)を発見
ヒトの体内時計と連動して唾液中の細菌も24時間のリズムを刻む

早稲田大学理工学術院先進理工学研究科の服部正平(はっとりまさひら)教授と東京大学大学院新領域創成科学研究科の高安伶奈博士課程学生らを中心とする共同研究グループ(*後述参照)は、ヒトの唾液フローラに概日リズム(サーカディアンリズム)が世界で初めて存在することを明らかにしました。

ヒトを含めた多くの生物には約24時間周期の体内時計が存在し、昼と夜における様々な生理機能の日内変動である概日リズム※1(サーカディアンリズム)を調節しています。体内時計の発信場所は脳にあり、その情報は生体の各細胞や臓器に伝達され、概日リズムとして生体全身の恒常性維持(健康維持)に働いています。これまで、概日リズムは生体の細胞や臓器での現象として観察されていましたが、今回共同研究グループは、ヒトの唾液中の細菌叢にも概日リズムが存在することを発見しました。共同研究グループは、健康な成人(男女6名)の唾液フローラ※2を4時間ごとに3日間連続して採取し、その細菌の種類や組成の変動をメタゲノム解析※3という手法で詳細に解析しました。その結果、以下のことが明らかとなりました。

  1. 半数以上の唾液細菌(68〜90%)の量が約24時間周期で変動(増減)し、量の多い細菌ほど明確な概日リズムを示す。
  2. 概日リズムを示す細菌には昼型と夜型など1日の増減パターンが異なる。たとえば、ストレプトコッカスは夕方から早朝(夜型)に、プレボテラは早朝から昼(朝昼型)に、ロチアは昼から夜(昼夜型)に増加する。
  3. 概日リズムは口腔内の唾液フローラでのみ観察され、試験管内で放置した唾液フローラではまったく観察されない。すなわち、唾液フローラの概日リズムはヒトの体内時計に連動している。
  4. 好気性菌は昼から夜に、嫌気性菌は早朝から昼に、それぞれ入れ替わって増減する。このことは、口腔内の酸素量は昼の活動期よりも夜の就寝中に減少することを示唆する。
  5. 細菌数も概日リズムをもち、夜の方が昼よりも細菌数が多くなる傾向を示す。
  6. 細菌の遺伝子の概日リズムについては、様々な物質の取り込みなどの環境応答に関わる機能が夜に増えて、ビタミンや脂肪酸の合成などの代謝機能が朝〜昼に多くなる。

以上のように、人体に生息する細菌群が、あたかも人体の一部である臓器・細胞のように人体生理状態の変化に同調する性質を持つことが明らかとなりました。

今回の成果は、世界で初めてヒト唾液フローラが概日リズムをもつことを明らかにしたものです。従来の侵襲性の血液採取などとは異なった、非侵襲性で採取が短時間で簡便な唾液フローラを用いることで、ストレスや健康状態の評価、肥満・糖尿病やがんなどの生活習慣病の発症リスクを高めるといわれている体内時計の乱れやこれらの病気の診断法の開発、健康増進に役立つ生活習慣の改善等への応用が期待されます。

本研究成果は、科学雑誌『DNA Research』のオンライン版に2月23日に掲載されました。

共同研究グループ
  • 早稲田大学理工学術院先進理工学研究科(服部 正平、進藤 智絵)
  • 東京大学大学院新領域創成科学研究科(高安 伶奈、服部 正平、須田 亙、小鳥遊 景泰、飯岡 恵里香、服部 恭江、黒川 李奈、山下 直子、西嶋 傑、大島 健志朗*
  • 慶應義塾大学医学部(須田 亙)
  • 産総研・早稲田オープンイノベーションラボラトリ(西嶋 傑)

*科学技術振興機構CREST「生体恒常性維持・変容破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のため技術創出」

1.背景

近年、メタゲノム解析技術の著しい進歩により、これまで困難であったヒトの常在菌叢の全体像や生理作用が解明されつつあります。なかでも腸内フローラが様々な病気と関係することが知られています。一方、唾液中にも約700種類の常在菌が生息し細菌群(唾液フローラ)を形成しています。もともと唾液は無菌であるため、唾液フローラは口腔内の舌などの口腔内粘膜に生息する細菌が唾液に流れ込むことで形成されると考えられています。これまでの研究から、唾液フローラは腸内フローラにくらべて食習慣に影響されにくい、個人間の違いが小さいなど、腸内フローラとは異なった性質をもつことが知られています。このことは、口腔の唾液フローラは大腸の腸内フローラとは異なった生理的な機能あるいは制御があることを示唆しています。さらに近年では、唾液フローラの変容(ディスバイオシス※4)が歯周病やう歯などの口腔疾患にくわえて、炎症性腸疾患やリウマチ、肝硬変、膵臓がんなど、口腔とは離れた臓器や組織の病態にも観察され、これら疾患との関係が示唆されています。なぜ、病巣とは一見無関係な唾液フローラがこれらの病気の影響を受けるかはこれまで明らかでありませんでした。そこで、共同研究グループは、唾液フローラが食事などの外部からの刺激よりも病気などを含むさまざまな生体内部の生理状態の変化により鋭敏に反応しているのではないかと考えました。そして、生体内部の生理的な変化として有名な概日リズムに着目し、唾液フローラの時間的変化をメタゲノム解析により調べることにしました。

2.研究手法と成果

唾液フローラのメタゲノム解析: 本研究では、6名の成人男女の唾液(数ml)を4時間ごとに3日間採取しました(0:00, 4:00, 8:00, 12:00, 16:00, 20:00での採取を3日間)。唾液から唾液フローラを遠心操作で分離し、それから調製した細菌サンプルのDNAを解析しました。この研究では2種類のデータを収集しました。1つは16Sデータであり、細菌DNAからすべての細菌がもつ遺伝子である16SリボソームRNA遺伝子領域(16S)をPCRで増幅し、増幅した16S遺伝子の配列を次世代シークエンサー※5を用いて、3,000データ/サンプルの16S遺伝子DNA配列(16Sデータ)を収集しました。2つ目はメタゲノムデータで、平均1Gb(ギガ塩基=109塩基)/サンプルのランダムな細菌DNA配列(メタゲノムデータ)を収集しました(図1)。16Sデータからは菌種の帰属や菌種組成等の細菌の情報を、メタゲノムデータからは遺伝子及びそれらの機能の情報を取得することができます。なお、これらの解析には、16S、ゲノム、遺伝子機能の各データベースを用いました。

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唾液フローラの概日リズム: 図2Aに6名の唾液フローラの菌種組成(門レベル)の3日間にわたる変動を示します。6名とも菌種組成が毎日繰り返されていることが分かります。この繰り返しが何時間ごとに起こるかを調べるために、何時間の周期で菌種組成がもっとも類似しているかを自己相関係数により求めました。自己相関係数がもっとも大きくなる(=1)時間が繰り返しの周期となります。図2Bに2種類の優勢菌種であるバクテロイデテス門とファーミキュテス門の結果を示します。これらのデータから、両優勢菌種の自己相関係数が約24時間で最大になり、唾液フローラが24時間周期の概日リズムをもつことが証明されました。

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次に、より細分化された細菌種の分類(属レベル)での各菌種の変動を解析しました。その結果、ストレプトコッカスやプレボテラなどの優勢菌種の大部分が、24時間周期で増減することが分かりました。個人差はありますが、全体の76.6〜90.9%の細菌が概日リズムをもっていました。すなわち、唾液フローラの大部分の細菌が概日リズムをもっていました。ついで、これらの細菌の昼夜の変動を調べました。その結果、例えば、被験者に共通してプレボテラは早朝4時から正午の間で増え、ロチアは正午から真夜中にかけて増え、ストレプトコッカスやガメラは夕方4時から午前2時頃の夜中に増えるなど、細菌種によって増減する時間帯が異なることが分かりました(図3)。また、概日リズムを示すが、被験者ごとに異なった時間帯に増減する菌種(例えば、ベイロネラなど)も存在しました。以上から、細菌の系統によって概日リズムのパターンが異なることが分かりました。このほか、細菌の表現型の違いによる概日リズムのパターンを調べました。細菌を好気性菌(空気の存在下でのみ増殖する)、偏性嫌気性菌(空気の存在下では増殖しない)、通性嫌気性菌(空気があってもなくても増殖する)で分類すると、好気性菌は正午をピーク、通性嫌気性菌は真夜中の0時をピーク、偏性嫌気性菌は朝8時をピークとする増殖を示しました(図4A)。また、細菌をグラム染色性(細菌表層構造の違いによりグラム染色が陽性と陰性の2種類の菌に分類できる)で分類すると、グラム陽性菌は夜に、グラム陰性菌は昼間に増殖することがわかりました(図4B)。以上のように、細菌の表現型によっても概日リズムのパターンが異なることが示され、細菌の表現型が人体の生理状態の変化と関係することが明らかとなりました。

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20170405_fig5次に、この概日リズムがどういった刺激/シグナルによって起こるのかを調べました。唾液を試験管内で放置することで口腔内の刺激/シグナルを断つと、概日リズムは完全に消失しました(図5)。このことから、唾液フローラの概日リズムは口腔内からの刺激/シグナルが関与していることが示唆されました。おそらく、口腔内の舌などの粘膜における概日リズムシグナルに唾液フローラが応答していると考えられます。このシグナルが具体的に何であるかは今後の研究に委ねられます。

 

唾液細菌遺伝子の概日リズム:唾液フローラのメタゲノム解析から約370種類の機能モジュールを得ました。この機能モジュールの中で、明確に24時間周期で増減する55のモジュールを特定しました。これらの機能を調べたところ、膜トランスポーターや2成分系などの環境応答に関わる遺伝子群が夜に増え、ビタミンや脂肪酸合成などの代謝に関わる遺伝子群が昼間に増えることがわかりました。これらの機能は上述した細菌種と連動しており、例えば、ストレプトコッカスとガメラ(夜に増える)は環境応答と、プレボテラ(昼に増える)は代謝とリンクしていました(図6)。

20170405_fig6

3.今後の展開

本研究では、ヒト唾液フローラが概日リズムをもつことを示し、細菌の系統と表現型によって、それぞれの細菌が特徴的な概日リズムのパターンを有することが明らかとなりました。これらの結果は、唾液フローラがヒトの生理状態の変化に敏感に応答するひとつの臓器の性質を有し、口腔における恒常性の維持に働いていることが示唆されています。今後は、概日リズムの発信源であるヒト側の因子、ならびに、昼と夜の間での細菌種及び機能の違いがヒトの生理にどのような役割をもつかを解き明かすことが重要であると考えられます。

用語解説
  1. 概日リズム(サーカディアンリズム):ヒトを含めた大部分の生物には約24時間周期の体内時計が存在し、昼と夜における様々な生理機能の日内変動を総じて概日リズムと言います。生物の昼夜(明暗)での行動パターンの違いが体内時計の確立に関与すると考えられています。体内時計はさまざまな時計遺伝子によって制御され生体全身の恒常性維持(健康維持)に働いています。概日リズムは体温や血中の様々な成分(たとえば、メラトニン)の量が昼と夜で異なることで観察されています。一方、海外旅行での時差ボケやシフト作業の睡眠障害などは概日リズムの乱れが原因と言われています。
  2. ヒト唾液フローラ:ヒトの唾液には種類にして約700菌種、菌数にして〜1,000億個の細菌の集団(細菌叢またはフローラ)が生息しています。腸内フローラがヒトの健康と病気に関係することが知られていますが、近年、唾液フローラも口腔疾患に加えて、炎症性腸疾患やリウマチ、肝硬変、膵臓がんなどとの関連が報告されています。
  3. メタゲノム解析:腸内細菌叢を1つの有機体としてとらえてそのDNA情報から全体構造を明らかにする手法。メタゲノム解析には2つの方法があります。細菌のゲノム・遺伝子配列を網羅的に収集・解析する方法(狭義のメタゲノム解析)と、細菌の16SリボソームRNA(rRNA)遺伝子のみを解析する方法(16S解析)です。前者からは細菌情報と遺伝子(=機能)情報の両方が得られ、後者は細菌情報に特化した解析法です。両方法とも、大量の塩基配列データを情報学と統計学を駆使して解析します(図1参照)。
  4. フローラの変容(ディスバイオシス):様々な疾患患者の腸内や唾液フローラは、健常者とは異なった細菌組成や構成菌種からなるフローラが形成され、このフローラの異常を変容(ディスバイオシス)といいます。この変容がヒトの病気を慢性化したり寛解したりすると言われています。
  5. 次世代シークエンサー:DNAの塩基配列を自動的に解読する装置をシークエンサーと言います。2008年頃より、従来のシークエンサー(ヒトゲノム計画 1991-2004に使用)の〜100万倍の解読スピードをもつ種々の超高速シークエンサーが実用化され、これらを次世代シークエンサーと言います。次世代シークエンサーを用いることで多種多様な細菌で構成される複雑なフローラの全体像の網羅的な解析が可能となっています。
論文情報
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WASEDA University

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